概要
秒 (Second) とは、時間の量を表す単位の1つ。国際単位系における7つのSI基本単位の1つであり、MKS単位系やCGS単位系でも基本単位として登場する。いくつかの文化圏や現代物理学では、秒より短い時間を表す単位が存在する物の、日常生活や通常の自然科学の分野では、国際的には秒が時間の最小単位である。秒の記号はsであると定められている。日常生活においてはしばしば "sec" や "sec." が用いられているが、これは国際単位系において明白に誤用であると言及されている。
名称 | 秒 (Second) |
---|---|
記号 | s |
単位系 | 国際単位系 |
量 | 時間 |
現行定義 (概略) | セシウム133原子の特定の放射周期が91億9263万1770回繰り返した時間 |
現行定義の発行日 | 2019年5月20日 |
依存するSI基本単位 | 無し |
依存されるSI基本単位 | m・kg・K・cd |
由来 | 1日の長さ (LOD) の86400分の1 |
定義
現行の定義
秒の定義は国際度量衡委員会によって定められている。4年に一度国際度量衡総会が行われ、必要があれば定義の見直しと改定が行われる。最新の定義は2018年11月16日に行われた第26回国際度量衡総会によって決議され、2019年5月20日より発行される以下の定義である。
- 秒、記号sは、時間のSI単位である。それはs^-1と等しい表現である単位Hzによって、摂動の無い基底状態のセシウム133原子の超微細構造遷移周波数ΔνCsを9192631770と定める事によって決定される。
普段聞かないような用語の連続でかなり難しいが、各用語は以下のように対応している。
s^-1と等しい表現 | 1秒間当たりの振動数を表す単位であるヘルツを定めている。 |
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摂動の無い | 外部から何らかのエネルギー放射を受けていない状態。 |
基底状態 | 自然界が取り得る最低のエネルギー状態の事。 |
セシウム133原子 | 元素の1つであるセシウムの、ある種類の同位体の原子。 |
超微細構造 | 原子からの放射は1つの固有の値を取るが、実際には非常にわずかだが2つに分かれている事。 |
遷移周波数 | 2つの値の間を移動する際に放射か吸収されるエネルギーの周波数。 |
ΔνCs | 秒の定義を他の単位の定義に使用する際に使う記号。 |
つまり、なるべく平易に言おうとすると、秒の定義は以下のようになる。
- 秒は世界共通に使われる時間の単位である。記号はsとする。1秒間当たりの振動数を表す単位をヘルツと呼び、記号をHzとする。セシウム133という種類の原子を、何の外部の影響も受けず、自分自身からの影響を最小にする為に最低エネルギー状態に置く。この時にセシウム133原子から出てくる、一見すると1つの数値に見えるエネルギー放射は、厳密には2つの数値に分かれている。この2つの数値の差を取り、それに対応するエネルギーの波が1回振動するのに必要な時間を測定する。そのぴったり91億9263万1770倍の時間を1秒とする。この定義を他で使う際の記号はΔνCsとする。
厳密性を省き、もっと簡単に言うとこのようになる。
- セシウム133という決まった原子から出る、ある種の波が91億9263万1770回だけ繰り返した時間を1秒とする。
秒の定義でこれが採用されているのは、超微細構造遷移周波数というのが非常に安定しており、数値を非常に細かく測定する事が可能な事に由来している。セシウムが採用されているのは、原子の一番外側の電子である最外殻電子が1個であり、放射が1つに絞られる事、周波数がμ波の領域であり測定しやすい事、天然ではセシウムの同位体が1つしかない為、異なる同位体の影響を考慮しなくて済む事に由来している。
外部からも自分自身からも何も影響を受けていないという但し書きは、影響を受けていると放射の値が変わってしまう事が由来である。当然現実には宇宙のどこにも何の影響も受けていないという環境は存在しない為、実用の原子時計ではあくまで近似となる。
秒の定義は、現行も過去も他の基本単位に依存せず定義されている。逆に秒に依存して定義される基本単位にはメートル、キログラム、ケルビン、カンデラがある。
前回の定義
