概要
将棋の戦法の一つで相居飛車で用いられる。先手、後手ともに飛車先の歩を交換しあるのが特徴で、力戦になりやすい傾向にある
歴史
誕生~ソフト登場以前
戦法自体は江戸時代末期に誕生しており、終戦までの一世紀近く渡って棋界の主流戦法であり続けた。この時期の相掛かりの花形は先後共に腰掛け銀に組む「相腰掛け銀」、「ガッチャン銀」と呼ばれる形であった。
終戦後は矢倉・角換わり・横歩取りに並ぶ「相居飛車四大戦法」の一角を占めてプロ間でもしばしば登場したが、他の3つの戦法の流行、振り飛車の登場により以前ほどの採用数は見られなくなった。
しかしそれでもなお研究は衰えず、昭和後期に中原誠が「中原流相掛かり」を考案したことで「相掛かり=腰掛け銀」の「銀が主役」の時代が終焉を迎え、「桂馬が主役」の時代がやってきた。また升田幸三や塚田泰明などのように相掛かりで新研究を披露する棋士もいた。
特に相掛かりの変遷で重要なのが飛車の引き場所であり、誕生~昭和初期までは2八に引く「引き飛車」、昭和初期~平成初期までは2六に引く「浮き飛車」、平成からはまた引き飛車が主流になっている。
ソフト登場以降
2010年代後半から将棋ソフトの将棋界への影響が顕著になったが、将棋ソフト「AlphaZero」がディープラーニングの結果相掛かりを採用するなどソフトによって再評価がなされた。
2020年代に入ってからは藤井聡太、渡辺明、豊島将之などのトップ棋士が相掛かりを積極的に採用し、再び棋界の主流となりつつある。
ちなみに現代の相掛かりはいきなり飛車先の歩は交換せず保留したまま駒組を進めるのが特徴。また、廃れたと思われていた相掛かり腰掛け銀やひねり飛車が再評価を受けてまた盤上に登場する、などのことも起きている。
特徴
画像のように先手、後手共に飛車先の歩を交換する。先手に作戦の主導権が基本的にはあり、先手の方が先に飛車先の歩を交換できるため、飛車の引き場所を選ぶことができる。
引き場所は主に二つで、2六に飛車を引くことで後手にいきなり飛車先を交換させない「浮き飛車」、飛車を2八まで深く引く「引き飛車」がある。浮き飛車は主に先手g攻める将棋、引き飛車は先手が受ける将棋になることが多い。
戦法の特徴だがとにかく力戦になりやすい。力戦を知らない人のために一応説明しておくと、「前例のない未知の局面での戦い」ということである。というのも形自体が力戦調みたいなところがあり、局面の自由度が高すぎるからという理由がある。
攻めていたかと思えば急に攻められる側になったり、一瞬で決着のつきそうな苛烈な攻め将棋の急戦になったかと思えば一転、双方がガチガチに陣形を固めあう超スローペースの持久戦になったり、飛車角桂香が飛び合う空中戦になったかと思えば、角換わりや矢倉と見間違えるような形になったり、挙句の果てにはほぼ相振り飛車みたいな感じになることもある。相掛かりの将棋を一言で表すならば「混沌」こそがふさわしいであろう。
そのため、相掛かりを指す際は臨機応変な対応力、柔軟な構想力が問われるため、アマチュアには忌避されがちな戦型でもある。
余談
豆知識ではあるが、先ほどから少しだけ出てきている「浮き飛車」という言葉は元々は「高飛車」と呼ばれていた。浮き飛車によって相手は簡単には歩を前進させられないため、現在のような「高圧的な性格」という意味に転じていったという。
戦法の種類
- 相掛かり棒銀(UFO銀)
飛車先の歩を切った後、棒銀にして銀を進出させていく。3八⇒2七⇒3六と銀がジグザグ動いていく様子がUFOに似ているために「UFO銀」とも呼ばれる。
- 中原流相掛かり(3七銀戦法)
