名言
- 「いいですか、この世に“偶然”は無いのです」
- 「君は「これまで」と「これから」を心配しすぎなんです。言うでしょう? “昨日とは過去のもの、明日とは未知のもの、今日の日はもうけもの。それは天の贈り物”。」
- 「信じるのです」
- 日本語版では敬語を使っているが、原語版のニュアンスだと必ずしも敬語を使っている訳でもないので留意。
- 上から2番目の台詞は、アニメ界の歴史においても屈指の名言の一つとして世界中で有名である。しかし、英語での言い回しが絶妙なため、日本語ではニュアンスが伝わりにくいとされている。
CV
- ランダル・ダク・キム
- 富田耕生(吹き替え)
概説
(ウーグウェイの死の場面のテーマ曲。ハンス・ジマーが作曲しており、世界的に有名である。)
カンフーを創始した偉大なる賢者であり、シーフー老師の師匠に当たるガラパゴスゾウガメ。肩から袈裟をかけ、手には二股に分かれた杖を携える。
ガラパゴス諸島の出身であるため、中国風の名前である「ウーグウェイ」が本名であるのかは不明である。
泰然自若とした穏やかな人物で、その精神は悟りの境地に踏み入っている。しかし、実力は間違いなく作中でも最強クラスであり、脂の乗っていたタイ・ランを瞬時に撃破し、カイとの戦闘では文字通り大地が揺れたとされている。
最低でも500年前の秦帝国時代にはカイと共に将軍として活躍し、戦場で無双を誇った。
現在でもその実力は些かも劣っておらず、タイ・ランが「龍の巻物」を狙って暴れ回った際には、彼の秘孔を遠距離から、しかも杖先から放った気の波動で正確に打ち抜いて一瞬で倒している。
なにより類い稀なる慧眼の持ち主であり、その人物の本質と可能性を見抜く力に優れている。
タイ・ランを「龍の巻物」を得るには心力が足りず心に闇があることを見抜いて落選させ、カンフー大会に闖入してきたポーに「龍の戦士」の素質があることを一目で察して指名するなど、物語の起点となる出来事に随所で関わっている。
「この世に偶然はない」を信条とし、あらゆることに意味があると考えている。
シーフー老師やマスターファイブから見限られたポーを前向きになるよう助言し、またポーの存在に頭を悩ます弟子のシーフーにポーを信じてやるよう諭すなど、賢者に相応しい聡明さを見せる。
実はタイ・ラン脱獄の時点で死期が迫っており、余命幾何もないことを悟っていた。
それ故に、シーフーに「ポーの可能性を信じてやってほしい」と頼んだのち、桃の花の花吹雪と共にシーフーの前で消えてあの世へ旅立った。
彼の杖はシーフーが形見として携えることになる。
『カンフーパンダ3』では、彼の秦帝国時代の話に焦点が当てられることになる。また、彼の親友だったカイ将軍が敵役として登場する。
「龍の戦士」の選考
タイ・ランを「龍の戦士」に選ばなかった理由について、ウーグウェイ当人が明確に語る場面はない。
しかしウーグウェイから見て、タイ・ランがシーフーの親心に応えんとする余り、力ばかりを追い求めて精神の成長を止めてしまったのが見えていたのかもしれない。
ウーグウェイが落ちこぼれのポーを龍の戦士として推挙したことと対比すると、ポーには卑屈ながらも、自分を変えたいと「前向きに足掻く」心の強さがあった。しかしタイ・ランには、自分自身の心と向き合う辛抱強さに欠けていた。
結果論でしかないが、ウーグウェイが欲した「龍の戦士」とは、「弱者や落ちこぼれの心が理解できる者」や「どんな苦境でも自分の可能性を信じて戦える心を持つ戦士」だったのかもしれない。
その他
- 亀が劇中最強というのは、中国において「玄武」が四神の筆頭であることに通じる。ウーグウェイが死後も存命のキャラクターたちに影響を与えるのも、玄武があの世とこの世を繋ぐ存在である事と類似している。
- むしろ四神は玄武ありきで発祥した概念であり、また亀はその甲羅に長い年月を経て霊力を蓄える神聖な生き物とされてきた。
関連イラスト
関連動画
(ウーグウェイの死)
(死後の世界でのカイとの対決)