曖昧さ回避
名称
中国語ではティエンポン・ユアンシャイ(Tiānpéng Yuánshuài)と読み、英語圏ではマーシャル・キャノピー(Marshal Canopy)とも呼ばれる。マーシャルは「元帥」を、キャノピーは「天蓋ベッド」を意味する。
台湾の伝統的な天井付き寝台「紅眠床」の屋根や天井にあたる板の部分を「天蓬」と呼ぶことがある(J-STAGE「台湾における伝統的な紅眠床の構造用語に関する研究・調査 -台湾中部地域の職人と使用者へのインタビューを中心として」を参照)。
また、英語の「Canopy」に対応する語として「天蓋」が挙げられ(天篷(床組組件) canopies(bed components))、キャノピーテント(canopy tent)のことを中国語で「天蓬帳篷」という。
こうした用例から訳語として当てはめられたのだと思われる。
なお、中国語版Wikipediaで「天蓬」と入れて検索すると天蓬元帥の項目に転送される。
概要
北天の神「北帝」に仕える「北極四聖」の一人。残りのメンバーは天猷、黒煞、そして玄武である。ただし後世の道教において「北極四聖の一角としての玄武」は、この玄武から分岐した玄天上帝の事としてイメージされる(後述の『上清霊宝大法』でも「北極佑聖真武霊応真君玄天上帝」と呼ばれる)。
玄武および四神同様に星神の側面を持ち、北斗七星の破軍星(おおぐま座η)の神とされる。
北帝信仰の道教経典『太上元始天尊説北帝伏魔神咒妙経』卷第四「聚四捍厄品」に記された「天蓬天蓬」ではじまる「天蓬神咒」に関する神である。
北宋末の王契真の『上清霊宝大法』では「北極天蓬都元帥真君蒼天上帝」と表記されて、同書で「北極天猷副元帥真君丹天上帝」と呼ばれる天猷は副官的ポジション。
北帝神は後に四御の一柱である北極紫微大帝の事とされ、『太上三洞神咒』5巻の「四部咒」の解説に反映されている。
四角柱のような棒に天蓬元帥の長い称号を記した「天蓬尺」という設置式の魔除けの法器がある。
道教文献における天蓬元帥
「天蓬」を直訳すると「天の蓬(ヨモギ)」となる。古代中国においてヨモギは魔除けの力と、病を避ける力を持つと信じられていた。この名を持つ天蓬神は退魔の神として性格づけられている。
「天蓬元帥」は宋代以降の呼称であり、それ以前は「天蓬将軍」「天蓬上将」と呼ばれていた。『道教霊験記』では北斗の「紫微上宮」に鎮座する「玄卿太帝君」に仕える元帥であり、彼と主君を同じくする「陰境帝君」と共に斗極(北天のうち北斗七星と北極星の辺り)と鄷都(冥府)を治めているという。また、すべての鬼神を降伏させる北帝の上将とされる。
『道法会元』巻一五六「上清天蓬伏魔大法」によると、北斗七星の「破軍星」の化身。姓は卞で名は庄。金眉老君という神が、周の時代に卞荘子という地上人に生まれ変わった。彼は二匹の虎を知恵を用いて同士討ちさせた逸話で知られ、『論語』において孔子の口からその勇が称揚された人物である。
三面六臂で、それぞれの手に斧・索・弓箭(弓と矢)・剣・戟の六物(六つの武器)を持つ。黒い衣を着て、玄い冠を被っている。
三十万の兵隊を率い、三十六の天将を配下とする。
『道法会元』巻二一七「紫庭追伐補斷大法」によると、三面六臂に緋衣と赤甲で身を包み、跣足(すあし、裸足)である。左側の一手で天蓬印という手印をむすび、右の一手で「擎七星(七星をささげる、持ち上げる、の意)」という印を結ぶ。
他の四手で持物をかまえる。右側の手に「撼帝鍾」という鐘と仗剣、左側の手に斧鉞と索を持つ。三十六万の兵を率いる。
そこには雷神と風雨の神(雷公、電母、風伯、雨師)と、仙童たち、玉女たちもいる。
『太上北極伏魔神咒殺鬼録』では黒衣玄冠に加え金甲(金色の鎧)を身につけ、率いる軍勢は三十六万。身長は五十丈(一丈を約30cmとするとおよそ15メートル)である。
軍事関係者からの信仰を集めており、明の時代には彼の名を冠した武器が現われた。三叉のフォークのようなポールウェポン「天蓬釵(Tian Peng Cha)」と棒の先端に半月状の刃を、反対側に刺突できる鏃のような刃をつけた「天蓬鏟(Tian Peng Chan)」がそれである。後者は沙悟浄の武器として後世にイメージされた月牙鏟によく似ている。
三十六員代天将
天蓬元帥が率いる将軍たち。上清派の聖典『真誥』巻十の「北帝煞鬼之法」解説では、「天蓬神咒」を構成する三十六の句は、「此上神祝皆斬鬼之司名」とされ、『道法会元』巻一五六「上清天蓬伏魔大法」では姓名や姿、率いる兵の数などについて記載されている。
