概要
NHK大河ドラマにおいて、2010年代後半以降ファンの間で定着したワードの一つ。特に『おんな城主直虎』（2017年）や『鎌倉殿の13人』（2022年）などに関連して多用されたことでも知られる。
首桶とは
そもそも「首桶」とは、中世日本において名のある武将が戦などで討ち取られた際、その首を収めて持ち運ぶ際に用いられた桶のことであり、収める際には首とともに塩や酒などを入れて腐敗を遅らせることもある。
この手の時代を描く歴史ドラマ、特に合戦シーンのある作品では他の道具同様、背景として存在する数多の道具の一つとも言える。
大河ドラマでの主な用例
大河ドラマにおいてもその例に漏れず、古くから度々首桶が登場しているが、その存在がにわかにクローズアップされるようになったのは前出の『おんな城主直虎』であろう。
同作では、初回を皮切りに高い頻度で首桶が登場する展開が連発され、登場人物の死を簡潔ながらも否応なく突きつけてくるこの描写は、同作に対する「ハバネロ大河」との評価を決定づける要因の一つともなったのみならず、その登場頻度の高さ故に「まるで準レギュラーのようだ」との印象を、この当時からすでに確立しつつあったのである。
こうした首桶を用いての印象的な演出は、『直虎』以降の大河ドラマでも度々散見されており、『麒麟がくる』（2020年-2021年）においては同作における織田信長の特異な人物造形を示す要素として、この演出が複数回用いられている。また『青天を衝け』（2021年）では舞台が幕末から近世であるにもかかわらず、徳川慶喜への「祝いの品」として、攘夷志士から首桶が差し入れられるという展開が挟まれており、幕末大河だからと油断していた視聴者を諸々の意味で騒然とさせてもいる。
久方ぶりの平安末期・鎌倉初期を舞台とした『鎌倉殿の13人』（2022年）は、こうした首桶を活かした印象的な演出が輪をかけて頻発した作品であり、中でも第20回「帰ってきた義経」での、首のみとなって戻ってきた源義経との再会を通して、源頼朝の権力者としての孤独と悲哀を強調したラストシーンや、第36回「武士の鑑」において讒言の末に討たれる格好となった畠山重忠の首桶を手に、北条義時が父・時政に執権としての覚悟を問う場面などは、その代表的な一例と言えよう。
また同作では、首桶に用いた容器のばらつきを通して敵将への扱いの軽さを言外に示したり、前週のラストで事実上退場した登場人物が、翌週のアバンには一族郎党と共に首桶となって並べられているというシビアな導入がなされたりと、変則的な演出も散見されており、こうした首桶の頻出ぶりにSNS上では何時しか、
- 「大河準レギュラーの首桶さんが来た・・・」
- 「また首桶。もはや準レギュラー」
- 「準レギュラーの首桶さん」
- 「今週も準レギュラーの首桶さんが活躍してしまいましたね」
- 「首桶を準レギュラーにすんのやめろ! やめてください‼」
などと、事実上の準レギュラーとしての印象が視聴者の間で確固たるものとなり、遂には「さん」と敬称まで付けられる程に馴染みのある存在へと転じていったのである。
この傾向は続く『どうする家康』（2023年）にも引き継がれたようで、第3回「三河平定戦」では早くもまた「首桶さん」の出番が回ってきたのみならず、その後の主人公の思惑とは裏腹に身内からの突き上げを食らっての不本意な寝返りを強いられる様や、それに伴っての人質達の悲惨な顛末などと合わせて、前2回でのライトな空気をにわかに一変させる格好となった。そもそも初回の時点で、今川義元のものと見られる首が槍に括り付けられたまま、織田信長の手で道端に打ち捨てられており、いずれこのような展開を迎えることは既に予告されていたと見るべきであろう。
また第12回「氏真」でも、駿河侵攻に及んだ武田信玄らによる首実検の際に、今川方の武将らと見られる多数の首桶が登場し、ここでは信玄が首を改めつつ「冬を越し春を迎え、夏の匂いがしてきたぞ」と呟くことで、長期戦を強いられる武田軍の状況が婉曲的に示された。
数年に亘ってこのような傾向が続いてきただけに、前出の『鎌倉殿』よりさらに古い時代を描く『光る君へ』（2024年）でも、「平安の世」が舞台であるはずなのに何気ない小道具が首桶に見えてしまう視聴者もいたのだが・・・初回のラストでは首桶以上にショッキングな展開が藤原道兼によって引き起こされただけでなく、第11回ではさらにショッキングな展開が御所で起こり、首桶不在にもかかわらず視聴者を大いに戦慄させたのであった。
