日比谷線
ひびやせん
概要
1961年開業。東京オリンピックに合わせ急ピッチで工事は進められ、1964年に全線開通(中目黒〜北千住間)。
東武伊勢崎線(北千住~東武動物公園)および東武日光線(東武動物公園~南栗橋)と直通運転を行っている。日中時間帯は12本毎時の2本に1本がスカイツリーライン直通で、東武動物公園行きを中心に30分に1本程度日光線の南栗橋行きもある。2020年6月からは座席指定列車「THライナー」の運行を開始。朝・夜時間帯に東武伊勢崎線・久喜まで乗り入れている。
東急東横線の渋谷駅が高架だった2013年3月15日までは、菊名まで乗り入れていたり、臨時列車としてみなとみらい線に直通する「みなとみらい号」があった。
集電は旧営団としては初めての架空線方式だが、日比谷線より後に開業した架空線方式の各線が当初から車両長20mであるのに対して、日比谷線は当初は車両長18mだった。
これは直通運転が決まった当時、東武が20m、東急が18mであり、営団が18mを希望したためである。しかし、その後東急が20mに変更したため、18mは異端車となってしまった。
さらに副都心線直通の代償かどうかは不明だが、東急との直通が終了。20mを希望した東武が18mの検査を行う(日比谷線の検査は竹ノ塚検車区で行う)という、皮肉なことになってしまった。
今でこそ13000系が走っているが、日比谷線の車両長18mを前提とした路線設計でも東西線の5000系が入線したことがあるらしい。その結果、一部標識の移設で対応可能になった。なお現在も東横線に入る為の分岐器は残っており、また直通運転をする可能性はある(但しおそらく7両の為、ラッシュ時は避けると思われる)。
直通区間の変更によって路線図が直通先の駅ナンバリングに対応した。表記ルールは半蔵門線に準拠する。ただし半蔵門線は日比谷線より先にスカイツリー開業時に路線図などの変更(押上駅の副名称導入)が行われているが、実は上野駅を除いて春日部のアーバンパークラインがことごとくスルーされている。
六本木ヒルズのある六本木駅、築地本願寺や築地市場が近い築地駅、京葉線との数少ない乗換駅八丁堀駅、JR以外との接続の悪さが目立つ秋葉原駅、ドヤ街山谷から最も近い三ノ輪駅、唯一出口が山谷方面に向いた方向にもある南千住駅などこの線に乗り換えないと行けない・乗り換えられないという場所も結構多い。
1995年に発生した地下鉄サリン事件では、サリン入りの袋を乗客が小伝馬町駅のホームに蹴り出した事で最も多くの犠牲者が出た。