史実
鄴という地名の場所は、後趙・冉魏・前燕・東魏・北斉の時代には各王朝の都となった。
大部分は現在の河北省邯鄲市臨漳県にあたり、河南省安陽市安陽県にまたがっている。
1988年に鄴城遺址は全国重点文物保護単位に指定されたため、現在も遺址を確認することができる。
春秋時代、斉の桓公が城塞都市を建設したのが始まりとされる。
戦国時代には魏に属し、『史記』で知られる西門豹が治め、黄河や漳河から運河を引く灌漑の大事業を行い大いに栄えた。
紀元前239年に魏は鄴を趙に割譲するが、紀元前236年に秦の将軍の王翦・桓騎・楊端和らが攻略して以降は秦の領地となる(下記の『キングダム』はこちらをモデルとしている)。
後漢末期から軍事的に重要となり、群雄の一人の袁紹の本拠地であったが、204年(建安9年)に曹操が侵攻して拠点となり、後に曹操が魏公に任ぜられると魏国の国都と定め、銅雀台などの壮麗な宮殿を造営した。
魏王朝成立後は首都は洛陽に移ったが、その後も魏の主要都市として発展し、南北朝時代には再び国都になった。
北魏から分裂した東魏を建国させた権臣の高歓は鄴を都に定め、540年(興和2年)頃に新しい宮殿が完成した。
高歓の子の高洋が建国した北斉でも引き続き都となった。
北斉が北周に滅ぼされた後、580年(大象2年)には尉遅迥が帝位を簒奪する勢いの楊堅に反抗して挙兵、鄴に拠って抗戦したが敗北。その後、鄴城は焼き払われた。
概要
漫画『キングダム』では上記の紀元前236年に秦軍が趙を侵攻した戦いをモデルとして描いている。
このため王翦にとっては史実では初の出番、楊端和も久々の出番である一方、桓騎は黒羊で出番があった関係かほぼ椅子に座ったままという落差も見られる(軍略上は鄴の開城後の突撃が桓騎軍の役目なので、開城までに現実の時間がかかり過ぎたのが問題だろう)。
このストーリーは『キングダム』全体で見て最長の話数となっており、原作の連載期間は明確に鄴の名称が登場する第495話「相応の覚悟」(2016年11月2日)から第642話「第一等の特別功」(2020年6月4日)まで、話数換算で148話、巻数では46巻から59巻(約14巻)、連載期間は3年半にも及ぶ大作となった。
ちなみにこの連載期間は一部でネタにされている(詳しくは余談を参照)。
なお鄴攻略は、Wikipediaでは鄴の戦い、漫画の公式では秦趙連合軍編と呼称している。
一方、『キングダム』のWikipediaでは兵糧攻めの開始前を秦趙連合軍戦として掲載しているが、公式の見解とは異なる。
週刊ヤングジャンプのキングダム特設サイトでは2024年3月現在、鄴攻略を3分にまとめた動画が公開されている。
下記にも内容について記載するが、ざっくり理解したいならこちらを観る方が良いだろう。
アニメは第6シリーズに相当すると思われるが、第5シリーズ終了時点で以下の改変が見られる関係で、序盤は原作漫画と構成が異なる。
- 第485話「蒙恬の報せ」は第5シリーズでは全カットされている。黒羊丘の防衛を飛信隊から蒙恬率いる楽華隊に引き継いだり、黒羊戦後の各国の動向などを説明したりといった内容であるため、第6シリーズで改めて言及すると予想される。
- 第486話「文官達の戦い」は第485話から続く関係から、黒羊前線に留まっていた飛信隊と楽華隊に趙軍との一時休戦の報せが届く場面がカットされた。第6シリーズで言及されるかは不明。
- 第487話「東西大王会談」から第489話「蔡沢の矜持」までは原作通り。第5シリーズは第489話で終了しているため、第6シリーズ第1話は第490話「宿命の舌戦」以降から始まると推測される。
以下はネタバレになります。閲覧には十分注意してください。
再出発
黒羊の戦いの後、飛信隊は蒙恬率いる楽華隊に黒羊丘の防衛を引き継ごうとしていた。
この背景として、黒羊の奪取後、秦国は本格的に趙への侵攻を開始する訳だが、それに伴い戦国七雄の各国も、秦国が趙国に出兵し手薄になった隙に侵攻、あるいは政治面で動きを見せようと目を光らせていたからだった。
このため、次の趙侵攻は戦国七雄に動かれる前に大規模に行うという意図から、飛信隊には休息と軍の"進化"が必要と昌平君は考えた。
そして、戦国七雄の動きは早速見られた。
蔡沢の手引きにより宰相に戻った趙の李牧、斉国の国王・王建王が来秦した(この関係で黒羊の引継ぎを行なおうとしていた飛信隊と楽華隊は秦国の首都・咸陽から趙軍との一時停戦の報せを受けている)。
本来、秦国の国王・嬴政と王建王の対話だけが目的だったが、斉国から秦国に移動するのに趙国の国境を超える必要があったため越境の許可を取ろうとした所、通行料とは別に李牧も嬴政に謁見させることを条件に加えていたことで、蔡沢が独断で許可を出したという経緯で実現した。
