概要
晴嵐とは、愛知航空機によって設計開発された大日本帝国海軍の水上特殊攻撃機である。名前の由来は晴れた日に山にかかる霞を意味する「晴嵐」から。
本機はかの大日本帝国海軍のビックリドッキリメカとして有名な潜水空母「伊四百型」潜水艦の戦略爆撃用艦載機として開発された。
性能
同じく潜水艦搭載機である零式小型水上偵察機の反省点を生かした作りになっており、特に浮上してから発艦まで異常な早さであった。
本機は潜水艦搭載の水上機であるため、下部にフロートを装備しカタパルトにて発艦する。
大型爆弾や魚雷の搭載時はフロートを外して発艦することになっていたが、その他にも敵機に追われた際にはフロートを切り離す事で零戦並みのスピード(時速約560km/h)を出す事も可能だった。しかし、それらの場合最後に機体は着水したら海へポイである。(無論可能ならば搭乗員は回収する。)
水上機かつ、潜水艦の搭載機だが、全長10.6m、全幅12.3m、全備重量は4.3トンと、それまで潜水艦に搭載されていた零式小型水上偵察機(零式水上偵察機とは別物)よりかなり大きく、重い。九一式魚雷(炸薬量235kg)による雷撃、25番(250kg)爆弾(最大で4発搭載)か80番(800kg)爆弾による水平または急降下爆撃が可能な攻撃機である。エンジンは日本軍機に多く採用された空冷エンジンではなく、液冷エンジンであるアツタ32型を搭載。格納状態から暖められた冷却水と潤滑油を伊四百型から供給することで、後述にある迅速な発艦作業を可能にした。
また、翼はピン一本を外すだけで鳥の羽の様に真後ろへ折りたためるコンパクト設計になっていたり、発艦時の隙を無くすために発艦作業に必要な時間が3分程度という潜水艦搭載機としてよく考慮された設計になっている。なお伊四百型に3機搭載した場合の所要時間はおおよそ20~30分とされているが、これはもともと2機搭載予定だったものを無理矢理3機に増やしたためである。
また、伊四百型が世界中、各海域での活動を考慮されていたこともあってかジャイロコンパスが搭載されており、世界中どこでも飛行することが出来た。(事実上、南極・北極での飛行も可能とか)
固定武装は13mm後部機銃のみで空中戦は行えなかったと言われるが、前述の通り鈍足なはずの水上機でありながら最高速度は零戦並であり、攻撃能力は同じく愛知が手掛けた艦上攻撃機の流星に匹敵するとまで言われる。
そんなこんなで様々な機能、機構が搭載された本機だが、そのことと生産数が少なかったことが仇となり、本機1機あたり零戦50機分というハイコストな機体になってしまった。
因みに増加試作機のうち2機がフロートの代わりにタイヤを取り付け(着陸脚は彗星のものを流用した)陸上機に改造され、こちらは「晴嵐改」「南山」と呼ばれた。搭乗員訓練に使用されたようだ。
活躍
Q.こんな凄い機体なんだから、きっと大活躍したんだよね?
A.いやぁ・・・そもそも戦争に間に合いませんでした。
開発開始はまだ勝ち戦の続いていた1942年6月だったが、要求された性能と潜水艦搭載機という厳しい条件の折り合わせ、それを解決するために織り込んだ多くの新機構のために開発は遅れ、1944年9月の時点でも試験飛行している最中だった。さらに資材不足、相次ぐ大地震、B-29による連日の空襲と多くの困難に襲われた愛知航空機では量産に深刻な支障をきたし、運用が始まったのが同年12月からで、さらに搭載する潜特形の建造の遅れも相まって本格的な訓練開始は翌1945年4月までずれこむことになる。同時に晴嵐と伊四百型潜水艦を用いた「パナマ運河攻撃作戦」が立案され、この段階では通常攻撃だったが、飛行長の主張から、全機特攻に変更された。しかし、日本の戦局悪化もあって作戦は廃案となる。
その後6月に発令されたウルシー泊地奇襲作戦に伊四〇〇と伊四〇一が抜擢され、晴嵐も攻撃に加わる事になった。この作戦において晴嵐は全身を銀色に塗装し星のマークをつけるという国際法上禁止されていた偽装工作を施された。(搭乗員も「誰の入れ知恵だかわからなかったが、卑怯で情けない」と評している。ドイツ軍もバルジの戦いで「グライフ作戦」としてパンターを米軍車両に偽装したりしていたが)
しかし、伊四〇〇と四〇一は作戦合流地点で合流できずに8月15日を迎えてしまい、16日に作戦中止命令を受領、攻撃準備が完了していた晴嵐は全て翼を折りたたんだ状態で無人のまま射出、海洋投棄された。(この際、搭乗員の希望で星のマークは消されて日の丸を描いてから投棄されたという。)
このように活躍の場が殆ど無かった機体ではあるが、世界で唯一の潜水艦用艦載攻撃機として開発された本機は、斬新かつ優れた機体であったと言えるだろう。また、名前にしても「十七試攻撃機」という陸上機なのか水上機なのかを明らかにしないという日本海軍機としては特異な名称が与えられており、伊四百型と共に海軍が秘密兵器として徹底した扱いをしたことが窺えるなどロマンあふれる機体である。
潜水艦から航空機を発射するというコンセプトは現在の潜水艦発射型ミサイルに受け継がれている。
現存機
生産数が少なかったうえ、その殆どが廃棄されてしまったが、戦後に愛知県の工廠にあった機体が米軍に捕獲され、タミヤの全面出資のもとスミソニアン博物館に完璧な修繕を施された状態で1機が保存されている。
『艦隊これくしょん』では…
第二次世界大戦を題材としたシミュレーションゲームやシューティングゲームを初め、近年ではブラウザゲーム『艦隊これくしょん』に登場したことから一般層にも知られるようになったと思われる。同作での呼称は「試製晴嵐」となっているが、これは終戦時の書類上の名称から「試製」の文字が抜けきっていない状況だったからだと言われている。
2013年8~11月までの戦果ランキングの上位報褒賞としてランク入りを果たしたプレイヤーに配布されており、同年冬の期間限定イベント『迎撃!霧の艦隊』のE-1「観音崎沖迎撃戦」のクリア報酬としても配布されていたが、2015年1月現在は開発によって製造することが不可能であり、現状は伊401の初期装備としてしか入手経路は無い。
性能は開発可能な艦上爆撃機では最高性能の彗星一二型甲を上回る爆装値を誇るが、流石にネームド艦載機である彗星(江草隊)には劣る。瑞雲と違って制空値が無いため制空権争いには参加できない。また、ランカー報酬として実装された試製南山とは爆装値が同じである(元々同じ航空機なので当然だが…)。
また、伊401以外にも航空巡洋艦や航空戦艦にも搭載可能になっている。