概要
1992年に日本大学からドラフト2位でヤクルトスワローズに入団。
飯田哲也とセンターのレギュラーの座を競い、1998年にレギュラーに定着。
2005年に青木宣親がレギュラーに定着した後は左の代打となる。2008年に現役を引退した。
引退後はヤクルトでコーチを長年務め、2015年に1軍監督に就任。就任1年目にして14年ぶりの優勝を達成した。
しかし日本一を逃し、2016、2017年と2年連続最下位の責任を取って辞任。
2017年12月、出身地である大田原市は同市の美原公園第2球場の愛称を「真中満記念球場」とすると発表した。(サンスポHPより)
2018年からはフジテレビ・ニッポン放送の野球解説者とサンケイスポーツの野球評論家に就任。
同年、アニメ『グラゼニ』に第1話で解説者を演じた。
2019年にはU12野球日本代表「若武者NIPPON」監督に就任。前監督で読売ジャイアンツコーチの元木大介に報告した際は「やりがいがあって楽しいよ。」と伝えられた事を明かしている。
カル・リプケンワールドシリーズに出場し、決勝トーナメントまで進むもプエルトリコに敗れ、大会4連覇は叶わなかった。
2023年のヤクルト春季キャンプに元同僚古田敦也と共に臨時コーチとして参加した。
背番号
背番号 | 使用年 | 所属チーム | 備考 |
---|---|---|---|
31 | 1993年〜2005年 | ヤクルトスワローズ | 選手 |
31 | 2006年〜2008年 | 東京ヤクルトスワローズ | 選手 |
77 | 2009年〜2010年 | 東京ヤクルトスワローズ | 2軍打撃コーチ |
77 | 2011年〜2013年 | 東京ヤクルトスワローズ | 2軍監督 |
77 | 2014年 | 東京ヤクルトスワローズ | 1軍チーフ打撃コーチ |
77 | 2015年〜2017年 | 東京ヤクルトスワローズ | 1軍監督 |
77 | 2019年 | 若武者NIPPON | 監督 |
エピソード
- 現役時代はスマートな体型で端正な顔立ちから「球界の真田広之と呼ばれていた。が、引退後はどんどん恰幅が良くなり、インターネット上では「スワローズポンタ」と呼ばれている。なお、本物のポンタもスワローズとコラボした事がある。
- 2001年に明治神宮野球場で行われた大阪近鉄バファローズとの日本シリーズ第3戦で、香田勲男から一回転するような体勢でホームランを放ち、「大回転打法」と呼ばれた。打たれた香田は同年の日本シリーズ終了後に引退した為、真中が引導を渡したと言われている。また珍プレー好プレーで宮本慎也がこのシーンをモノマネする場面がしばしば放映されている。
- 1軍監督時代のエピソードとしたら欠かせないのが、2015年ドラフト会議での真中ガッツポーズ事件である。詳細については当該項目を参照されたい。監督辞任後しばらく経つが、未だに球団(主につば九郎)から公式にいじられる伝説的な出来事である。
- 2018年9月にInstagramアカウントを開設。何故か扇風機の写真ばかり掲載し、有吉弘行につっこまれていた。