概要
小学校卒業後、メッキ工場などで働き、1954年に漫画家デビュー。旧友にトキワ荘時代の赤塚不二夫がいる。その後、貸本漫画を経て1960年代後半から『月刊漫画ガロ』誌上で『沼』『チーコ』『李さん一家』『紅い花』『ねじ式』『ゲンセンカン主人』『もっきり屋の少女』『やなぎ屋主人』などの代表作(問題作)を相次いで発表し、漫画史の画期をなす。
シュールレアリズム風な手法を漫画に持ち込んだ『ねじ式』は国内だけにとどまらず、多くの分野にも多大な影響を与え、サブカルチャーを語る上では欠かせない革命的な地位を確立した。一方「夢」とは対極にある私小説風のリアリズム描写をとことん突き詰めた『沼』『チーコ』に始まる一連の諸作や、旅の印象をもとにした一連の「旅もの」も作品的評価が高い。なお『紅い花』などに登場する叙情的なおかっぱ少女はどこか懐かしくヴァージニティーを秘めた存在として描かれ、石井輝男や押切蓮介をはじめファンの間でも「可愛い」と人気が高い(関連イラスト参照)。
つげは水木しげるのもとでアシスタントをしていたことがあり、背景の描写などに水木との類似がみられる(これはつげ本人も認めている)。その頃から鄙びた温泉宿や田舎町への旅を好み、ついフラッとどこかへ行くことが多かった(1968年には九州に「蒸発」している)。
1987年以降は新作を発表しておらず、家庭の事情や自身の健康問題などが重なり、漫画家としてはほぼ廃業状態だが、旧作の再版や映画化等がコンスタントに続いているため、印税収入によって生活は支えられているという。
1991年に『無能の人』が竹中直人によって映画化されたのち、1993年には『ゲンセンカン主人』(表題作ほか『李さん一家』『紅い花』『池袋百点会』収録)が、1998年には『ねじ式』(表題作ほか『別離』『もっきり屋の少女』『やなぎ屋主人』収録)が石井輝男によって映画化された。
2022年、ちばてつやと共に漫画家として初めての日本芸術院会員に選出された。
『ガロ』掲載作品リスト
タイトル | 号数 | 収録文庫 | 映像化 |
---|---|---|---|
噂の武士 | 『ガロ』1965年8月号 | 小学館文庫『ねじ式』 | × |
西瓜酒 | 『ガロ』1965年10月号 | ちくま文庫『李さん一家/海辺の叙景』 | × |
運命 | 『ガロ』1965年12月号 | ちくま文庫『李さん一家/海辺の叙景』 | × |
不思議な絵 | 『ガロ』1966年1月号 | ちくま文庫『李さん一家/海辺の叙景』 | × |
沼 | 『ガロ』1966年2月号 | 小学館文庫『ねじ式』 | ○ |
チーコ | 『ガロ』1966年3月号 | 小学館文庫『ねじ式』 | × |
初茸がり | 『ガロ』1966年4月号 | 小学館文庫『ねじ式』 | × |
古本と少女 | 『ガロ』1966年9月号 | 小学館文庫『紅い花』 | ○ |
手錠 | 『ガロ』1966年12月号 | ちくま文庫『李さん一家/海辺の叙景』 | × |
通夜 | 『ガロ』1967年3月号 | 小学館文庫『紅い花』 | × |
山椒魚 | 『ガロ』1967年5月号 | 小学館文庫『ねじ式』 | × |
李さん一家 | 『ガロ』1967年6月号 | 小学館文庫『紅い花』 | ○ |
峠の犬 | 『ガロ』1967年8月号 | 小学館文庫『ねじ式』 | × |
海辺の叙景 | 『ガロ』1967年9月号 | 小学館文庫『紅い花』 | × |
紅い花 | 『ガロ』1967年10月号 | 小学館文庫『紅い花』 | ○ |
西部田村事件 | 『ガロ』1967年12月号 | 小学館文庫『紅い花』 | × |
長八の宿 | 『ガロ』1968年1月号 | 小学館文庫『ねじ式』 | × |
二岐渓谷 | 『ガロ』1968年2月号 | 小学館文庫『紅い花』 | × |
オンドル小屋 | 『ガロ』1968年4月号 | 小学館文庫『ねじ式』 | × |
ほんやら洞のべんさん | 『ガロ』1968年6月号 | 小学館文庫『紅い花』 | × |
ねじ式 | 『ガロ』1968年6月増刊号 | 小学館文庫『ねじ式』 | ○ |
ゲンセンカン主人 | 『ガロ』1968年7月号 | 小学館文庫『ねじ式』 | ○ |
もっきり屋の少女 | 『ガロ』1968年8月号 | 小学館文庫『紅い花』 | ○ |
やなぎ屋主人 | 『ガロ』1970年2~3月号 | 小学館文庫『紅い花』 | ○ |
リアリズムとシュルレアリスム
つげは近年のインタビューで「現実」と「夢」の無意味性について次のように語っている。
「マンガは芸術じゃないと僕は思ってますが、まあそれはいいとして、どんな芸術でも、最終的に意味を排除するのが目標だと思っているんですよ。なので意味のない夢を下敷きにした一連の夢ものを描いたり夢日記をつけたりしていたんです。夢は誰もが経験するように強烈なリアル感、リアリティがありますから、長年こだわっていたリアリティを追求するということで夢に関心を持ち、そこから自然にシュルレアリスム風の『ねじ式』が生まれたんです。自分の創作の基調はリアリズムだと思っているのですが、リアリズムは現実の事実に理想や幻想や主観などを加えず<あるがまま>に直視することで、そこに何か意味を求めるものではないです。あるがままとは解釈や意味づけをしない状態のことですから、すべてはただそのままに現前しているだけで無意味といえますね。レアリスムもリアリズムも仏語と英語の違いで語意は同じですから現実が無意味であるとの視点は共通しているわけですね。それでいながらシュルレアリスムの画像が非現実的な夢のような趣きになるのは、現実の無意味性を徹底的に凝視し、それを直截に表現するからなのでしょう。意味がないと物事は連関性が失われ、すべては脈絡がなくなり断片化し、時間も消え、それがまさに夢の世界であり、現実の無意味さを追求するシュール画が夢のようになるのは必然なのでしょう。現実も夢も無意味という点で一致するのでシュルレアリスムもリアリズムも目指している方向は同じではないかと思えるのです」
(以上『芸術新潮』2014年1月号「つげ義春インタビュー」より引用)
関連イラスト
つげ作品には強い印象を残すカット、シーンや台詞が多く、元ネタとして広く膾炙していることから、(プロ、アマ問わず)パロディ漫画、イラストの題材に盛んに取り上げられてきた歴史がある。このため、pixivでも原作の内容を踏まえたパロディ作品が多い。
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外部リンク
『ねじ式』夜話 - 元『ガロ』編集者の高野慎三による回想録
つげ義春コレクション 筑摩書房 - 「この全集は全作品を収録したものではなく、初期の貸本時代の作の大半は除いてある。全作をまとめるのは量的に難しいだけでなく、稚拙で未熟な過去を晒すのは気がすすまぬからである。が、旧作は目にする機会が少いとのことで一部をここに収めたが、粗末な作であるのは生活苦による乱作のためばかりではなく、マンガ全般のレベルが低かった時代でもあり、その点を酌量して戴ければ幸いである。後期の作に関しては弁解するところはない」(1993年10月 つげ義春全集[全8巻・別巻1]内容見本より引用)