概要
サイズ的にはコヨーテに近い。
かつて、(大型生物が軒並み絶滅した後に残った以降の)本州・四国・九州の生態系の頂点にツキノワグマとともに君臨していた肉食獣。
北海道に生息していたエゾオオカミはタイリクオオカミ(ハイイロオオカミ)の亜種と早い時期からわかっていたが、ニホンオオカミの分類ははっきりしていなかった。
2014年になって、岐阜大学応用生物科学部の研究チームによるDNA分析によって、「ニホンオオカミもまたタイリクオオカミの亜種であった」と発表され、日本のオオカミ復活を目指している一般社団法人『日本オオカミ協会』でも大きく報じられた。
論文において示された遺伝子の系統樹によれば、ニホンオオカミは単系統のクラスターを形成していながらも、系統樹全体で見るとイヌを含むハイイロオオカミ(タイリクオオカミ)の種内に包摂されているため、亜種レベルの差異しかないことが示唆されており、遺伝系統の考察においても慎重ながら、大陸のオオカミの一系統に由来すると推測されている(参照)。
一方で、2018年におけるドイツの学者によって「タイリクオオカミやハイイロオオカミというよりも、今から35000年前にシベリアで生息していた古代種の方に近い」という遺伝子解剖の結果も発表されている(参照)。頭蓋骨等の特徴から、ニホンオオカミはタイリクオオカミの亜種ではない、という説も昔から唱えられてきたが、それが今回遺伝子的に立証されたとされている。
以上のように近年の研究結果でも意見が分かれ続け、現在に至るまでニホンオオカミがどういう種であったか確定されていないのが現状である。
なお
「ニホンオオカミ」という呼び名は、明治期になってのもので、明治初期には、家畜由来の野犬以外の野生下の犬科動物は「ヤマイヌ(山犬)」とされ、「オオカミ」は千島列島北部にしかいないと考えられていた。そのことが、ニホンオオカミの分類調査の開始に関与したとされている。ヤマイヌがオオカミのことを指すのか、オオカミとは違う野生化した犬のことを指すのか、それらに関しては諸説ある。
科学的には確認されていないが、「大小別のオオカミ」(参照)や「水かきのあるオ「ホ」カミ」、縞模様などシーボルトの絵の特徴を持つ「土着の別の野生犬としてのヤマイヌ」、「オオカミと犬の交雑種がヤマイヌ」、「大型の種はオオカメ」、「ヤマイヌとされていた方が実はオオカミ」、「大型のオオカミはエゾオオカミが本州へ渡った種」など、様々な意見がある。
そもそも「ニホンオオカミとは何ぞや」という科学的定義が成される前に絶滅してしまったが故に、はっきりその定義が確定していない部分がある。これはニホンカワウソの状況も似ているかもしれない。
加えて、ニホンオオカミの場合は現存する写真・標本(特に状態の良いもの)が余りにも少なく、残存標本そのものに疑義があったり(単に剥製とだけしてるものにおいては日本の土着野生犬や野生化したイエイヌの可能性も)、それ自体に「オオカミとヤマイヌの2タイプが混じっている」という説がある。
一般的に言われる「ヤマイヌ」に関して、その存在が日本において狼と家畜の犬の交配が古代、おそらくは縄文時代から発生していたことと無関係なのかは不明。だが、「狼犬を作るため、雌犬を屋外に繋いでおき野生の狼と交配させていた」という話も残っている。
他方で「日本の土着犬は東アジアで家畜化された犬が人間と共に渡ってきた種であり、ニホンオオカミの家畜化は古来より一切行われてはいなかった」という説もまた広まっている。ニホンオオカミと日本犬の遺伝的・血縁的交雑がどの範囲でどの辺りまで行われ、それがニホンオオカミの分類にどの程度の影響を及ぼしたかも、ニホンオオカミの「正体」をきちんと分類化しない限りいまいち掴み辛いと考えられる。
エゾオオカミについても、北海道が「ヤマイヌ」の領域だったこともあり、少数の「オオカミ」が後から入ってきたという意見もある。この「ヤマイヌ」だが、標本は頭胴の長さがヨーロッパのオオカミと同じでも体高が77%弱しかななかっただけでなく 頭骨がエゾオオカミの104%以上もあり、とある外国の学者は「異常に頭が大きいグロテスクな怪物だった」と述べている。
伝承
日本においては、日本語の狼(おおかみ)という言葉は元々大噛めや大神などの当て字だとされている。一方で、大蛇など危険な存在のいる場所を「大神」と呼ぶ伝承もあった。
狛犬のモデルも狼であるとされ、武蔵御嶽神社・三峯神社は、祭神である日本武尊(ヤマトタケル)が東征時に追手に追われていた所を神使の白狼に助けられ、道案内をされたという伝承により、狛犬の御影が狼になっている。また、山犬も狼の事を指す場合もある。
