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松元ユウイチ

まつもとゆういち

ブラジル出身の元プロ野球選手。

概要

所属東京ヤクルトスワローズ(82)
国籍日本、ブラジル
出身サンパウロ州
生年月日1980年12月18日
身長・体重178cm、80kg
投球・打撃左投左打
守備位置外野手一塁手
プロ入り1999年
引退2015年


1980年ブラジル・サンパウロ生まれの日系ブラジル人。2004年日本へ帰化。
本名は松元雄一、スコアボード上の表記はユウイチ
なお、帰化する前の本名は松元・ユウイチ・ダニエル(Yuuichi Daniel Matsumoto)、登録名はユウイチ松元。

ヤクルトスワローズ1999年に受け入れた野球留学選手のひとり。同様に入団した他の選手にはツギオリーゴなどがいる。
入団から2001年までは外国人枠の関係もあって一軍出場。2002年ロベルト・ペタジーニ真中満の登録抹消時に初昇格を果たし、プロ初安打をマーク。
2004年に日本国籍を取得し、外国人枠から外れる。ここで一軍定着へのきっかけをつかむと、翌2005年はプロ初本塁打を含む2本塁打を放ち、75試合に出場するなど成長を見せた。
しかし2006年腰痛を患い不本意な成績に終わる。2007年もケガに悩まされたが、シーズンでは33試合で打率.340、3本塁打16打点とキャリアハイの成績をマークした。
2008年は左の代打の切り札として80試合に出場するも本塁打は無し。打率も.254と今一つに終わる。
2009年は開幕一軍入り。途中登録抹消されるもジェイミー・デントナ宮本慎也ら主力の相次ぐ離脱から8月終盤に再登録される。ここでチームの危機を再三救う活躍を見せ、クライマックスシリーズ進出に貢献した。
2010年も開幕一軍入りするがすぐに登録抹消。その後は一軍と二軍を行ったり来たりでロクに活躍できずに終わってしまう。2011年も開幕一軍入りこそ果たすも中盤から不調に陥る。
2012年は二軍スタート。8月、9月とトニー・バーネットウラディミール・バレンティン畠山和洋松井淳ラスティングス・ミレッジら主力の相次ぐ離脱の中に一軍に昇格し、こちらでもクライマックスシリーズ進出に貢献する。しかしクライマックスシリーズ本番での出番はなかった。オフに2013年WBCブラジル代表に選ばれ、ラファエル・フェルナンデスウーゴ、ツギオ、曲尾マイケらチームメートとともに予選ラウンドに出場。パナマコロンビアらを撃破し、第一ラウンド出場に大いに貢献した。

2015年は左の代打として活躍し、14年ぶりの優勝に貢献。日本シリーズ出場を以て、現役を引退した。
2016年からは二軍打撃コーチを務める。

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