中原誠が創始した戦法。浮き飛車の状態にして銀を3七から早繰り銀調に攻めていく。攻め足は少し遅いが、破壊力は抜群
- 3七桂戦法
桂馬を3七に跳ねて速攻を狙っていく。受け間違えるとすぐに攻め潰されてしまう。
- 鎖鎌銀
腰掛け銀と見せかけて、銀を3六から棒銀のようにして攻めていく。実は奥の深い戦法。
- ひねり飛車
浮き飛車から飛車を一転左翼に配置し、石田流に組み上げて相手を攻めていく戦法。囲いは美濃囲いが用いられる。升田幸三によって定跡が整備された。様々なメリットがあることから一時期、将棋で先手必勝戦法があるならばひねり飛車ではないかとも言われるほど猛威を振るった。
し「タコ金戦法」など中央を厚くする対策の流行により下火になるが、ソフトの再評価により復権を果たすか注目が集まっている。
- 相掛かり腰掛け銀(ガッチャン銀)
銀を5四(5六)に据え置いて攻めの体制を整える指し方。先後ともに腰掛け銀に据えた状態は「相腰掛け銀」と呼ばれる。特に銀を4五や6五に移動させ、相手銀にぶつけていくものを「ガッチャン銀」という。
余談だが、現在は先後ともに腰掛け銀に組むことを「相腰掛け銀」というが、もともとは「相掛かり腰掛け銀」の略称だった。
- 駅馬車定跡
相腰掛け銀の変化の一つで、塚田正夫vs升田幸三の相掛かり腰掛け銀同型の一局で後手の升田が披露した新定跡。一見先手有利かと思えば実は後手が有利になっており、塚田と升田の指し手がそのまま定跡になっている。また、登場から70年以上たった今でも後手有利を覆す指し手は見つかっていない。
名前の由来は中央に駒が集まっていく様子が名作西部劇映画『駅馬車』のラストシーンに似ていることから
- 塚田スペシャル
塚田泰明の考案した超急戦戦法。6四の歩をかすめ取ることと端攻めを狙いとしている。塚田の22連勝の原動力となったが、優秀な対策が現れたために絶滅状態となっている。
相掛かりと関りのある棋士
- 中原誠
- 升田幸三
- 「新手一生」を標榜し、多くの新戦法を創り上げた大棋士
- 相掛かりにおいても「駅馬車定跡」を考案、「ひねり飛車」の定跡を整備する。鎖鎌銀一号局を指したのも彼
- 塚田泰明
- なお塚田は「塚田スペシャル」で2015年に升田幸三賞特別賞を受賞した
- 内藤国雄
- 横歩取りの3三角型空中戦法の創始者として知られているが、相掛かりにも独自の感性を持ち「自在流」と称された
- 三浦弘行
- 木村一基
- 千駄ヶ谷の受け師とも称される受けの棋風で知られる棋士
- 相掛かりを得意戦法としており、こちらでも受け将棋になりやすい
- 山崎隆之
- 棋界屈指の変態将棋の大家
- 力戦・乱戦になりやすいことから相掛かりを好み、特に引き飛車棒銀を得意とし、独特の強さを見せる。
- 佐々木大地
- 現代相掛かりの最先端を行く棋士
- 先手番相掛かりが異常に強く、 2021年度時点で通算勝率7割越え、王位リーグ5期連続進出、A級棋士・タイトルホルダー相手にしばしば大金星を上げるなど大暴れしている
- 本田奎
- 大橋貴洸
- 「耀龍」と名付けた新戦法を開発する棋士
- 相掛かりの分野においても7八に銀を上げる「耀龍ひねり飛車」を考案した
- 藤本雷堂
- 九頭竜八一
- ライトノベル『りゅうおうのおしごと!』の主人公の棋士
- 先述の山崎の棋風をモデルとしていることから先手番では相掛かりを得意とし、泥臭く粘り強い棋風
- 作中最初の最年少竜王獲得の一局でも相掛かりを採用した
- 雛鶴あい
- 『りゅうおうのおしごと!』のヒロインの女流棋士
- 八一の弟子で師匠を敬愛(偏愛)しており、好きな戦法も師匠の得意戦法の相掛かり
- 第一話で出てくる八一との対局でも相掛かりを採用し、その終盤力で八一を驚愕させた