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概要

?~1239年
相模の有力武士団の長である三浦義澄の子で一族と共に源頼朝に仕えて、父の死後は跡を継いで三浦氏の長となっている。

頼朝死後の北条氏台頭の中で娘を北条泰時に嫁がせて縁戚関係を築き、頻発した有力御家人の討伐においては北条氏に協力して梶原景時畠山重忠らの追放・討伐に携わり、和田義盛の反乱においては最初は義盛と共に北条氏討伐の陰謀に加わるもすぐに寝返り義盛の計画を伝えた。

承久の乱では実弟の三浦胤義が上皇側に参加し、胤義から味方に付くよう求められるも拒否して幕府側の将として上洛し胤義を攻め滅ぼした。

泰時の時代には評定衆の一員となり、幕府の宿老として泰時を支えた。
しかしその一方で将軍九条頼嗣にも接近しており、これが子の泰村の代における三浦氏滅亡(宝治合戦)に繋がる事になる。

エピソード等

  • 源実朝暗殺事件において実行犯の公暁は義村の妻が乳母だった関係で事件後に義村の邸に逃亡して協力を仰ごうとしたが義村の命により討たれた。実朝暗殺に関しては義村が黒幕だった説もある。



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武士 日本史

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