概要
未来の世界に帰ったドラえもんが再び帰ってくるまでののび太の苦境ともいえる日常を描いている。東宝映画のアニメーションにもなっており、監督は渡辺歩、城山昇が脚色した。
以下ではアニメについて説明する。
ストーリー
前半
突然、ドラえもんは未来の世界へ帰らなければならなくなった。
とても納得できず猛反対するのび太だが、ママにドラえもんを困らせてはいけないと窘められ、苦悩の末それを受け入れる事にする。
別れの日の最後の夜、寝付けず一人夜道を散歩していたのび太は、寝ぼけて同様に出歩いていたジャイアンにバッタリ出くわし絡まれるが、ドラえもんの心残りをなくすべく、のび太は無謀を承知で、勇気を振り絞って単身ジャイアンに勝とうとするのだった。
この時の「ぼく一人の力で君に勝たないと、ドラえもんが安心して未来に帰れないんだ!」という台詞は名台詞として有名で、涙した人も多いだろう。
そして心配になってのび太を探しに来たドラえもんが見た光景は…
「いてて、やめろってば。悪かった、俺の負けだ、許せ」
ボロボロになりながらもジャイアンに打ち勝つのび太の姿だった。
後半
ドラえもんがいなくなってからぼんやりと日々を過ごすのび太。
ママに鼓舞され外出すると、スネ夫に「ツチノコを見つけて、空き地の土管に追い込んだから捕まえるのを手伝ってくれ」と頼まれるが、その土管からは野良犬が出てきてのび太はひどい目に遭う。
すると今度はジャイアンに「今そこでドラえもんに会った」と聞かされ、大喜びでドラえもんを迎えようと探し回るも、ドラえもんはどこにもいない。実は今日はエイプリルフールで、ジャイアンとスネ夫は「どちらが上手くのび太を騙せるか」を競っていたのだった。
机に向かって泣いていると、ふとドラえもんが「ぼくが帰った後、どうしても我慢できないことがあったらこれを開けて。そのときに君にとって必要なものがひとつだけ出てくる」と言って残していってくれた箱のことを思い出す。
意を決してドラえもんの形をしたその箱を開けると、中から出てきたのは、自分の言ったことと反対のことが実現するという最後のひみつ道具「ウソ800」だった。
「ウソ800」を飲んで、スネ夫は「君は犬に噛まれない」と言われた後犬に追い回され、ジャイアンは「君はママに褒められる」と言われ母ちゃんに連行される。きっちり仕返しをしたのび太だが、次第にまた寂しさが込み上げてきて、トボトボと帰宅。「ドラえもんは帰ってこないんだから」「もう、二度と会えないんだから」と寂しさ紛れに独り言を言い部屋に上がった。
すると……?
ドラえもん最終回
前半部は原作「さようなら、ドラえもん」(てんとう虫コミックス版第6巻最終話)のエピソードにあたり、後半が「帰ってきたドラえもん」(てんとう虫コミックス版第7巻第1話)のエピソードとなる。
この二つは原作における節目のエピソードであり、実は前半部は本来はここでドラえもんという作品が完結する最終回で、後半部は藤子F氏がドラえもんに対して再びわいた制作意欲によって連載再開した時のエピソードであると言われることもあるが、これについては最初から終わらせるつもりは無かったという証言もあるため、高い信憑性があるとは言えない。
というか『ドラえもん』の本来の掲載紙は、往年に存在していた「小学館の学年誌」(「小学一年生」~「小学六年生」の各雑誌)であった。コロコロコミックでの連載は『ドラえもん』の「並行連載版」にあたり再録掲載に時を見て新規執筆を混ぜたものである。現在ではピンと来る人は少ないかもしれないが、この事情より初期における『ドラえもん』という作品は、常に当時の子どもたちにとって「一年たったらさようなら」しなくてはならないものだった。初期のドラファンにとって、ドラえもんとの別れは「大人への通過儀礼」だったのである。
