概要
SCP-035はシェアワールド「SCP Foundation」に登場するSCPオブジェクトである。
オブジェクトクラスはKeter。
項目名は『Possessive Mask (取り憑くマスク)』。
SCP-035は、喜劇で使われる白磁の仮面。
1800年代のある日、イタリアのヴェネチアにてとある廃屋内部の厳重に封印された地下室で発見された。
普段は苦悩・嘆きの表情を浮かべた男の顔を象っているが
時折表情が不気味な笑みに変化する。
この時は肉眼での視覚だけでなく、カメラからの映像、または過去に撮られた写真やイラストも全て同時に変化する。
仮面の目と口の部分からは、常に強い腐食性を持った粘性の黒い液体がにじみ出している。
この液体に触れると無機物・有機物を問わず腐食・崩壊していき、最終的には液体と同質の粘液に変化してしまう。
この液体に耐えられるものはほぼ確認されておらず、ガラスが一番崩壊する速度が遅い。そのため、収容は10センチ以上の分厚いガラスケースに入れ、2週間ごとに新しいケースに交換されている。
使用済のケースの処分は、現状唯一腐敗の影響を受けないSCP-101(腹ペコバッグ)に食わせることで処理している。
この仮面は項目名の通り、他人の顔に張り付くとその人物の人格を乗っ取ることが出来る。
しかも1.5~2mまで近づいたり、仮面を見た者は「あれをかぶりたい」と強い執着を持つようになる。そして顔に仮面をつけた瞬間、仮面を着けた人物の脳波は別の波長のものと同化しして脳死となり、事実上死亡する。
どこぞの首飾りよろしく身に着けた時点でほぼ即死だが、こちらは例の腐食液が絶えず垂れ流しな為、装着者の肉体は時間とともに腐敗が進む。人間以外の生物だった場合はただ死んで腐るだけだが、これが人間だった場合は「自身はこの仮面がが有する人格である」と主張し、ミイラ化しながら最終的には肉体を破壊される。しかしその直前まで、仮面は肉体を操る事が出来ると確認されている。
そしてこの仮面には、極めて高い知性が存在している。
インタビューにおいては紳士的で知的な言動の節々に高いカリスマ性を感じさせ、相対した全ての相手に御世辞を交えて愛想良く振る舞う。
知能テストにおいては全ての項目で上位一桁の極めて高い成績を誇り、さらに一度見たものは完全に記憶する写真記憶能力まで持つ。
加えて何処で知ったのかは不明だが、他のSCPオブジェクトに関する知識も豊富。インタビューでSCP-035自身が重要と主張する部分を調査すると、多くの他オブジェクトについてその起源や収容に役立つ有益な情報が得られるなど、財団でも把握できなかったSCPの未知の解明に貢献している。
……しかし、この仮面は決して便利な情報屋などではない。
心理分析において、知的で紳士的な振る舞いをする裏で、この仮面の本性は極めて嗜虐的な嗜好を持つ残忍で冷酷な人格である事が判明している。
高い人心掌握能力を持ち、会話した相手の精神に重大な影響を与え、何人もの財団職員を自殺に追い込んだり、自我を崩壊した操り人形に変えてしまっている。(それも、ミーム汚染や認識汚染などの異常性による能力ではなく、単純な話術だけで。)
SCP-035本人も人間の精神構造も知り尽くしていると話し、相応の時間さえあればあらゆる人間の意思を変えられることを楽しそうに仄めかしていた。
しかもこの仮面、宿主を有している・いないに関わらず、テレパシー能力まで有る事が後に判明。
心理分析だけでなく、実際に相手の心を読むことで潜在意識の知識を読み取り、会話に出すことで巧みに会話の主導権を奪い、常に優位に立っていた。
しかし本体が仮面であり、肉体にしている依代も時間が経てば勝手に崩壊が進んで、自力では動けなくなる。
そのため「確保」「収容」という面では単純で、仮面をガラスケースに収容し、腐食が進めばその都度ケースを交換し、こまめに管理していけば危険はそこまで高くない……と思われていた。
事件発生
もちろん、そんな簡単な話で終わるはずもなかった。
