ピクシブ百科事典

大和ホテル

やまとほてる

日本海軍の戦艦大和についたあだ名。
目次[非表示]
  1. 日本の各地に実在するホテルの名称
  2. 大日本帝国海軍戦艦大和についたあだ名


ここでは2について説明する、1についてはgoogle等で検索のこと

概要

居住性能がよかったことと、トラック泊地で保養所代わりに使われていたことと、なかなか出撃しなかったことから。
戦時中の時点で源田実が横須賀海軍砲術学校での講義中にピラミッド・万里の長城とともに世界三大いらない物と発言して問題になった。

大和は用途の都合で武蔵と共に、当時の日本軍で恐らく一番住み心地のよい住宅としても機能していた。

  • 弾薬庫の冷却機能の余力で士官室は冷暖房完備。
  • 巨大な冷蔵庫のおかげで食料の備蓄量と種類は桁外れ。
  • 厨房は設備人員ともに非常に充実し、の皮むき機、肉挽き機なども設置。士官食堂の厨房は本職の料理人が担当し、連合艦隊司令部用の料理人は一流どころの飲食店出身者で構成されていた。連合艦隊司令長官の食事に至っては軍楽隊の伴奏つき。蔑ろにされがちな下士官と兵卒用の厨房でも良い料理を提供していた。軍楽隊の演奏は練度維持も兼ねてのものとされる。
  • うどんお汁粉などを艦内で製造可能で、サイダーアイスクリームの製造機を設置。ちなみに各種甘味は酒保で購入可能であった。
  • 下士官と兵卒が大挙して釣り糸を垂らし、食事用のを現地調達。手空きの乗員が釣りをする光景は他の艦でも見られたが、大和の場合は乗員の数が桁違いに多く目立った。
  • 分隊対抗運動会もしょっちゅう開催。
このような豪華設備と超快適居住環境のおかげで、乗組員たちは訓練や作戦時以外、リゾート同然の極楽勤務を日々送っていたと言われる。
当然、外部からの心証は悪く、仲の悪い陸軍から「贅沢ですね」と皮肉られ、海軍内でも「こんな贅沢で戦に勝てるのか?」と言われていた。

旗艦としての任務以外にも、停泊中は足りない燃料タンクやタンカーの代わりを務めたり、艦内の工作室などを活かし、工作艦や駆逐艦母艦が行う業務の一部を行ったりしていたとされる。

寂れゆく末期

ただし、大和が上記のような快適な環境を維持できていたのは、大戦中期までと伝えられる。
画像などの記録は乏しいものの、乗員などの証言によれば、

  • 対空要員などの増加により艦内が過密化。衛生環境も劣悪となり、インキンタムシに悩まされる者が続出。
  • 火災対策のため、木製(可燃物)の内装、調度品はことごとく廃棄・陸揚げ(大和で実施されたかは不明だが、同時期の駆逐艦などでは、内部の塗装まで根こそぎ剥がしたという)
  • 「贅沢は敵だ」とばかり、かねてから批判のあった空調も停止。
と、大戦末期は惨憺たる有様だったらしい。
現代のホテル(宿泊施設)でも、経営難などで内部が次第に荒れ果てていく例は事欠かないが、「大和ホテル」もまた、戦局の悪化により日増しにすさんでいった模様で、寂しい逸話ではある。

関連タグ

武蔵旅館武蔵御殿武蔵屋旅館:同様の理由で戦艦武蔵についたあだ名。
柱島艦隊長門陸奥扶桑山城は他の艦と比較すると出撃機会が少なく、柱島泊地にいることが多かったため。
修理レパルスレナウン(読んで字の如し)

関連イラスト?

艦隊これくしょんのせいでラブホテル扱いされることもしばしば……。

休憩も必要です!

pixivに投稿された作品 pixivで「大和ホテル」のイラストを見る

このタグがついたpixivの作品閲覧データ 総閲覧数: 546705

コメント