ピクシブ百科事典

穴山信君

あなやまのぶただ

穴山信君とは、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。穴山梅雪とも。
目次[非表示]

概要

天文10年(1541年)~天正10年6月2日(1582年6月21日)。

穴山氏7代当主。 甲斐武田氏の家臣で御一門衆の一人。
壮年期に剃髪して梅雪斎不白と号したので、穴山梅雪(あなやま ばいせつ)の通称でも知られる。

後世では武田信玄に仕えた「武田二十四将」の一人として数えられるが、武田勝頼の代には主君やその重臣たちとの不和から徳川家康を通じ織田信長に内応し、武田家滅亡後は織田氏の従属国衆として甲斐河内と駿河江尻を領地とした。

しかし同年に本能寺の変が起こり、当時家康に同行し上洛していた信君は、京からの脱出の最中に横死する。概ね、「家康と別行動をとり逃亡したが、一揆の襲撃により討死した」とされるが、彼が家康と別行動をとった理由については「単に出遅れたため」とも「家康を謀反の共犯と疑った」ともされる。また、『家忠日記』では自害、『信長公記』では切腹だったとも伝えられる。

その他

名前の読みについて、数年前まで「のぶきみ」と呼ばれていたが、近年の研究により「のぶただ」の読みが有力視されている。2016年放送のNHK大河ドラマ真田丸』においては「のぶきみ」と読まれていたが、翌年2017年放送の『おんな城主直虎』では「のぶただ」になっている(両作品は時代設定が比較的近く、近年では異例の二年連続しての戦国史作品となった)。

ネット界隈では、「山梅」を略して「アナ雪」とあだ名されることもある。

また、後世の講談・小説などに登場する「真田十勇士」の一人・穴山小助は、信君の甥(信君の兄弟・信光の子)とされるが、飽くまでも小助および信光は創作上の人物である。

創作作品における穴山信君(梅雪)

NHK大河ドラマ


関連タグ

戦国武将 中部勢 武田二十四将
武田信玄 武田勝頼 織田信長 徳川家康
穴山小助真田十勇士

pixivに投稿された作品 pixivで「穴山信君」のイラストを見る

このタグがついたpixivの作品閲覧データ 総閲覧数: 57

コメント