角換わり
かくがわり
黎明期
1816年発行の「平手相懸定跡集」に角換わりの定跡が載っていることから江戸時代ごろにはすでに存在したと言われている。
第二次世界大戦後になると相腰掛け銀がブームとなった。このころの角換わりの研究の一大テーマは「同型の局面から千日手にならないように先手が攻め切れるか」というもので、木村定跡や升田定跡などの研究が登場するなど研究が盛んにおこなわれた。しかし、どの戦型も研究を進めてみると後手が少し指しやすい、というところに結論が終着し、昭和末期まで一時期冬の時代を迎えることになった。
研究勝負と一手損角換わりの登場
昭和末期に谷川浩司が登場し、角換わり腰掛け銀を連投して高勝率を上げたことから角換わりはまた日の目を浴びることとなった。それからは研究勝負の時代がやってき、飛車先保留型、右四間飛車、丸山新手、丸山新手に対する佐藤新手、堀口新手、堀口新手に対する渡辺新手など幅広い研究が登場しては姿を消す、という状況が2000年代後半まで続いた。
その中で2000年代前半から「後手番一手損角換わり」が登場したことにより新風が吹き込まれる、ということも起きた。
また2009年には同型の局面から先手必勝となる変化の富岡流も発見された。
新型同型の登場~現在
そして将棋ソフトの出現により腰掛け銀研究も新しい局面を見ることとなる。千田翔太が将棋ソフト発案の手を参考に「角換わり腰掛け銀新型」を考案し高勝率を上げ、従来の旧型は駆逐されるという事態が起こった。
現在では相腰掛け銀では角換わり新型である「▲4八金・2九飛型」を基本とし、将棋ソフトを使った研究が日進月歩行われ続けている。
最初に双方角を手持ちにしあうため、一瞬でも隙を見せると角を打ち込まれて馬を作られ、瞬く間に敗勢になってしまう。そのため駒組みに大きな制約がかかり、研究勝負になりやすい、またいつでも好きな時、好きな場所に角を打ち込めるため攻撃力が高く激しいという特徴がある。
戦法の種類としては角換わりの三大戦法である棒銀、早繰り銀、腰掛け銀、にいくつかのマイナー戦法を加えたのが基本。棒銀と早繰り銀が急戦、腰掛け銀が持久戦である。
三大戦法はよく腰掛け銀>早繰り銀>棒銀>腰掛け銀…のように三すくみと表現されることが多いが、実際は棒銀vs腰掛け銀でも腰掛け銀側が互角以上に戦えるため、プロ間ではもっぱら相腰掛け銀ばかり指される。というか2020年代初頭からは先手番だと早繰り銀を採用するケースが増えており、実際三すくみというのは間違っていないが語弊が大きい。
三大戦法
- 腰掛け銀
角換わりの花形。5六の銀が5七の歩に腰掛けているように見えるためこの名がついた。現在プロで最も主流になっているのがこの戦型。かつては「▲5八金・2八飛型」しかなかったが先述の通りソフトの流行によって現在は下図のような「▲4八金・2八金型」が主流となっている。
左辺で戦いが起こったかと思えば急に戦い右辺にが移る、攻めのタイミングを合わせるためにわざと手損をする、など盤面全体を広く見た将棋が要求されるため、どうしても難しい将棋になってしまう。
- 早繰り銀
銀を3七⇒4六⇒3五と繰り出していく。当初は腰掛け銀に不利、とされていたため棒銀対策以外では指されなかったが、2020年ころから研究が進み採用数も増えている。
- 棒銀
銀を飛車先から進めていく指し方。早繰り銀には不利、腰掛け銀にも互角または不利とみられているのでプロ間ではあまり見ない。しかしアマチュアレベルで見ると攻めが単純でわかりやすいため一定の人気を持つ。
+α
- 角換わり右玉
玉を飛車がある右側に囲う指し方。金の位置は5八の方が主流。バランスが非常によく、下手に攻められると右玉側は反撃が爽快に決められるためアマチュアでは非常に高い人気を持つ。
- 筋違い角
角交換した直後にいきなり4五角(6五角)と打ち込み、3四(7六)の歩をかすめ取ろう、という作戦。プロ間では打った角の扱いに困り、歩1枚のメリット以上にデメリットが大きいことからほとんど指されていないが、アマチュアでは高い人気を誇る。ハメ手と思われがちだがアマチュア間では十分立派な作戦なので舐めていると痛い目を見る。
関西の淡路仁茂が創始した、先手の角上がりを待たずに後手から角交換をし、一手分だけ手損をする、つまり実質一手後手がパスしたような状況にする戦法。その後丸山忠久などによって高勝率が挙げられ一般化した。
