概要
「さまをみろ(様を見ろ)」が訛った「ざまあみろ(様あ見ろ)」の略語であり、特にネットで多用されている。
「様」とは「生き様」「有様」等の事で、つまり「自分の無様な状況を見ろ(そして嘆き苦しめ)」と言う意味。
酷い事をしたキャラが因果応報で酷い目にあったり、過剰なほど幸せなキャラ・勝ち逃げしたキャラ・推しを寝取ったキャラが不幸になったりする作品に付けられるタグ。
「ざまぁ」の前にキャラ名を付けて「○○ざまぁ」の形でも用いられる。
二次創作での注意点
二次創作で表現が行き過ぎると、意図していなくてもキャラに対するヘイト創作と取られてしまうこともあるので注意が必要である。
- 推しカプの片割れを別のキャラとの公式カプに組み込まれたオタクが相手役のキャラを恨んでのシチュ。
- 夢小説愛好家やガチ恋勢が推しキャラの恋人を妬んでのシチュ。
- 推しに辛く当たったキャラ、推しが「自分の人生の障害」だと認識しているキャラを背景事情にかかわらず「推しの敵は自分の敵」と憎んでのシチュ。
- 推しを引き立てる演出のために悪役が欲しいから他のキャラをそのポジションに割り当ててのシチュ。
というケースはありがちなので特に自省しよう。
後述の一次創作にもヘイト創作に近い表現はあり、
- 合理的な理由もなく、ある属性だけが綺麗に抜かされている(例えば、ギャルゲー・乙女ゲーに美形及びキャラの濃い同性と同性に都合が悪い異性が登場しないのや、恋愛禁止の話に未婚の女しか登場しないのは理に適っているため、差別や苛めではない)。
- キャラが別のキャラを苛めた時やキャラが倫理的に問題がある行動を取った時に突っ込む人物がおらず、伏線やボケっぱなしや構成力不足や現実ではない異世界特有の表現ではない
- 優しい人物だけを描いている癖に、包容力を感じる表現ではない。
- 嫌いなキャラをわざと醜く手抜きの変な見た目に描いて嫌わせようとして、美形の記号を詰めた推しは好ませようとする(前者はギャグマンガと文法が違っている上に画力と解像度が低い。文章・動作に悪口と突っ込みの違いがあるように絵にも悪口と突っ込みの違いがあり、気付かない読者はいないのである。)
- 何もしていない背が低いキャラ、気が弱いキャラ、隙があるキャラを、高身長で華やかなキャラたちが上から目線の棘のある説教で苛める(BL・百合、悪役、三角関係のすべての下位互換なので誰も見ない。乳比べやタイマンのほうがまだギャグになっている。いじめられっ子のファン以外でも「いじめっ子よりもいじめられっ子のほうが性格が良さそう」「いじめっ子たちよりモブのチンピラのほうが友達が多そう」と思っている。)
このような描写をすると、作中に攻撃的な人物、悪口、リョナが登場しなくても攻撃性が伝わってしまう。
攻撃的な主人公とヒロイン同士でお似合いの内容、あまりにも主人公に都合良く動き過ぎで夢オチ必須の内容、共感できる人物のいない読む地獄にシフトしていくこともあり、それでもいいならどうぞ。
公式ざまぁものではない商業漫画の中には、炎上した回のみがお蔵入りになった例、炎上したコマのみが修正された例(表情が変わるなど)もある。
一次創作のざまぁ
当然ながら一次創作の原作者が、敵役や悪役の末路としてそのような展開にするのは許される。
特に昔からある復讐ものでは悪役が無慈悲な末路を迎えるケースが大半であり、近年では小説家になろう、カクヨム、エブリスタでもこの要素を含む内容の投稿は多く、最早一つのジャンルとして確立されている(具体例については関連記事の各項目を参照)。
もっとも、「許される」と言うのはあくまで「他人が作った物・他人の好きな物を踏みにじらない、虚仮にしない」という二次創作の倫理に照らし合わせた場合の話であって、読者感情や作品の評価については別の問題になる。
特に、受けた被害と復讐行為のバランスが取れていない内容の作品は、読者からの批判を受けやすい。
