概要
モンゴル国(モンゴルこく、モンゴル語:Монгол Улс、読み:モンゴル・ウルス、英語:Mongolian State)は、東アジア北部に位置する共和国。中国・ロシアと国境を接する内陸国。国旗は社会主義時代のものから共産主義を示す星を外しただけのものである。
現在の国土は清王朝時代に外モンゴルと呼ばれたモンゴル高原北部の地域であり、南部の内モンゴルは現在中国の内モンゴル自治区となっている。モンゴル人はモンゴル国よりも内モンゴル自治区に住んでいる人の方が多い。モンゴル人は騎馬民族として中国を征服した歴史があり、13世紀にはユーラシアを席巻していた。
地理
156万4116平方キロメートルという国土の割に人口は322万5200人と少ない。概ね南に行くほど乾燥しており、北部には森林・南部は砂漠が広がる。モンゴルのゴビ砂漠は恐竜の世界的産地の1つでもあり、これまで数多くの化石が発見された。
中部には草原が広がり、伝統的に遊牧や放牧が主産業である。しかし、寒暖の差が厳しい内陸気候に悩まされ、近年は南部からの砂漠化の進行も問題になっている。一方で、国内に銅・金・石炭・レアメタルなど豊富な鉱物資源を埋蔵している。近年は重要な輸出産業に成長し、鉱業従事者も増加している。
歴史
近世以前
→モンゴル帝国を参照
清朝からの独立
旧モンゴル帝国の故地はモンゴル系諸ハン国の衰退に伴って清朝に支配されていた。しかし、辛亥革命で清が倒れたのを機に自立、チベット仏教におけるモンゴルの化身ラマであったボグド・ハーンを君主とする政権を樹立した。ロシア帝国から支援を受け、外モンゴルに加えて一時は内モンゴルの大部分も制圧する。しかしロシアは中華民国との外交配慮から内モンゴル放棄を求め、撤退を余儀なくされた。さらにロシア革命に乗じた中華民国の侵略を受け、政権は崩壊する。
社会主義時代
中華民国の占領下にあった1921年3月に人民党が結成される。人民党はソビエト連邦の援助を求め、これに応じた赤軍・極東共和国軍はモンゴルに介入した。同年7月に人民革命が成功に終わって外モンゴルを解放し、1924年11月にモンゴル人民共和国が成立した。
1939年3月にホルローギーン・チョイバルサンが閣僚会議議長に就任し、在任中は1941年3月にモンゴル語表記をキリル文字に切り替えた。1952年1月にチョイバルサンは死去した。後任にはユムジャーギィン・ツェデンバルが就任した。ツェデンバルの治世では1960年4月から表面化した中ソ対立で、一貫してソ連支持の姿勢を取った。
一方でモンゴルなど東側諸国5か国・日本など西側諸国13か国の国際連合への加盟が同安全保障理事会で一括協議されたが、1955年12月に中華民国がモンゴルの加盟に領有権を主張して拒否権を発動した為、ソ連は報復に日本の加盟に拒否権を発動した。結局モンゴルの加盟は1961年10月まで持ち越しとなった。
民主化・その後
ソ連崩壊の影響を受け、1990年3月にドゥマーギーン・ソドノム閣僚会議議長(首相)の決断によって人民革命党の一党独裁を放棄した。1992年2月にモンゴル国に改称して新憲法を制定し、社会主義を完全放棄した。人民革命党は2010年11月に人民党に改名し、多党制の中でも重要な地位を占めている。
政治
立法府は国家大会議、先述の人民党と民主派諸党が合流した民主党との二大政党制である。行政権は直接選挙の大統領と、国家大会議の多数派から選ばれる首相とが分有する半大統領制を採用している。大統領の権限の多くは首相あるいは国家大会議の支持を必要とし、首相の権限が強い。
軍事
平時の編成としては、5つの部門からなる。陸軍、空軍、建設・工兵軍、サイバーセキュリティ軍、そして特殊部隊である。特に陸軍は精強でT-72型戦車を変態機動させる事で有名であり、戦車で蒙古騎兵の機動を行っていると例えれば分かりやすいだろうか。空軍ならMig-29など、中国を牽制する両国の意図もあり主にロシア製の装備を配備している。国際貢献の海外派遣に積極的であり、南スーダンやコソボ、アフガニスタンなどで活動実績がある。