SCP-035とインタビューにより会話したことがある研究員たちが、ある時に共謀で「脱走」を援助しようとしたのだ。
過去に会話した時点で密かに研究員たちの意識を操っていたらしく、SCP-035が助けてほしいと「丁寧に説得した」だけで、複数の職員が自分の所属する財団の「確保・収容・保護」のモットーすら忘れ、この仮面を解放しようとした。
この事件を受け、過去にインタビューなどでSCP-035と会話した人物は全て「終了」。
その後もインタビューを行った後は厳重な精神鑑定を受け、洗脳されていないかをチェックされるようになった。
以後複数回SCP-035は脱走を試み、その度に多くの研究員が心を病み、精神喪失となる犠牲者が出続ける。
更に最悪な事に、上記で述べた「他のSCPにも詳しい」この仮面、特に本人の興味を引いているのがSCP-517-ARC(闘争より生まれし悪魔/現在はアーカイブ化している為、ここの部分のオブジェクトはSCP-4715(ともだちできたよ、そして虚)に変更されている)と、ご存知クソトカゲことSCP-682(不死身の爬虫類)の2体。
どちらも高い再生能力・耐久性を持つ体を持っており、取り憑くことで永続的な依代を手に入れようと企んでいるのではと考えられている。
度重なる脱走事案、そして万が一の可能性から、上層部はSCP-035に対する実験の凍結を決定。
インタビューさせるための「宿主」の提供の停止、ケース交換以外での一切の干渉を行わず、半永久的に収容施設内に封印することを決めた。
その決定の際に数名の研究員が暴力を伴うほどの激しい抵抗をしてきたため、過去にSCP-035に関わった職員全員をまとめて「終了」。
その後も関わる職員は常に交代させるようにした。
これで一安心……
かと思われたが、その後再び事件が発生。
SCP-035の収容セルに近づいた職員から、何処からともなく不明瞭な笑い声が聞こえたという報告が出始め、深刻な偏頭痛を訴える者が続出する。
この職員たちは、配属されてから一度も直接SCP-035と会話などしていない。監視カメラの映像調査では特に仮面に変化はなく、不審な音声は記録されていなかった。
しかし……
収容セルの壁から、黒い液体が滲み出しているのが発見された。
これを調べてみると、重度に汚染された人間の血液だった。
仮面から滲み出る腐食液同様これも強い腐食性を持ち、収容セルの壁を急速に腐食させていたが、それだけではなかった。
壁に滲み出た黒い血は、やがて絵画の様な模様を描くように広がっていった。
更にはイタリア語やギリシャ語、ラテン語、サンスクリット語など様々な言語での文字が書かれ、模様は生贄を捧げる陰惨な場面のように見えた。
しかも生贄として捧げられている人物の顔は、全てそのサイトで勤務する財団職員か、その職員にとって大切な人物の顔に恐ろしいほど酷似していた。
模様を調べるためにセル内に侵入した調査員からは「騒騒しいほどの不明瞭な囁き声、甲高い笑い声」が聞こえたと報告された。
さらにSCP-035の収容区画に近い場所で勤務していた職員たちから、自殺者が続出。
それまでSCP-035と、一切関わっていないにも拘らず…。
事態を重く見た上層部は再び対策を考案。
精神汚染を遮断する効果を持つ特殊金属、SCP-148(テレキル合金)で収容セルの内壁を覆った。
上記のSCP-101を含め、収容にSCPオブジェクトを二つも使用するという事態にはなったが、これによりサイトの士気と自殺者数は仮面収容前の状態まで大幅に改善された。
……しかし。
外ににじみ出ていた負の精神汚染が中に押し留められたことで、事態は更に悪化する。
黒い血の壁画は壁全面に広がり、遂には完全に壁も天井も床も埋め尽くされた。
ケース交換の為に中に入れば、即座に急激な不安感、恐怖、怒り、抑鬱感を感じ、もはや騒音レベルの音量の笑い声や囁き声が響き渡る。
内部では電子機器が一切使用できなくなり、光源も機能しない為に蝋燭や松明などの非電力のものしか役に立たない。