前回の定義は、1967年の第13回国際度量衡総会によって決議された。その内容は現行の定義と実質的な内容に差はないが、文言が異なっていた。また、定義をより厳密にする為、1997年に補則が加えられた。現行の定義はこの定義及び補則を1つに纏めて書き換えたものに相当する。
- 秒は、基底状態にあるセシウム133原子の2つの超微細構造準位間の遷移に対応する放射の周期の9192631770倍の継続時間である。
- 補則: この定義は温度0Kの下で静止した状態にあるセシウム原子に基準を置いている。
歴史
歴史上、秒の定義は2回しか大幅に変更されていない。そもそも秒という概念が、時間そのもの概念からすると新しい物であり、名称も1時間を60に分割した物を "minute (分)" としたのに対し、分を更に60に分割すると、1時間を2回分割した事になる為、第二の分を意味する "second minute" と呼んだものが省略された為である。
秒が定義されたのは、機械時計が開発されたのと時を同じくしている。それまでの日時計とは異なり、より細かい時間を測定できるようになったのが理由である。秒針を持つ最古の機械時計は1560年から1570年に現れ、1656年にクリスティアーン・ホイヘンスが実用的な振り子時計を開発した事で、非常に正確な1秒を測定する事が出来た。
カール・フリードリヒ・ガウスは、1832年に基本単位としてセンチメートルとグラムと共に、秒を基本単位とする長さ・質量・時間の共通単位系であるCGS単位系を提唱。歴史上初めて秒が単位系として使用された。1889年には長さと質量がメートルとキログラムに置換されたMKS単位系が提唱されたものの、時間は変わらず秒が採用された。その当時の秒は以下の定義とされた。
- 秒は、1日の長さ (LOD) の86400分の1の時間である。
しかしながら、1940年代には時計が進歩し、クォーツ時計が発明された事によって状況が変わった。地球は月や太陽からの潮汐力、大気や海水、内核との摩擦、地震などの影響によって、自転周期は1日において1000分の数秒程変化しており、しかも徐々に遅くなっている事が判明したからである。また、地球の自転周期よりも公転周期の方がより安定している事も同時に判明した。そこで1954年の第10回国際度量衡総会は、秒の定義を自転周期から公転周期へと変更し、以下のように定めた。この定義は1960年の第11回国際度量衡総会で批准されている。
- 秒は、暦表時1900年1月0日の12時から数えて1太陽年の時間の31556925.9747分の1の時間である。
地球の公転周期は、天球における太陽の位置、即ち地球上から見た太陽の見かけの位置から、ニュートン力学に基づき計算できる。1750年から1892年の太陽の位置のデータと、サイモン・ニューカムが編み出した方程式に基づき、1900年1月0日を起点に1回公転するのにかかる時間を計算し、その3155万6925.9747分の1を1秒とした。1900年1月0日という表現は1899年12月31日の事であるが、この表現は計算の便宜上の問題である。1900年が選ばれたのは単にキリの良い数値だからであり、3155万6925.9747分の1とはそれまでの秒となるべく近い数値を採用したい為にこのような中途半端な定義値となった。
しかしながら、自転周期と同じく公転周期も、実際には計測可能なレベルで変動及び減少している事は既に知られていた。また、天文学的な手法で計測でのみ判明する周期に基づき定義する事、そして1900年という実際に戻って実測できない過去に基準を置くのは問題があった。より正確であると判明し、しかも実験室で測定可能な原子の "周期" に基づき決定されたのが、上記の原子時計に基づく定義である。
- 秒は、基底状態にあるセシウム133原子の2つの超微細構造準位間の遷移に対応する放射の周期の9192631770倍の継続時間である。
この定義は1997年に補遺が追加され、2018年には文言が変更されたものの、実質的な部分には変更がないまま現在でも使用されている。
秒の大きさ
他のSI単位と同じく、秒にもSI接頭辞を付けて大きさを表す事が出来る。しかしながら、秒が事実上の時間の最小単位である故に小さな値は頻繁に見受けられるが、大きな値は日常でもよく使われる分、時、日、年、世紀がある為に、殆ど使用されない。なお、国際単位系においてSI単位ではないが併用が認められているSI併用単位は分、時、日のみである。