当初は上手のように8手目に角交換をして飛車先を突き越していないことをメリットとして考え、将来的に2五桂と跳ねて攻めていくことを狙いとしていた。しかし登場からしばらくたつと、4手目にいきなり角交換をすることで飛車や左金の自由度が高くなり、場合によっては角交換振り飛車に持ち込むことが可能なため4手目に飛車先を全くついていない状態で角交換をしかけるのが主流になった。(※1)
作戦の選択権を後手が握ることができるので研究勝負に挑むこともできれば、自由度の高さから力戦で戦うことも可能。
従来まで「手損は避けた方が良い」という考えが常識だった将棋界に「手損をしても互角以上に戦うことができる」という新事実をもたらした戦法である。2008年度には横歩取り8五飛戦法の流行も相まって0 .497-0.503 と史上初めて後手勝率が先手勝率を上回るという事態を引き起こした。またこの「手損は不利」という常識を打破したことが後に「角交換振り飛車の登場」という副産物を生み出した。
しかしながら現在のプロ間での勝率は4割前後と決して高くはなく採用する棋士も多くはないが、相居飛車では横歩取りと同じく後手に作戦の選択権があることからアマチュア間では高い人気を誇っている。
※1…さらにいうとむしろ飛車先をついていないことで飛車を横に動かしても8二の地点が傷にならないというメリットもある。
- 木村義雄
- 言わずと知れた昭和の大名人
- 若手たちが木村を倒すために角換わり腰掛け銀の急戦研究を進めたが、それを知った木村は逆に腰掛け銀で必勝戦法といわれていた木村定跡を生み出した
- まあ木村定跡も対抗策がそのうち見つかって消えた戦法になってしまったが…
- 升田幸三
- 「新手一生」を旗印に多くの新戦法を考案した棋士
- 角換わりの分野においても角換わり棒銀升田新手、角換わり腰掛け銀升田定跡などを考案した。
- 谷川浩司
- 藤井聡太
- 将棋史上最高の天才とも評されることもある棋士
- 角換わり腰掛け銀を得意とし、デビューから負けなしでの29連勝という前代未聞の大記録の原動力となった
- 丸山忠久
- 相居飛車の先手番では基本角換わりしか指さない
- 2000年に行われた佐藤康光名人との名人戦七番勝負では先手番では角換わり、後手番では横歩取り△8五飛戦法のみを採用し、4勝3敗で勝利。角換わりと横歩取りだけで名人になった男と呼ばれるようになった。
- 千田翔太
- ソフト将棋の申し子と呼ばれるほどソフトに明るい棋士
- 2016年から将棋ソフトから着想を得た「角換わり腰掛け銀新型(△6二銀・8一飛・4八玉)」を考案し、角換わりに新風を吹き込むとともに角換わりの爆発的流行のきっかけを作った。
- 千田は2017年、「角換わり腰掛け銀4二玉・6二金・8一飛型」として「対矢倉左美濃急戦」と共に升田幸三賞を受賞した。
- もっとも、千田本人はこれらの戦法もコンピュータ将棋から得たアイディアを磨き上げたものだ」として受賞者にこの新戦法発案のきっかけになった将棋ソフトのponanza、もしくはコンピュータ将棋自体を推していた。
- 塚田泰明
- 将棋ソフトの手から「△6五同桂」の新手を考案
- この新手について言った「とりあえず革命は起こした」の名言は有名
- しかしこの新手もすぐに対策が編み出され、主流となることはなかったのだが…
- 富岡英作
- 角換わり腰掛け銀の先手必勝変化である角換わり腰掛け銀富岡流を開発
- 富岡は2016年に「角換わり腰掛け銀富岡流」として升田幸三賞を受賞した。
- 角換わり腰掛け銀の先手必勝変化である角換わり腰掛け銀富岡流を開発
後手番一手損角換わりと関りのある棋士
- 淡路仁茂
- 一手損角換わり生みの親
- 2006年に淡路はこの戦法で升田幸三賞を受賞した。
- 丸山忠久
- 後手番一手損角換わりの第一人者であり、現在も主力戦法として頻繁に採用するスペシャリスト
- 現在は相居飛車の後手番では横歩取りではなく一手損角換わりを採用することがほとんど
- 現在も一手損角換わりが根強い人気を誇っているのは丸山の功績が非常に大きい
- 丸山は2019年に「一手損角換わりをはじめとした角換わりの研究」で升田幸三賞特別賞を受賞した
- 糸谷哲郎
- 一手損角換わりを得意とする棋士。
- 2013年の竜王戦は森内俊之に4勝1敗でタイトル奪取。一手損角換わりが再評価されるきっかけを作った
- 山崎隆之
- 将棋界随一の乱戦の雄
- 力戦に持ち込みやすいことから後手番では一手損角換わりを得意とする
- 九頭竜八一
- ライトノベル『りゅうおうのおしごと!』の主人公の棋士
- 先述の山崎の棋風をモデルにしていることから後手番では一手損角換わりを頻繁に採用する
- 二海堂晴信