近年は印象を強くする為に、加害者側の悪辣さが不自然な程に強調されている描写も多く、(後で酷い目に会うと分かっていても)読者が強いストレスを感じ、粗製濫造もあって溜飲が下がる段階まで付き合えなくなるケースも多い。
同時にこの場合、最早普通の制裁や自業自得程度では「甘すぎる」と批判される場合もしばしば。
あるいは、主人公を虐げる以外の生活が全く想像出来ないような、ざまぁしていい気になるためだけに設定されたような薄っぺらさと見られて叩かれる事もある。
逆に被害者側にも問題があったりと、加害者側に情状酌量の余地があったにもかかわらず、徹底的に殲滅する等やり過ぎな復讐をしてしまうケースもある。
この場合、作者が主人公を偏愛し贔屓しすぎている点(いわゆるご都合主義)や、「そもそも主人公の方が制裁されるべきでは?」と言うような倫理観の欠如を批判される事になりやすい。
また、最近のざまぁ特化とでも呼ぶべき作品などは、本来なら主人公を務める被害者がモブレベルにしか登場せず、専ら加害者の凋落と破滅を描く事に筆を割くという、より悪趣味なものである。
そもそも対象が悪人とはいえ他人が酷い目に合うのを見下しながら楽しむと言う行為は趣味の良いものではないので、嫌う人はとことん嫌う。
とはいえ、そのような現実ではできない趣味の悪い行為だからこそ、創作世界ではそれを楽しみたいと言う「人間の悪性」を裏付ける層がいるのも、また否定できない事実である。需要があるからこそ、ジャンルとして確立されている訳だし。
叩かれたくない場合はここまでに挙げたポイントを意識してみると良いかもしれない。が、遠慮しすぎればざまぁ好き読者からは物足りないと言われ得る。
純然たる嗜好の問題として、「ざまぁ重視の内容」が好きな読者と、そういったものを不快に思う読者の溝は、決して埋まることはないと割り切る姿勢も互いに必要だろう。
表記揺れ
関連記事
人の不幸は蜜の味、シャーデンフロイデ:類義語でニュアンスが違う。過去編がある復讐譚・倍返しよりも過去編のない自己投影・粗探しの意味で使われやすく、倒叙形式に使われやすい。
notざまぁ展開:読んで字のごとくざまぁ展開がない事。詳細については個別記事参照。
小説家になろう、カクヨム、エブリスタ、アルファポリス:ざまぁ系統の作品が投稿されているWeb小説サイト。
イライラパート:ざまぁの前振りとなる段階にして、プロローグ等で性根の腐った悪役等が主人公やヒロインなどに危害を加える等して文字通り『読者のイライラが湧いてくるような段階』の通称。前述の通りここで好き勝手に悪行・蛮行三昧をやらかした悪役がそれに見合ったざまぁな末路を迎えないと顰蹙を買ってしまう。
負のご都合主義:読者のヘイトを買った悪役がそれに見合ったざまぁな末路を迎えなかった時に、読者が不満として用いる場合のある語句。詳細については個別記事参照。
メアリー・スー(幼女戦記):大本のWeb版では、「チートクラスの魔力を持つが独善性の塊である狂信者で、散々ヘイトを買った挙げ句、無様な最期を遂げる」と言う典型的なざまぁキャラ。そもそも名前からして嫌われ者の代名詞であるメアリー・スーから取っている。
だがその一方、商業化された書籍版以降では別人レベルで性格と境遇が異なり、敵役ながら共感・同情しやすいパーソナリティを与えられている。
「ネット界隈におけるざまぁ系の人気」と「商業作品界隈におけるざまぁ系の不人気」を、わかりやすい形で体現しているキャラと言える。
ざまぁな末路を迎えることに定評のある悪役達
悪徳勇者、バカ息子、間男(間女)、悪女、ブラック上司、毒家族(毒親、毒父、毒母、毒兄・毒弟、毒姉・毒妹)
ざまぁ要素を含む小説・漫画のジャンル・タグ
<一次創作>
幼馴染ざまぁ:『理不尽暴力ヒロイン(メスガキの場合もアリ)という特徴を持った幼馴染が自業自得で(主に失恋という形で)不幸な目に遭う』という内容のジャンル
<二次創作>
<共通>