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梶原景時

かじわらかげとき

梶原景時は院政期・鎌倉期の武将。または『遙かなる時空の中で3』の登場人物で、八葉で地の白虎である。
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史実

保延6年(1140年)?~正治2年1月20日(1200年2月6日)

治承4年(1180年)に決起した源頼朝は石橋山の戦いで敗走し、わずかな手勢と共に山中に遁れた。大庭景親率いる頼朝討伐軍に加わっていた景時は、頼朝の居場所を知りながら、敵方であるにも関わらず見逃したという。
その後、再挙し勢力拡大を果たした頼朝にあらためて対面し、御家人に列した。弁舌が巧みであったことから頼朝に重用され、厩別当、侍所所司として御家人の統制に当たり、寿永2年(1182年)には謀反の疑いのかかった上総介広常を殺害した。

木曽義仲追討のため源義経とともに上洛し、そのまま平氏追討に当たったが、屋島の戦いあたりから作戦上の問題で対立。壇の浦の戦いで源氏方が勝利できたが、義経の勝手な行動を逐一鎌倉に報告した。主に、本陣で座して指揮するべき総大将が先陣に立って動いたため士気を乱し、諸将がもらうべき恩賞も独り占めした。大将なら動くべきではないと諌める景時に対し、義経は自分の大将は鎌倉の頼朝と反論し、景時は義経を大将の器ではないと判じたという。

義経追討の後は幕府の宿老として列したが、頼朝の死後、結城朝光が将軍源頼家を誹謗したと糾弾したが、逆に御家人達から怒りを買い失脚。正治2年(1200年)、謀反を企てて一族を率いて上洛しようとしたが(、または幕府から朝廷に仕えようとした)、駿河で在地武士の攻撃を受け敗死した。

後年は『平家物語』や『義経記』等の影響で讒言をもって義経を追い落とした悪人と嫌う風潮が長らく続いたが、一方で幕府を支え続けた厳格な幕府の最古参という見方も多い。
都の貴族からは「一ノ郎党」「鎌倉ノ本体ノ武士」と称されていた。


遙かなる時空の中で3

黒龍の神子・梶原朔の兄。源頼朝の腹心の部下であり、陰陽師にして源氏の軍奉行。やや軽薄で頼りないが、仲間思いで気配り上手。発明が好きで、時折傑作を生み出す。洗濯が好き。また彼が使役する式神は、サンショウウオなど、少し動きが鈍い。

仲間や母・妹を大事に思う反面、武家の者としての大義を重視しなくてはいけないジレンマがある。彼の主君はあくまでも源頼朝であり、九郎ではないことが、後々まで大きく影響する。頼朝に従うように、その妻である北条政子にも忠実に従う。鎌倉の実家で暮らす母と、尼僧として鎌倉の管理下にある妹の朔は、事実上頼朝に人質に捕られている状況(当の二人は気づいていない)。家族の安全を守るためにも、彼は主夫妻に逆らえず、命が下れば九郎や主人公をも攻撃する。

十六夜記ではある出来事により一度宝玉を失う。

運命の迷宮 における彼は、現代の発展ぶりに発明好きの一面を大いに刺激され、存分に楽しみ、様々なものに興味を示す。

戦闘時は自作の銃で敵を撃ち、また陰陽術を掛けて攻撃する。同様、後方の敵も狙える。

プロフィール

名前梶原景時
職業陰陽師(軍奉行)
四神地の白虎
誕生日3月5日
年齢27歳
血液型AB型
身長186cm
出身鎌倉(異世界)
嘘をつくときなど、ひとさし指を立てる
利き手
趣味洗濯、書
特技陰陽術、嘘、発明
備考視力がいい
五行属性
八卦
宝玉の位置鎖骨の間
象徴物辛夷
イメージカラー松葉色
術のモチーフ
声優井上和彦


関連イラスト

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優しい人だから


/ 兄上しっかりして下さい! \
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関連人物

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日本史 平安時代 鎌倉時代 鎌倉 源頼朝 鎌倉幕府 武将

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