以下の秒スケール比較は、1分=60秒、1時間=1時=3600秒、1日=8万6400秒、1年=3153万6000秒として計算している。
接頭辞 | 大きさ | 他単位での表現 | 例 |
---|---|---|---|
1Ys | 10^24秒 | 約3京年 | 600Ys: ビスマス209の半減期 |
1Zs | 10^21秒 | 約32兆年 | 3Zs: 宇宙で水素が尽きて新たな恒星が誕生しなくなるまでの時間 |
1Es | 10^18秒 | 約320億年 | 0.43Es: 宇宙誕生から現在までの時間 |
1Ps | 10^15秒 | 約3200万年 | 2Ps: 恐竜の絶滅から現在までの時間 |
1Ts | 10^12秒 | 約3万年 | 3.5Ts: 最終氷期の開始から現在までの時間 |
1Gs | 10^9秒 | 約31年259日 | 2.5Gs: 人間の平均寿命 |
1Ms | 10^6秒 | 約11日13時間 | 2.36Ms: 月の公転周期 |
1ks | 10^3秒 | 16分40秒 | 3.6ks: 1時間 |
1hs | 10^2秒 | 1分40秒 | 4.99hs: 太陽の光が地球に届くまでにかかる時間 |
1das | 10^1秒 | 6ds: 1分 | |
1ds | 10^-1秒 | 1ds: まばたきにかかる時間 | |
1cs | 10^-2秒 | 4.17cs: 映画の1コマの時間 | |
1ms | 10^-3秒 | 2ms: 蚊が1回羽ばたく時間 | |
1μs | 10^-6秒 | 2.2μs: ミュー粒子の平均寿命 | |
1ns | 10^-9秒 | 3.3ns: 光が1メートル進むのにかかる時間 | |
1ps | 10^-12秒 | 4ps: IBM SiGeトランジスタのスイッチング時間 | |
1fs | 10^-15秒 | 1fs: 紫外線の周期時間 | |
1as | 10^-18秒 | 12as: 最も制御されたパルスレーザーの周期 | |
1zs | 10^-21秒 | 2zs: γ線の周期時間 | |
1ys | 10^-24秒 | 0.5ys: トップクォークの平均寿命 |
その他
現行のセシウム原子時計は、最高精度の物で2.3×10^-16の不正確さがある。これは7億年に1秒という僅かな狂いしかない。一方で原子時計に代わる新たな時計として光格子時計が研究されており、将来は現行の定義を置き換える目的で開発が進んでいる。光格子時計も原子からの放射を用いる点では原子時計の範疇であるが、仕組みが大きく異なる。光格子時計はまだ研究段階であり現行のセシウム原子時計を置換するには至っていないが、正確性は上を行っている。最高水準のストロンチウム光格子時計は5×10^-19の不正確さであり、これは1兆6000万年に1秒と言う水準に相当する。一般相対性理論では、重力が強くなるほど時間が遅くなる事が予言され、実証もされているが、光格子時計は非常に正確である為、僅か2cmの高度変化による僅かな重力差に起因する時間の遅れも測定可能である。
なお、現行の世界共通で使用される時刻はUTC (協定世界時) と呼ばれ、世界中に約300台ある原子時計によって測定された原子時の平均であるTAI (国際原子時) と、LODに基づいて補正を加えたUT1に基づいている。TAIは原子の放射なので地球の自転とは何の関係もないが、LODは地球の自転に基づく為、人間の感覚としてはどちらかと言えば1日の長さは太陽の動きに基づく為LODが近い。しかしながらLODは先述の通り変動があり、平均するとUT1に基づく1日は8万6400秒より1000分の数秒程長い。一方でTAIに基づく1日は正確に8万6400秒である。この為TAIとUT1は時間の経過と共にズレが大きくなる。この不都合を防ぐ為、ズレが0.9秒より大きくなると予測された時点で、UTCは補正をする為に1秒を挿入するか除去する。これが閏秒である。現状では閏秒は27回挿入されており、除去は1度もない。短期的に見ればLODが8万6400秒より短くなった期間はある物の、長期的に見て短くなった期間が一度も無い為である。
なお、よく誤解されるが閏秒は地球の自転や公転が遅くなる事とは、直接には何の関係もない。数年から数十年の短期的な自転周期の変動に基づくのが閏秒である。但し数百年という水準で見れば、自転が遅くなるのが徐々に蓄積され、閏秒に関わる程ズレが大きくなる事も考えられる為、この場合には関係があると言える。