概要
「雷公」が登場する最古の文献は『山海経』「海内東経」である。ここでは「雷沢」という場所に住んでいて、龍身人面でお腹を鼓にしているという。
古代中国の楚の政治家・詩人である屈原の『楚辞』では屈原が天界に遊ぶ際、雨師(雨の神)と共に左右に侍ると記される。
このすぐ前の箇所に「豊隆」という名ががあり、後漢の王逸の注では「雲師(雲の神)」を意味するが別の文献『穆天子伝』では雷公の別名とされる。
雷公は雨師や風伯(風の神)とセットで扱われる事もある。『宋史』「天文志」や『観象玩占』では特定の天体と結びつけられ、雨師は歳星、風伯は辰星、雷公は填星とされている。後述の電母と雷公を夫婦とし、風伯と雨師を加えた四人組でも祀られる。
後漢の王充撰の『論衡』「雷虚篇」では龍身でない雷公像が示される。当時の画工は、複数個連結された鼓を背負った力士のような姿で描いていた。雷公は左手で鼓を引き寄せ、右手の椎(ばち)でおすという後世の日本で知られる「雷神」めいた構図で描写されていた。雷鳴は雷公がばちで太鼓を打つ音、と認識されていたらしい。
他の中国文献でも『山海経』とは異なる様々なバリエーションがみられる。雷(公)が空から落ちてきた事例があったので姿を描写した、という形式になっており、それぞれ別人(雷公が一般名詞)扱いなのかもしれない。
後の道教文献でも「雷公」を神名に含む神が複数登場する。『九天応元雷声普化天尊玉枢宝経』では「九天雷公将軍」や「五方雷公将軍」が語られている。
農歴の六月二十四日を誕生日(雷公誕)とする等、個人(神)としての雷公に対する信仰も発達している。
中国仏教における護法善神のグループ「二十四諸天」の一人に「雷神」がおり「雷公」のことだと理解されている。
仏教系の「二十諸天」に同じく仏典由来の緊那羅王と共に加えられた道教系の三柱の一人で、他の二人は紫微大帝と東嶽大帝。
「雷(公)が落ちてきた」例とその姿
- 『捜神記』巻十二:晋の時代の扶風(現在の陝西省宝鶏市一帯)に出現。唇は丹色(朱色)、目は鏡のようであり、毛角の長さは三寸。猿のような頭をしており、他は家畜のようであった。
- 『酉陽親俎』前集巻八雷:唐の時代の貞元年中に、宣州(現在の安徽省南部)での大雷雨にて出現。猪(中国語では豚を指す。以下、猪は豚と表記)の首があり、手足にはそれぞれ両指(二本指)があり、一匹の赤い蛇を持っていてこれを噛んだ。人々はその姿を絵に描いて広めたという。
- 『伝奇』:唐の時代の裴鉶が編んだこの書によると、広東省の陳鸞鳳という男が村人がした雨乞いに効果がなかったのに腹を立て、雷神廟を燃やし、タブーである黄魚と豚肉を喰らい、雷鳴轟く中刀を振り回していたら雷の左股が切り落とされ地面に落ちた。その姿は熊か豚のようで、毛角があり、青色の肉翼が生え、手には柄が短い石斧を持っていた。
- 『録異記』:五代十国時代の書。潤州(現在の江蘇省鎮江市一帯)延陵県の茅山における「堕一鬼」の例。身長は二丈あまり、黒色で顔は豚のようであり、五、六尺の角が生えていて、肉の翅が一丈あまり、豹の尻尾がある。手足には金色の二本爪があり、赤い蛇をつかんで食べようとしていた。服装としては半覆の赤い褌と豹革の腰布を身につけていた。上述の雷(公)落下譚での特徴を総合したような「鬼」が雷のような声をあげたという例。
図像表現
『北遊記』三巻では鶏の翼と嘴があり、手には槌を持つ五人の雷公が登場する。
清時代の『集説詮真』では顔のベースは猿ながらも下あごが長く鋭く突き出ており、シルエット的にはクチバシっぽいルックスとなっている。ここで言及された雷公江天君という雷公は背中に二つの翅を生やし、色は赤く猿のような顔をしているほか、鷹のような足、鋭い爪をしている。さらに手には槌や椎を持つ。額に第三の目があるという違いはあるが、追加で連結された鼓を背負うという中国古典における雷公系情報の集大成のような姿である。
道教修法の集成書『道法会元』に収録された「雷霆三要一炁火雷使者法」では直接的には「雷公」とは呼ばれていない雷神たちにも「三目(両目+第三の目)と鳥類の嘴」という特徴が付されている。
