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来歴

1948年4月21日生、東京都出身。早稲田大学文学部卒業。

大学卒業後『タツノコプロダクション企画文芸部』に入社、社員脚本家としてデビュー。その縁からタイムボカンシリーズの多くのシリーズ構成を務めるが「イタダキマン」では上層部との軋轢で降板している(この経緯はイタダキマンの記事を参照)。

1975年に退社してフリーになり、1986年7月に後進の育成のため「アニメシナリオハウス」を設立。荒川稔久あかほりさとるらが世に出た。これが後に脚本家事務所「ぶらざあのっぽ」に発展する。「ぶらざあのっぽ」の由来は小山本人が194cmの長身であることに由来し、ヤットデタマン のモブキャラ「小山カメラマン」のモデルである。

2005年4月に大阪芸術大学映像学科教授に就任(後にキャラクター造形学科)。近年はほぼ脚本家としては廃業状態で大学教員と自社ぶらざあのっぽでの後進育成に専念しており、香村純子など多数の脚本家を輩出した。

2014年にぶらざあのっぽは脚本家養成とマネジメント業務を終了して小山自身の個人事務所に縮小し、所属していたライター達は殆どがフリーになっている。公式サイトの彼の日記によると元々ぶらざあのっぽは60歳くらいで閉める予定だったのが成り行きで長引いていたとのことである。

息子の小山真は2009年に脚本家デビューし、嘗てはぶらざあのっぽに所属。後にノベライズ 魔神英雄伝ワタル_七魂の龍神丸を執筆。

聖闘士星矢シリーズ(真がΩサブライター)・魔神英雄伝ワタルと2作品に渡って、親子2代でシリーズに携わる事となる。

主な担当作品

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脚本家

伊上勝/井上敏樹/井上亜樹子:親子で同シリーズを執筆したことのある脚本家つながり。

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