悪鬼や妖精、妖怪や山精、心身の病気や伝染病・疫病の鬼など様々な魑魅魍魎を捕らえたり退治する者が過半数を占める。
命名法則は(「天蓬天蓬」に対応する「天蓬大将」以外は)「四つの漢字からなる句」+「大将(例外は手把帝锺力士)」。
メンバーとそれぞれの特徴については道法会元卷之一百五十六 上清天蓬伏魔大法の「三十六将化身主事」の箇所を参照。
西遊記における天蓬元帥
『西遊記』百回本において三蔵法師の取経の旅に同行する猪八戒の前世が天蓬元帥だと語られた。
犯した罪により官職を解かれたが、地上でも「天蓬」を名乗ったり他者から「天蓬元帥」と呼ばれたりしている。
解かれたのはあくまで当時の役職諸々であって、封号としての天蓬元帥はそのままなのかもしれない。
第三十八回では井戸龍王が彼を「天蓬元帥」と呼び、第六十三回では沙悟浄が八戒が八万の水軍を率いていた事を過去形で説明している。
なお、古形の版である『楊東來先生批評西遊記』では摩利支天に仕える「御者将軍」となっている。
百回本でも変更前の名残があり、時系列的に下界に転生して天界にはいない筈のシーン(第七回)で「天蓬」が「天佑」と共に登場している。
本作において、天蓬元帥は天河(天の川)を管轄し、八万の軍勢からなる水軍を率いた神とされ、転生後の八戒が水系の術を使ったり、川渡りに貢献するシーンに反映されている。
第九十四回では前世で人間だった彼が天蓬元帥となるまでの経緯が八戒の口から語られている。それによると、怠け者の遊び人だったが、遊びに明け暮れる日々の中ふと出会った真人(高位の仙人)の口から出た半句の語で目が覚め、修行の道に入り、やり遂げて天界に迎えられ玉帝の寵愛を賜って天蓬元帥の官職を与えられた。
彼のシンボルとも言える「上宝沁金の鈀」はこの時に下賜されたものである。
西王母の生誕を祝う蟠桃会の宴の席で酒に酔って嫦娥にふざけかかった(第八十五回での発言によるとこれに加えて口で斗牛宮を突いたり、西王母の霊芝も食べている)為にその官職を解かれ金槌打ち二千回の刑を玉帝から処され、その後下界に追放されている。
豚の胎内に宿ったために豚頭の妖怪として生を受け、観世音菩薩から教化されて改心するまでは人肉を喰らっていた。
さらに仏道の修行者となって以降も好色さを抑えきる事はできないという、原典における破魔の神とはかなり趣の異なるキャラ付けとなっている。
天蓬元帥と猪八戒の習合
『西遊記』は道教信仰そのものに影響を与え、孫悟空も斉天大聖として信仰対象となっているが、猪八戒も信仰対象となるだけでなく「天蓬元帥の神像」が猪八戒の姿で造型される例も存在している。
『西遊記』のラストで釈迦如来から猪八戒が「浄壇使者」という菩薩になるという記別が与えられ三蔵一行の他メンバー同様、それが成されたと語れられる。こちらも猪八戒系の天蓬元帥信仰で参照される。台湾等では「豬哥神」ともいう。
招財の神とされ、西遊記での得物である馬鍬が持たされる他、縁起物としても知られる古代の貨幣「元宝(銀錠)」と組み合わされる事もある。
台湾での呼称「豬哥神」には性的な含意があり、美女・裸婦を腕に抱いた姿の神像も作られており、日本で言う所の「夜のお仕事」を包括する「八大行業」の人々、セックスワーカー達も彼を信仰する。
豚肉を供物として捧げる事は禁忌とされる。
天蓬元帥=猪八戒の立場をとらない道教信仰者の立場から、否定する見解が語られる事もある(例)。
斉天大聖を祭神としつつも、天蓬元帥=猪八戒説を否定する寺院のケースもある(例)。
図像表現
姿は一面四臂や三面六臂または八臂の武人や鬼神の姿で表現され、四臂タイプでは例えば、一対の手で日輪と月輪を掲げ、もう一対で剣を持ち、もう一方の手で手印を結ぶというパターンがある。
このほかの持物のバリエーションとして斧や矛、手持ちの鐘「撼帝鍾」、印璽などがある。前述の猪八戒からの影響で熊手に似た馬鍬風の農具を持つ例もある。
台湾本島と中国大陸の間の馬祖群島にある田澳境天后宮には、五すじの豊かなひげに赤い肌という関聖帝君めいた造型の天蓬元帥の像がある。着ている袍はオレンジ色を基調とし右手に鈀を持つ。
関連タグ
資料用に道教の天蓬元帥の画像をgoogle等で探す場合は「天蓬元帥廟」とするか簡体字表記(天蓬元帅)で検索すると見つけやすい。
繁体字表記(天蓬元帥)は日本の漢字と似ているためか、『最遊記』の天蓬が多くヒットする。