これらを踏まえ、雷公はおおむね「鳥の嘴と足を持ち、背中に翼(翅)がある人型」の姿で描写される。像によって体の色は赤、青、緑など様々。持物も槌のほか、斧や鑿といったバリエーションがある。
「雷公」の名を含む神
- 雷部三十六神将(『蕩寇志』記載)
- 太皇雷府開元司化雷公将軍
- 道元雷府降魔掃穢雷公将軍
- 主化雷府陽声普震雷公将軍
- 移神雷府威光劈邪雷公将軍
- 北極玄天上帝御前三十六官将(『北遊記』記載)
- 酆都元帥章雷公
- 三十六雷鼓力士(『無上九霄玉清大梵紫微玄都雷霆玉経』記載)
- 邵陽雷公
- 黄帝雷公将軍
- 青帝雷公将軍
- 赤帝雷公将軍
- 白帝雷公将軍
- 黒帝雷公将軍
- 三十六雷公(『太上説朝天謝雷真経』記載)
- 天雷十二(神霄雷公、五方雷公、行風雷公、行雨雷公、行雲雷公、布沢雷公、行氷雷公、行霄雷公、飛砂雷公、食糶雷公、伏魔雷公、吞鬼雷公)
- 地雷十二(糾善雷公、罰悪雷公、社令雷公、発稲雷公、四序雷公、却災雷公、收毒雷公、扶危雷公、救病雷公、太昇雷公、巡天雷公、察地雷公)
- 人雷十二(收瘟雷公、摄毒雷公、却禍雷公、除禍雷公、破禍雷公、破廟雷公、封山雷公、伏虎雷公、打虎雷公、滅屍雷公、破障雷公、管魄雷公、蕩怪雷公)
雷公の姿で表現される雷神
- 五雷元帥(雷部五元帥)
- 鄧元帥、畢元帥、劉天君、辛元帥。龐元帥
日本での「雷公」
日本においても雷、稲妻の擬人化した呼び名として、また「雷神」の別の呼び方として「雷公」が用いられる。
古くより北野の地には「北野の雷公」が祀られていた。神名は「火雷神」とされ、祀る「火之御子社」は北野天満宮が建立されると境内末社として統合された。主祭神の菅原道真を神格化した天満大自在天神の眷属としては「火雷天気毒王」ともいう。
雷公神社
社名 | 「雷公」の読み | 所在地 | 該当する祭神・主祭神 |
---|---|---|---|
雷公神社 | らいこう | 北海道上磯郡知内町 | 賀茂別雷大神 |
雷公神社 | らいこう | 岐阜県不破郡垂井町 | 鳴雷神 |
雷公神社 | らいこう | 岐阜県山県市 | 裂雷神、火雷神、大雷神、加茂別雷神 |
荒野雷公神社 | なるかみ | 千葉県印西市 | 別雷神(前述の賀茂別雷神のこと) |
和歌山県東牟婁郡串本町の雷公神社(なるかみじんじゃ)の祭神には雷神は一柱もいない。明治以前には「鳴神神社」という表記であり、主祭神で須佐之男の息子である五十猛神には嵐の神とする説があり、そのへんから来ているのかもしれない。
関連タグ
九天応元雷声普化天尊:「雷祖」とも呼ばれる、道教における雷神達(雷部)の頂点。『封神演义』では聞仲がこの神に封じられる。雷公や嘴持ちの雷神にある「第三の目」という特徴は聞仲の特徴でもある。普化天尊の誕生日とされる日もまた雷公誕と同じ六月二十四日。
電母(閃電娘々):道教の雷の女神。『封神演义』では金光聖母が「雷部正神閃電神」としてこの神に封じられる。
雷震子:『封神演义』や先行する周王朝モチーフの小説『武王伐紂平話』『春秋列国志伝』の登場人物。持物は違うが、後世に定式化した雷公像を思わせる容姿を持つ。
王天君:『封神演义』に登場する仙人。金光聖母等他の十天君ともども雷部二十四正神のメンバーとして封じられた。王天君は道教の神王霊官(王元帥)と同一視される。
諸葛亮と五虎大将軍:『貫斗忠孝五雷武侯秘法』で諸葛亮は「九天助道楊法勇烈正直通天煞伐烈雷大神」、五虎大将軍は「陰雷将軍」とされる。
雷公鞭:安能務訳『封神演義』およびこれを原作とした同名漫画に登場する宝貝。原典『封神演义』には登場しない。
ライコウ:第二世代の準伝説ポケモン(通称三犬)の一体。中国語版での名称はそのまま「雷公」。
金雷公ジンオウガ:『モンスターハンター』のジンオウガの二つ名持ち個体。英語版での名称は「Thunderlord Zinogre」。Thunderlordは雷公の英訳の一つ。