そのため「ドラえもんの(公式)最終回」というものは複数作存在する。その中で上記の2作のみが単行本収録されたのは上述の通り作者および出版社の意向(当時、いわゆる「日テレ版ドラえもん」が制作会社の不手際で終了し、その反動による読者の作品への失望を原因とする不買活動が出てくると見込まれたため)によって「ドラえもんのメディア展開を終了」させる目論見があったためである(当時は現在のような大ヒットになることは全く想定していなかった)。一方で、作者自身は『ドラえもん』を積極的に終わらせたいとは思っていなかった。
なお、前半部が掲載されていた3月号には、編集部による注記により「4月号につづきます」と明記されているため、結果的に最終回とはならない形になった。同年8月の単行本発売以降は国民的人気漫画に昇華したこともあり、以降は作者および出版社は「ドラえもん」自体を「終わらない物語」として執筆し、最終回を求める読者にはすでに執筆された最終回の中から好きなエピソードを選んでもらう形式とした。
なお「複数作存在する最終回」とは、時間移動が禁止されてドラえもんが過去の世界にいられなくなった1971年の「ドラえもん未来へ帰る」と、ドラえもんがのび太の成長を促すためにあえて離れる選択をするという1972年の「ドラえもんがいなくなっちゃう!?」(「日テレ版ドラえもん」最終回の原作)である。双方とも各年の「小学四年生」3月号に掲載された作品である。
また、同傾向の作品として、未来ののび太が今ののび太の元にやってくる1985年の「45年後…」も挙げられる。これは同年の「小学六年生」9月号に掲載されたノーマルエピソードだが、1989年および1991年の同誌3月号にてラストエピソードとして再録され、大山ドラ(シンエイ版第1期)の通常放映における最終エピソードとしても採用された「最終回としての実績」がある。
それら最終回の中でも「さようなら、ドラえもん」(初出題:みらいの世界へ帰る)は1974年の「小学三年生」3月号に掲載された作品で、いわば「低学年最後のドラえもん」として執筆されたものである。もちろんこれも、前述の例に漏れない最終回に準ずるエピソードである(最終的に、当時の「小学三年生」3月号から「地続きになる続編」として、「小学四年生」4月号に「帰ってきたドラえもん」として収録、連載が続行されることになったのであるが)。
つまり都市伝説でまことしやかに語られたドラえもんの最終回(いわゆる「のび太開発者説」や「のび太の夢説」あるいは「『ドラえもん』という作品の本当の作者がのび太(あるいはスネ夫)説」など)というのは全くのデタラメという事である。
なお、以上の「学年誌連載」「読者のためにあえて終わらせない」「既に記したエピソードから好きな最終回を選んでもらう」という作品のスタンスのため「藤子F氏の手がけたドラえもんは彼が逝去した為に原作は事実上の絶筆による未完となってしまった」と言うファンも多いが、事実は以上の通りなので「先に最終回は描かれている。全てのドラえもん作品はココに帰結する(すでに最終回エピソードがある以上はされるべき)はずなので未完という結論はおかしい」という意見もあり、これらを断言するにはドラ研究者の中でも意見が分かれている。
ちなみに「すでに執筆された最終回に、後に描かれた全てのエピソードが帰結している」タイプの藤子F作品としては『パーマン』が前例として存在している。
アニメ版1981年1月3日放送分
- 犬に追いかけられる羽目になったのび太は原作ではボロボロになるが本作では電話ボックスに避難することで難を逃れる。
- 原作では仕返し後ののび太が自室に入った際にドラえもんは既に帰ってきていたが本作ではドラえもんが机から出てくる最中という形で再会を果たす。
短編映画版
- 未来の世界に帰還したドラえもんはのび太との最後の思い出場所である公園跡地に毎日のように足を運び、そんなドラえもんを原作では未登場のドラミが気遣う。
- のび太の外出がスネ夫に呼び出されたことから、玉子に自主的にお使いに行ってくる展開に変更され、それに伴い、スネ夫の嘘はカットされる。
