路線データ
路線名 | 予土線 |
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路線区間 |
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路線愛称 | しまんとグリーンライン |
路線記号 | G |
ラインカラー | 緑 |
路線距離 | 76.3km |
軌間 | 1,067mm |
駅数 |
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信号場数 | 1箇所 |
非電化区間 | 全線 |
単線区間 | 全線 |
最高速度 |
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閉塞方式 |
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保安装置 | ATS-SS |
第一種鉄道事業者 | 四国旅客鉄道(JR四国) |
概要
若井駅(高知県高岡郡四万十町)と北宇和島駅(愛媛県宇和島市)を結ぶ四国旅客鉄道(JR四国)の鉄道路線で、地方交通線。若井駅〜川奥信号場(高知県幡多郡黒潮町)間は土佐くろしお鉄道中村線との重複区間(施設は土佐くろしお鉄道が管理)で、同区間を経由する全列車が窪川駅(高知県高岡郡四万十町)まで直通する。また北宇和島駅を経由する全列車が予讃線宇和島駅(愛媛県宇和島市)まで直通し、予讃線とは別に駅ナンバリングが設定されている。
この為運行系統上は窪川駅〜宇和島駅間の路線として扱われる。
四万十川に沿って走行する為、「しまんとグリーンライン」の愛称が付けられている。
高知県と愛媛県を直接結ぶ唯一の鉄道路線だが、山間部の過疎地帯を経由している為JR四国でも有数の閑散路線となっている。
日本国有鉄道(国鉄)時代から赤字路線だったが、沿線の道路の未整備を理由に国鉄の赤字ローカル線廃止基準である特定地方交通線から除外されていた。
しかし直近の営業係数はコロナ禍前の2019年(平成31年・令和元年)度で「1137」、コロナ禍後の2021年(令和3年度)はさらに悪化し「1761」となった。即ち100円を稼ぐ為に1761円の費用がかかる事を意味し、深刻な赤字である事が読み取れる。その為JR四国は沿線自治体との存廃協議を検討している事を示唆したが、浜田省司高知県知事は「廃止前提の協議会ならば応じられない」と廃止に反対の姿勢を示している。
無論沿線自治体もただ指を加えて待っている訳ではなく、高知県、愛媛県共に沿線自治体を中心として利用促進対策協議会を立ち上げ利用者の獲得に奔走している。
またJR四国も予土線で運行される観光列車3種を「予土線3兄弟」と銘打って観光客を呼び寄せている。トップ画像の気動車キハ32-3もその一つで、予土線3兄弟の三男「鉄道ホビートレイン(通称四国新幹線)」として運用されている。車両についての詳細は当該項目を参照されたし。
途中駅の半家(はげ)駅はJR北海道留萌本線増毛(ましけ)駅とセットで知られており、半家駅→増毛駅の切符は縁起物として知られていた。
増毛駅は2016年(平成28年)12月5日に廃止されたが、廃止直前には大手旅行会社の日本旅行(JR西日本連結子会社)が惜別ツアーを組んでいた。
沿革
- 1914年(大正3年)10月18日:宇和島鉄道の路線として宇和島駅〜近永駅間開業。宇和島駅、高串駅(廃止)、光満駅(廃止)、務田駅、宮野下駅(現・伊予宮野下駅)、中野駅(現・二名駅)、大内駅、深田駅、近永駅開業。
- 1916年(大正5年)12月1日:宇和島駅移転。下村駅(廃止)開業。
- 1923年(大正12年)12月12日:近永駅〜吉野駅(現・吉野生駅)間延伸。出目駅、松丸駅、吉野駅開業。
- 1933年(昭和8年)8月1日:宇和島鉄道国有化。官制鉄道宇和島線となる。宮野下駅を伊予宮野下駅、中野駅を二名駅にそれぞれ改称。吉野駅を移転の上吉野生駅に改称。
- 1941年(昭和16年)7月2日:全線1,067mm軌間に改軌。宇和島駅〜高串駅間の旧線を廃止し、北宇和島駅〜務田駅間を新線に付け替え。北宇和島駅〜卯之町駅間開業に伴い、起点を同日開業した北宇和島駅に変更。下村駅、高串駅、光満駅廃止。
- 1945年(昭和20年)6月20日:宇和島駅〜卯之町駅間を予讃本線(現・予讃線)として分離。
- 1953年(昭和28年)3月26日:吉野生駅〜江川崎駅間延伸。西ケ方駅、江川崎駅開業。
- 1960年(昭和35年)10月1日:真土駅開業。
- 1974年(昭和49年)3月1日:江川崎駅〜若井駅間延伸に伴い全線開通。路線名を予土線に改称し、起点を若井駅に変更。家地川駅、打井川駅、土佐大正駅、土佐昭和駅、十川駅、半家駅開業。川奥信号場開設。
- 1974年10月1日:貨物営業廃止。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化に伴いJR四国が第一種鉄道事業者として継承。
- 1988年(昭和63年)4月1日:直通路線中村線窪川駅〜若井駅間が土佐くろしお鉄道に転換され、同社との直通運転開始及び若井駅〜川奥信号場間が両線の重複区間となる。
- 1988年4月10日:ワンマン運転開始。
- 1997年(平成9年)7月27日:「しまんとグリーンライン」の愛称使用開始。