かつては内陸国でありながら海軍を保有していた。フブスグル湖の石油輸送を任務としていたが、後に民営化されて現在は輸送と共に観光事業も行っている。
国際関係
外交方針は隣国の中国・ロシアとのバランスを維持しながら、それに過度に依存せずに「第三の隣国」(日本・アメリカ)との関係を発展させる事である。2015年9月にエルベグドルジ大統領がモンゴルを永世中立国にすると宣言したが、2020年5月には事実上頓挫している。
ロシア連邦
1960年4月に表面化した中ソ対立ではソ連側に与するなど、鉄道などを含むインフラ整備に貢献したロシアとは友好関係にある。その影響から公用語のモンゴル語はキリル文字を使用しており、社会主義時代はソ連従属政策を実施してきた。
中華人民共和国
1949年10月に外交関係を樹立し、1960年5月に友好相互援助条約を締結した。ウランバートル平和橋などの建設・モンゴル縦貫鉄道の完成など当初は友好関係にあったが、中ソ対立の期間は中国との激しい抗争を継続してきており、対立が沈静化しつつあった1988年11月には、両国の国境問題処理に関する条約と領事条約が締結された。
しかし歴史的に何度も中国からの侵略を受けたモンゴルは、今でも中国に対する激しい敵対心を抱いており、中国人がモンゴルで襲撃されるほどである。また国内の極右団体が極端な反中国・反中国人運動を展開しており、「中国人の男と寝た。」との理由で、複数のモンゴル人女性の頭髪を丸刈りにする・中国と関係が深かったモンゴル人を殺害する事件も発生している。ウランバートル市内にはハーケンクロイツのマークと共に「中国人を射殺せよ。」とする落書きも多く見られる。
北朝鮮
2010年4月に元力士の朝青龍が、今は亡き金正日総書記のもとを訪問して話題になった。
日本
1972年2月に外交関係を樹立し、1977年8月に経済協力協定を締結してノモンハン事件の対日賠償請求を取り下げた。その代わりに日本は50億円を無償贈与し、ウランバートルにカシミア工場が建設された。しかし社会主義時代は冷戦構造とソ連の影響下にあって密接な関係を持たず、本格的な交流強化は1990年3月の民主化を待たなければならなかった。社会主義時代の反日教育があったものの、伝統的にモンゴル人の日本へのイメージは良好で、モンゴルは日本にとって北東アジアの安全保障の為に極めて重要なパートナーとなっている。
モンゴル相撲(ブフ)という伝統格闘技がある事もあり、日本の角界の強豪力士はモンゴル出身者が多い。ゴビ砂漠の化石調査には日本の調査団も参加しており、先述した相撲や映画などの撮影・ゴルバンゴル計画(チンギス・ハーンの墳墓捜索)への協力などから、日本と関連性が年々増加している。
国民
モンゴル系が多数派で宗教はチベット仏教が多い。少数民族にイスラム教徒の多いテュルク系、ツングース系など。公用語はモンゴル語。ソ連支配時代に用いられたキリル文字表記が民主化によって撤廃され、政府はモンゴル文字表記を推奨した。しかし、横書きができないという弱点もあり、必ずしも全面的な移行は進んでいない。パソコンでの横書きではラテン文字も推奨されているが、現時点はキリル文字も含めた諸々の表記法が混在している。
ソ連支配下の時代は、建国の英雄チンギスハンがロシア侵略者として厳しく評価が規制されていたが、ソ連崩壊と共に復権し、各所に像が置かれるようになった。
関連イラスト
関連タグ
地域
歴史
文化
カシミヤ(モンゴルが主要産地の一つ)
キャラクター
モンゴルマン 蒙さん スフバートル テムジン バトムンフ・バトバヤル ジュチ ゴルザ マンドリカルド(タタール人だとされる) 蒼穹の覇王カーン・ウルフ(チンギス・ハーンがモデル) 鉄人仮面テムジン将軍 黄金狼男(改造地がモンゴル) ザリガーナ(同上) トリカブトロン(同上) モー・ショボー