たくさん生息していた頃は、日本人の生活や文化にも大きく関わり、八百万の神々の化身や眷属として信仰され、お子様が生まれるとお赤飯のおにぎりを供えるなどの習俗があった。「オオカミ目線」では人間は保護獣扱いで、「人間を食う際はこけた人に限る」という不文律があることになっており、山でこけた際は「あ、ちょっとタバコ吸うために座るだけだから」と言えばオオカミに襲われないなどと言われた。
だが、後述の通り、「人間にとっての脅威」というオオカミの側面を伝える話も数多く残っている。
絶滅へ
江戸時代の終わり頃になって、オオカミは不運な時代を迎える。
1732年、西洋から狂犬病といった伝染病が入り、感染したオオカミは問答無用で人間を襲い始めた。
- ただし、狼はもともと「恐ろしい生き物」としているものは古来の記録や昔話などに見られたり、狂犬病が日本で流行するより30年前にも多数の青少年・少女が殺されていたという話もある(参照)。
そのために被害の増加を食い止めるべく、大規模なオオカミの駆除が始められるようになった。また、近代化で山林の開発が進み、オオカミの山里での出現も増加。これらの複合的原因で人々に駆除され、近代以降は人々の間に「オオカミ=悪」という考え方が広まるようになった。
そして1905年1月23日(ただし正確に捕獲された日は1月20日である)、奈良県の東吉野村鷲家口で捕獲された若いオスを最後に、ニホンオオカミは絶滅したとされている。(その後福井城址にて1910年にそれらしき生物が捕獲されたが、撲殺された上に標本が空襲で焼失し、写真のみしか残されていない)。
オオカミの喪失によって、シカやイノシシ、カモシカやサルなどの増殖した草食獣を捕食する動物がいなくなり、戦後以降は猟師の人口の低下もあって日本列島の生態系バランスは崩れ始め、各地での害獣問題を生む原因となった。ニホンオオカミとほぼ同時期にエゾオオカミがいなくなった北海道も、もちろん例外ではない。
イノシシやシカ等の「増えすぎ」への反論
「捕食者などの減少によって特定の生物が増えすぎて生態系が崩壊する」という説が一般的だが、実はこれに反する声もある。
自然界における生物の増減は、その生態系を保持させる環境の収用力に準ずる。キャパシティーを超えた個体数は餓死などによって自然調整され、その死骸なども生態系に還元されることとなる。そのため、長期的に見ると生態系は自ずと安定する方向に向かう。
一例を挙げると、北米においてコククジラの保護が始まった際、悪化していた環境の収用力が低下していたのか大量に餓死し、その後に安定し始めた。
また、日本においてシカ・イノシシの農業被害が目立ち始めたのは比較的最近なのだが、オオカミが「不在」の生態系はそれまで保たれてきたのも事実とされる。シカ・イノシシ等による農業被害は、確かに個体数の増加もあるだろうが、人間が山野を変えてしまったことが原因だとする話も少なくない。これは例えば北米大陸にても同様であり、大型捕食者の大半が絶滅したが草食動物や植物層の大規模変動は確認されていない。
例えば淡路島のように、古文上においても狼の生息が確認できないが、シカやイノシシ等は古来から生息しており、農業被害も目立ってこなかった場所もある。
大型動物の存在が生態系全体の生産性を上げる事は事実とされ、捕食者の復活がそれを助長するのも事実だが、オオカミの不在がそれ即ち一律に生態系を崩壊させる、というのは些か極論的であり、必ずしも正しくない。反証例も数多あるのもまた事実である。
また、長年保護されてきたカモシカの個体数がそれほど増えていないのも、捕食者の不在と生態系の不安定性が必ずしも一致しないことを示す。
ただし、全く野放しにしてよいという見方にも一定の反論があることに留意すべきであろう。例えば、ニホンオオカミの絶滅したという年からこそ100年以上が経過したが、日本において野犬の駆除・放し飼いに対する是正や自粛が広く行われたのは比較的最近である。
例えば鹿児島県の甑島列島では戦時中~戦後10年後程度までは土着の野犬が確認されている。俗に甑山犬と言われるもので、薩摩犬などはその血を引いているとされている。
後述するが、野犬も野に放つことで鹿などの捕食を行う例が日本でも散見されており、こうした「山棲みの犬」まで減らしてしまった影響が今になってきている、という説も存在する。
もう一つ、こうした野犬の中には多少人間と関わりのある猟犬の系譜を持ち、季節によって人間の元で飼われたり山で暮らしたりを繰り返す犬もいるとされる。ところが近年では国内材木市場の崩壊と林野業の担い手不足により山の手入れが行われなくなった――例え野犬や山棲み犬の減少にさしたる影響がなくとも――ことを示しており、それもまた、近年の獣害増加の原因なのではないか、とも推察される。