血の海と化した地面からは真っ黒な腕が飛び出し、掴みかかったり危害を加えようとする。そして長時間とどまると目や鼻や口から激しく出血するなど、もはやそこらのお化け屋敷すらも真っ青な地獄絵図と化してしまった。
ケース交換も、壁の修復も、最早どう頑張っても補えきれないレベルにまで達してしまっていた。
見立てでは、収容セルの壁がテレキル合金ごと完全に崩壊するまで1週間と推測。
溜まりに溜まったドス黒い精神汚染の塊は、抑えた器が壊れたその時、どれほど溢れ出るのだろう―――
余談
本作品は番号の若さからわかるとおり、本家SCP記事の中でもだいぶ初期に投稿された。
クソトカゲやかの殺人狂や悲鳴大好きおじいちゃんと同じく、古参に数えられる部類である。
そのため、近年の記事と比較すると、提示される情報はかなり断片的なものとなっている。
呪われた仮面の凶悪性、どんどん収容が困難になっていく経緯。
その不気味さが補遺を積み重ねる形で淡々と描かれながらも、仮面の知的で紳士的、かつ邪悪な本性の人格描写を表すための肝心なインタビュー記録は一切記されていない。
現在では多く目にするような書き方は極力省いてシンプルに仕上がっており、読者側の想像を掻き立てるような作りとなっている。
その高い知性とカリスマ性、言葉巧みに財団職員さえも操る能力から、ある意味下手な要注意団体以上に「事件の黒幕向け」なキャラクター性を持っているようにも見える。
しかし意外にも、Taleやハブ・カノンでそういった立ち位置での登場は長い間見当たらなかった。そのため凶悪性と印象あるキャラに反し、クソトカゲ達と違って他のオブジェクトとの関わりもほぼなかった。
例外としては、SCP-049(ペスト医師)が、収容違反中に偶然SCP-035と接触。何かしらのやり取りの後、急にSCP-049の性格が穏やかでお喋りになったとされている。
その為かファンアートなどの二次創作ではこの二体がよく仲良くしている。しかし改訂後の現在のSCP-049では、この部分は削除されている。
苦悩の面被りし黒の君主
そんなわけでこの仮面くん、Keterに指定されながらも作品的にぼっちだった上、後続の個性あふるるオブジェクトがどんどん増えていく中で、やや埋もれがちになっていた。
しかしその後、意外なところで再びこの仮面の存在が示唆される事となる。
「SCP-2264(アラガッダの宮廷で)」。
上演すると一定の確率で怪現象と、暴動・虐殺・自殺が発生する劇の台本SCP-701(吊られた王の悲劇)。
その劇中に名前のみ登場する異国「アラガッダ」について、またSCP-701と「サーキック・カルト」とのつながりを、新たに提示されたオブジェクトである。
ロンドン塔の一角の隠し部屋からアクセスできる異次元の都市。
この異空間に対し、財団は探査チームを派遣。そこで彼らが遭遇した鳥に似た頭部の人型実体「クルマナスの堂守」から、この地に関する説明を聞く事ができた。
この都市の名は「アラガッダ」。
そしてアラガッダの支配者は、頂点に全てを総べる「アラガッダの王」。
その直属の側近……と見せかけて真の支配者である「アラガッダの大使」。
そして都市の直接的な統制と管理を行っている、4人の仮面を纏った君主。
勤勉の面被りし白の君主。
嫌悪の面被りし黄の君主。
陽気の面被りし赤の君主。
そして、
苦悩の面被りし黒の君主。
それぞれの色と仮面が表す表情にはそこまで意味がない。
しかし4人は全員が邪悪で悍ましい存在とされ、財団が知りうる最高クラスの現実改変者に匹敵する力を持っているという。
そして4人のうちの一人、黒の君主は過去に政治的争いの末、次元の澱みに叩き落され追放されたとも。
「苦悩」を象る「仮面」。
既にアラガッダからは「追放」されているという事実。
おぞましい腐食液の色と同じ「黒」。
それにより、この作品を閲覧した多くの者が、かのSCPオブジェクトを連想した。
アラガッダを題材にしたTale「ミッドナイト・パレード」、アーカイブハブ「吊られた王の喜劇」で、「SCP-035は、黒の君主が自我と魂を仮面に移して逃亡した存在である」旨が描写されている。