概要
「寿星」とも呼ばれる「老人星(りゅうこつ座α星カノープス)」の神。
寿仙、南極仙翁、上清壽德星君、天壽星君、壽星天慶星君、南方南極長生大帝、九龍扶桑日宮大帝、玉清真王、神霄真王長生大帝とも呼ばれる。
全称は「高上神霄玉清真王長生大帝統天元聖天尊」。
福星(木星)の神、禄星(文昌六星の第六・司録星)の神と共に「福禄寿三星」を構成する。
東極青玄上帝(太乙救苦天尊、太乙真人)と四御を併せた昊天六御宸尊(こうてんりくぎょしんそん)に数えられる事もある、道教の神仙の中でもかなり高位の存在である。
『无上九霄玉清大梵紫微玄都雷霆玉经』では東極青玄上帝、九天雷祖大帝、上清紫微碧玉宮太乙大天帝、六天洞淵大帝、六波天主帝君、可韓司丈人真君、九天採訪真君、九天応元雷声普化天尊と共に「神霄九宸(神霄九宸大帝)」と総称される。『天皇至道太清玉冊』では「元始九無」から化生したのが「九宸」とされ、同じ源から生まれた同士ということになる。
化身・下凡
『九天應元雷聲普化天尊玉樞寶懺』や『雷霆玉樞宥罪法懺』では「玉清真王」と呼ばれ、九天応元雷声普化天尊が彼の化身とされている。
『宋史』や『皇宋通鑑長編紀事本末』では北宋8代目皇帝徽宗は長生大帝の生まれ変わりとされる。
民間信仰では三皇五帝の一人顓頊の子孫・彭祖が南極老人の化身とされている。
図像表現
「南極老人(南極仙翁)」と呼ばれる場合、瓢箪や巻物のついた杖と桃を手にする老人、という「中国の仙人」と聞いた人の殆どが思い浮かべるパブリックイメージのような姿をしている。
鶴や鹿を連れており、このうちのいずれかを坐騎(騎獣)とすることもある。
中国において、古くは彼の持つ杖の先端には鳩の姿が彫られていた。鳩が喉に食べ物を詰まらせない事から健康や長寿を象徴している。
後にこの描写は少なくなり、鳩の意匠の無い通常の杖、節くれ立った木の棒という形が多くなった。
「長生大帝」名義では黒々とした長いひげを生やした壮年の帝王の姿で描写される事が多い。
家族関係
『高上神霄玉清真王紫書大法』では元始天王と玉清神母の間に生まれた八子の長子(長男)。
『無上九霄玉清大梵紫微玄都雷霆玉經』では浮黎元始天尊(三清の元始天尊とは別人)と玉清神母元君の九番目の子。長兄に玉清元始天尊(三清道祖の方の元始天尊)がいる。本文中で長生大帝は自身を太上老君の叔(おじ)であると語り、日月が兒婦(義理の娘)で星辰が眷属であるとしている。
林霊素の『霊宝領教済度金書』卷二百六十では太虚九光龟台金母元君(西王母)の八子の長子とされる。
『宋史』や『皇宋通鑑長編紀事本末』では昊天上帝の長子であり、青華大帝(太乙救苦天尊)は弟。
日本における南極老人
日本にも中国から南極老人が伝来した。その情報源は主に彼を描いた絵や、中国皇帝の前に老人星・寿星の化身である老人がやってきた、という伝承だった。
中国では「福禄寿」は「福と禄を象徴する蝠(蝙蝠)と鹿(それぞれ中国語では福と禄と読みが同じになる)を伴う寿仙」として描かれたが、これを見た日本人の間に「福禄寿という名前の仙人」の絵だという誤認が生まれ、寿星単体を日本化した寿老人と別個に認識されるようになった。
日本においても寿老人と福禄寿は同一神だと認識している人もいたが、最終的には両者を別個で数え七福神メンバーとする解釈が定着した。定着後も両者が「異名同体」と解説される例がある。
七福神のレギュラーメンバーが定まるまでの過渡期においては「南極老人」が七福神として数えられた事もあった。
フィクションにおいて
『西遊記』では第79回に登場。孫悟空からは「壽星兄弟」とフランクに呼びかけられている。
自身の乗騎の白鹿が道士風の装いをした老人に化け、比丘国に現れ、白狐の精が化けた美女を自身の娘として国王に嫁がせて国丈(国王の岳父・舅)の座に納まっていた。
それだけでなく、その娘に夢中になるあまり生気をなくし体が衰えた国王に1100人の子供の生き肝と薬草類を組み合わせた怪しい薬を薦め、それを真に受けた国王が実際に子供達を捕らえるという惨状になっていた。
白鹿は千人超の子供の生き肝を超える副薬として三蔵法師の生き肝を狙い、一行と対決。悟空との戦いで消耗した後に猪八戒の馬鍬による攻撃を食らい、妖光に減じて逃げようとしたところを主人に押さえつけられ本性を暴かれ元の鞘に収まった。
主の杖まで盗んで持ち出していたこともあり強く叱責され涙まで流す羽目に。
白鹿は光に化けて逃げようとしてはいたが、南極老人が駆けつけて抑えてなかった場合、悟空に普通にぶち殺される運命だったようだ。
『封神演义』(封神演義)では「南極仙翁」名義で元始天尊の弟子として登場。本作では鶴を乗騎とし、「五火七禽扇」を持つ。弟子に白鶴童子がいる。