- 原作では未登場のしずかは同じようにスーパーマルカケに買い物に来たのび太に会う形で登場し、ドラえもんがいなくなったのび太を気遣いながら共に帰路につく中、ジャイアンがのび太に例の嘘をつきに現れた。
- ジャイアンののび太への嘘は先日のケンカの仕返しとされ、その嘘にスネ夫も協力して、ドラえもんの着ぐるみ姿で活動し、ドラえもんとのび太の最後の思い出の地である公園で正体を明かす。
- のび太の後を追ってきたしずかはジャイアンが嘘を付いているに薄々気づいていたことを口にしつつ、のび太が落としたどら焼きを拾いながら、のび太を慰めるものび太はしずかを無視して、大急ぎで帰宅。
- ウソ800が入っているドラえもんケースを開けることを迷うのび太だが2人の悪辣な笑いを思い出したことでケースを開ける。
- のび太が復讐に行く最中の独り言はカットされ、それに伴い、ウソ800で2人に仕返しをしながらも急に虚しくなると嘘を取り消し、帰宅途中に「桜の季節ももう終わりだね…」と呟くと桜が咲き始めるがそれに気づかずに帰宅。
- ドラえもんがウソ800で帰ってこれたことに気づいたのは原作ではのび太との再会後だが本作では再会前に気づいた。
- ドラえもんとのび太が再会したことに玉子と原作では未登場ののび助も気づき、玉子は3人分のハンバーグを4人分に作り替える。
- のび太が心配なしずかと反省したジャイアンとスネ夫は野比家に足を運んだ際、ドラえもんと再会し、ジャイアンはドラえもんとのび太に謝罪する。
- エンディング映像は仲良く野球をする男性陣4人としずかのやり取りが描かれる。
アニメ版2009年3月20日放送分
- サブタイトルが原作前半のさようならドラえもんに変更。
- のび太はドラえもんへの未練から元に戻った机の引き出しに足を入れようとするも玉子に止められる。
- 原作では未登場のしずかも登場し、4月1日前にのび太とジャイアンとスネ夫と共にバレーボールを行う。
STAND BY ME版
原作とほぼ同じだがスネ夫がのび太を呼び出すシーンがカットされたり、ウソ800を飲んだ後ののび太の怒りの言葉が道路から自室に変更されるといった変更点も見られ、ドラえもんとのび太の再会後に流れたエンディング映像は続きが描かれ、しずかとジャイアンとスネ夫も現れて、ドラえもんがくす玉を割り、そのくす玉から撮影終了の垂れ幕が出てきて、幕引きとなる。
2021年12月31日放送分
2009年版の再放送であるがバレーのシーンはカットされた。
余談
このエピソードのジャイアンとスネ夫がやった事は、ある意味死別を嘲笑うに等しい、いじめで済む一線を越えた悪辣なものであった。
というのも、本作はまだ原作6〜7巻と言う初期時代のエピソードであり、まだ二人がドラえもんとの友情を築いていなかった頃の時系列の話で、当時は性格もより悪役寄りだったという背景がある。
なので現在のドラえもんと様々な思い出を築いた二人なら、別れをのび太と共に惜しみ、決してこんな酷いマネはしなかっただろうと言われている。
実際、劇場短編のリメイク版では後の話も追加され、ドラえもんが未来に帰った後にのび太のことを気にかけるしずかちゃんの姿が描かれており、ジャイアン達の嘘に騙されて失意に暮れるのび太を慰めるものの、のび太に無視されてしまう。
その後しずかちゃんに叱られたのか、ジャイアンとスネ夫は自分達がした事の重さを自覚して本気で反省。謝罪の印に大量のどら焼きを持って、のび太の様子を見に来たしずかちゃんと共に野比家へ訪れ、ドラえもんの姿を見て号泣し飛びついていた。のび太もウソ800を使ってジャイアン達に仕返しはするものの、原作と異なり後味の悪さと虚しさを感じたのかある程度懲らしめた後は仕返しを中断している。
また同作ではドラミやのび太の祖母も登場しており、ドラミは未来でしょぼくれる兄を気遣い、のび太の祖母は「あの日あの時あのダルマ」の回想で登場した。
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