嬴政、蔡沢、昌文君が同席した王建王の対談の内容は、再び合従軍を興すという脅迫……と見せかけた中華統一後の滅ぼされる側の救済策であった。
斉国が4年前の合従軍から離反した真の理由は、戦国七雄として均衡を保った中華という世界が合従軍により秦国が滅んで6国となった後もなお、人が人を殺し合う争いの絶えない"汚濁"になると考えたからだった。
そして秦国は亡国の危機を斉国の離反によって救われたものの、その救った秦国は嬴政が実権を握ったことで中華統一事業を本格的に開始することとなる。
結局、斉国にとっては救っても救わなくても"汚濁"になるのは変わらないように見えるのだった。
嬴政はこの中華統一事業が、秦国が他の戦国七雄を征服戦争ではなく、"法"に最大限の力を与え、"人"による支配とその恐怖から脱却し、人種も王族を含む身分も関係なく平等とする法治国家を建国するための戦いであることを主張した。
王建王はこの主張を聞き、嬴政が今と変わらない"汚濁"のない戦いを続けるならばという条件付き、かつ口約束であるものの、秦斉同盟という名の降伏宣言をしたのだった。
しかし、この話を聴いた蔡沢と王建王は、統一戦争の最大の障壁は李牧であると改めて嬴政に忠告し、嬴政は李牧との対談に臨むのだった。
余談
長編の比喩
その連載期間の長さは原作者の編集担当も苦言を呈した他、読者からも別の作品の連載期間を絡めてネタにされることがある。
特に『五等分の花嫁』は有名。連載開始時点(2017年8月9日)で桓騎軍は既に鄴の包囲を開始し、連載終了時点(2020年2月19日)でもまだ桓騎は椅子に座ったままだったことから『五等分の花嫁』が始まる前から座り始めて終わっても座り続けているとしてネタとなった。
転じて、この期間は「桓騎が五等分の花嫁を描いていた」「あちらの作者は桓騎」などといったネタも見られるが、桓騎が座っていたのは作中の時間で換算すると僅か20日程度である。
飛信隊選抜試験
『キングダム公式問題集』によると、元々飛信隊の選抜試験を描く予定は無かったとされる。
しかし戦争と戦争の合間に楽しい話が欲しかったために急遽追加したとのこと。
事実、黒羊戦と鄴戦は常に緊張感のある戦争の描写が目立っており、さらに言えば鄴は上記の通り話も長くなってしまったために、この間に楽しい話が挟まるのは良い塩梅と言えるかもしれない。
おまけ漫画で済ませずに本編で描いたのもドラマ性を意識したためであり、どうせ描くなら飛信隊がパワーアップする様子をしっかり見せたいなどといった意図があった。
参考として、鄴を描いていた2016年から見れば結果論ではあるが、2024年のアニメ第5シリーズの慶舎の回想のように、原作ではおまけ漫画で描いたものがアニメで追加された例もある。
しかし慶舎の回想はあくまで自分の胸の内に過ぎないため、慶舎が戦う理由が李牧への恩返しだったという意図は理解できても、それ以上にドラマとして膨らませることはできなかった。
また、この時点で戦争で活躍する飛信隊の人気は高まっていたと考え、テストで振るい落とすくらいポテンシャルの高い人員が集まるんじゃないかと思って、大規模な選抜試験になったという。
なお、鄴より後の補充の描写は番吾戦前や韓攻略戦前に見られる。
前者は元々が肥下戦で戦えるように鍛えていた(一応)精鋭揃い、後者は資源や時間との勝負という事情もあったため強制徴兵により練兵が不十分な人員が、それぞれ補充されている。
歴史の転換点
長編になった関係で、偶然にもこの話の最中に日本では平成から令和に年号が変わるという歴史的な転換点を迎えている。
平成最後の話である第598話は、信が趙峩龍を打倒する内容だが、奇しくも両者は過去に倒れた味方の想いを背負って戦う者同士であり、趙峩龍が(王騎の勇姿が重なって見えた)信に倒される直前、藺相如から自身に託された約束を尭雲に託すという展開であった。
過去の天下の大将軍から託された想いを次の世代、あるいは仲間の将軍に託して時代を動かしたと解釈すれば、これほど歴史の転換点に相応しい話も無いだろう。
さらに令和最初の話である第599話は、趙峩龍と信の戦いに呼応するように龐煖が秦軍の野営地に姿を見せる内容で、新たな戦いを感じさせるものとなっていると言える。
もっとも馬陽の経験もあった秦軍からすればたまったものじゃないが。
また、同時期には実写映画第1作も公開されており、その内容も嬴政が玉座を取り戻し中華統一を始めるための最初の話である王都奪還編であったことから、歴史の転換点に相応しい映画だったと言える。