なお、上述した例を基にして、「(それならば)タイリクオオカミを放つくらいなら野犬を放つべき」という意見を主張する人も存在している。
こうした話になるのも、タイリクオオカミとニホンオオカミの差異は確実にあるものと想定している立場に立つ者であることも多く、なおのこと、オオカミ導入の云々以上にニホンオオカミの研究が俟たれる次第、とも言える。
その後
絶滅したとされる今でも、日本の山中奥地には彼らがまだ生存していると考える人もおり、事実かどうかは定かではないが目撃情報も多数ある。
またニホンオオカミと近いオオカミを再び国内に導入したり、クローン技術で剥製や骨から復元しようとする計画もあり、近年は大分県豊後大野市において、害獣駆除を目的としてオオカミの再導入が検討されている。
一方、奈良~三重県の大台ケ原山や北アルプスの山岳地帯には、かなり古くから野犬が数世代に渡って住み着いているとされ、実際にそれらしき目撃情報が多発している。
こうした野犬がニホンオオカミの末裔であるという説もあるが、多くは人が後年飼い切れなくなって捨てた犬の子孫であるとされる。とは言え、これらの野犬は数世代に渡る野生生活の染みつきによりもはやオオカミと大して変わらない行動原理で動いているとされ、事実上オオカミに代わるポジションを獲得しているとも言える。
残念ながら、日本の多くの山々は人里から離れておらず、群れを組んで獲物を狙う野犬はクマ以上の脅威となりうるため、多くの場合野犬は一世代で駆除されてしまう。
日本中で鹿が繁殖してどんどんその駆除の問題が重くなっているにも関わらず前述のオオカミ再導入計画も今一つ進まないのにはこうした問題があるからなのだが、人里離れた山深い地帯では放っておかれるが故に安住の地域となっているのだろう(なお、単に駆除に費用がかかりすぎるという問題もある)。
イヌに関する権威とされた人物が、紀伊山中には未だオオカミ的形態の(或いはコヨーテのような)野犬・山棲犬ないしイヌ科動物(それそのものがニホンオオカミであるかは未だ結論付けられていない。生存否定派はこれを狼犬的な動物が野犬化したものと主張しているが、そもそもそれ自体がニホンオオカミと関わりない生き物かどうかもあくまで不明である。)が暮らしていると主張したこともある。
また、それはすなわち、こうした地域でニホンオオカミがまだ生きているという一筋の希望にも繋がっている。
2015年、少なくとも「秩父野犬」は形態的にニホンオオカミと断定しても問題ないと発表された。
- ただし、上記の通り「ニホンオオカミ」とされる動物が、日本列島に生息していた本来の生物と同じなのかは不明。
日本オオカミ協会について
上記の通り、「ニホンオオカミはタイリクオオカミの亜種とされる」と発表した日本オオカミ協会だが、留意しなければならないこともある。
日本オオカミ協会の目標は「タイリクオオカミの国内への放流」である。そして、「ニホンオオカミまたはその血を受け継いだ動物の生存の可能性」は同協会にとっては「都合の悪い話」とされ、国内のニホンオオカミの研究者達への悪辣な対応などが書籍等で報告されている。
また、提示条件そのものが矛盾していたり、キャンペーンの展開方法など協会への疑問の声もある。①②
出典:西田 智『ニホンオオカミは生きている』、宗像 充『ニホンオオカミは消えたか?』
オオカミ復活の実例
日本におけるオオカミの再導入を唱える研究者の間でよく挙げられる実例として、アメリカ合衆国のアイダホ州、モンタナ州、及びワイオミング州を含む地域に位置するイエローストーン国立公園におけるオオカミ再導入がある。
1920年代に乱獲により絶滅したオオカミを復活させるため、1995年から翌年にかけてカナダから数頭のオオカミが連れてこられた。
これによって、オオカミ不在の間に大繁殖したエルク(ワピチ)によって食い荒らされていた植生が回復し、生物多様性が増したとの報告が出ている(ただ、オオカミが増えたことで一時は禁止されていたオオカミ猟も解禁されている)。
上述の通り、日本でも大分県豊後大野市において、猟友会の会員が高齢化・会員数減少が進んでいることなどもあって、害獣駆除を目的としてオオカミの再導入が提案されており、上述した研究の成果から遺伝的にニホンオオカミに近いとされるハイイロオオカミ(タイリクオオカミ)が候補に挙げられている。
関連タグ
柴犬 - 最も狼に近い犬種なため、血縁もしくは遺伝子的に関係がある
おおかみこどもの雨と雪 - 本編を観ないと分からないが、作中でこの動物の名が出てくるため、決して無関係ではない。