概要
オーストリアの小児科医であるハンス・アスペルガー医師が、1944年に提唱した、知的障害を伴わないものの、興味・コミュニケーションについて特異性が認められている自閉症の一つ。
提唱したアスペルガー医師の苗字からとって「アスペルガー障害」と名付けられた。
一般に知能が正常域にあり、言語障害を伴わない自閉症のことを指す。
アスペルガー医師の発表の前年に、アメリカの精神科医であるレオ・カナー医師が早期乳幼児自閉症に関する論文を発表し、彼の論文がその後に長く英語圏の国々において影響を持つようになったため、アスペルガー医師の論文には当初注目が集まっていなかった。
カナー医師は「自閉症は知的障害を伴う」「家庭環境が原因である」としたため、精神医学の世界でも長らくそう認識されていたが、近年では必ずしも自閉傾向は知的障害を伴わないこと、基本的に先天性のもの(幼少期に病気や外傷で脳へのダメージを負った場合も含む)であることが判明している。
また、研究が進むにつれて精神医学の世界では、自閉症的な障害特性や性格・能力の傾向についてそれぞれに強い弱いがあり、「アスペルガー」や「カナー」、「広汎性発達障害」などと細分化せず「自閉症スペクトラム(ASD)」として、一定の幅(スペクトラム)で分布しているという考え方が提唱されており、アスペルガー症候群という単独の障害で扱われることは減っている。
一口に障害とは言っても、あくまで「社会集団において少数派の特性を持った人」という程度である。
特にアスペルガー症候群の場合は知的能力・認知能力は定型発達の人と変わりないため、善悪の判断における価値観や倫理観も大きく乖離していない。
後述のように共感性や(社会的な)想像力が弱い傾向にあるが、情緒や思いやりと言った感情的な共感能力を持たないのではなく、一部の認知的な共感能力において本人の中で能力がアンバランスで、苦手なものがあり、それが誰しもがわかるような表面上に現れないだけである。
生まれつき目が見えなかったり耳が聞こえなかったりといった、身体的障害と同じく先天的なものであり、外部ファクター(親の育て方や学校での教育、周囲の環境など)によって引き起こされるものではない。
育て方や教育や環境が原因で発達障害になるといった言説は誤解や偏見に基づく間違った情報である。そういった言説に基づいた差別や疑似科学などもあるため注意が必要。
特徴
大前提として知的障害は伴わない(ただし、すべての人が一般の人と比べて特別に知能が高いわけではなく、個人差がある)。
発達障害全般に言えることだが、できることとできないこと、得意なことと苦手なことの差が激しく、IQの種類に関しても同様である。
非言語的なコミュニケーションが苦手で、想像力の障害と言われることもある。
人とのコミュニケーションにおいて、相手の発した言葉の裏にある本音を察することが出来ず、言葉をそのままの意味で受け取ってしまうため、冗談やたとえ話を真に受けてしまいやすい。曖昧な表現も苦手で、何かと両極端な発言や捉え方をする。
共感性や協調性が全く無いというわけではないが、どのくらい・何に(誰に)それが向けられるかは不定であり、会話において興味のない話題や相手でも表向きでは共感する態度を見せず、表情や声のトーン、身振り手振りなどから相手の感情を汲み取ったり、周りの様子を観察して空気を読んだりすることが出来ないのも典型的な症例である。
逆に空気を読みすぎて過剰な気遣いや的はずれな対応をしてしまうこともある。
また、感覚過敏を抱えていることも多く、日常生活に支障をきたす例もある(音や匂いに敏感すぎる、他人に触れられることを異常なまでに嫌うなど)。
「こだわり」、パターン化された行動も特徴の一つであり、特定の分野に対して強い興味を持ち、その分野については驚異的なまでの集中力と知識を持つ例も少なからずある。
何か一つのことに集中するのが得意で、規則的で整ったものを好み、規律や予定にはかなり正確に準じる人が多い。自分の興味があるものについては非常に細部まで観察し、丁寧に作業を行う。
一方、例えば「電話をしながら手元でメモを取る」ような二つ以上の作業を同時にこなすことや、予定の急な変更といった自分のコントロールの範疇を超える出来事への対応は大の苦手で、突発的なトラブルでパニックを起こすこともしばしば。
上記の「空気が読めない」という性質もあって、曖昧な指示が理解できず、物事について大局的・俯瞰的な捉え方というよりは、一面的・局所的な捉え方をするため、「とりあえずやってみる」「大まかな形を作る」というような作業にもあまり適正を示さない。
対人コミュニケーションにおいて摩擦が起こることも多く、特性の適切なコントロールが行われないと、友人や家族はもちろん、学校や職場での大きなトラブルに発展する可能性もある。
また、これらコミュニケーションの不全や仕事での伸び悩みなどが原因の精神的なストレスから、うつ病や適応障害といった精神疾患を二次障害として引き起こすケースも多い。イギリスの患者を対象とした臨床コホート研究による報告によると、アスペルガー症候群を持つ成人は、一般成人の9倍以上の自殺リスクがあり、社会的孤立や排除、失業等で二次的うつ病の危険因子を生ずることが多く、自殺リスクを低減するための適切なサポートが必要であると言う。
社会におけるアスペルガー症候群とされる人の割合は、100人に1人とも1000人に1人とも言われ、10000人に5人という説もあり、調査によって割合の数字がかなり変わる。
アスペルガーの特徴があっても、ある意味で相反する特性を持つADHDと併発してそれぞれの特性が目立たなくなっていたり、軽度で周囲も自分も気づいていなかったり、なんらかの精神疾患・パーソナリティ障害と誤診・もしくは併発してそちらだけが診断されている人などもいると考えられる。
男女比では男性に多いとされているが、女性のアスペルガーは目立ちにくいだけでそれなりにおり、実は性差はないのではという見解もある。
本人に自覚がない場合も多く「周りが当たり前のように出来ることが自分にはどうしても出来ない」と考え、周囲からの叱責を受けても「叱責されたこと」自体が強いショックとなってしまい、自身も出来ない原因が解らず自己嫌悪に陥ってしまうことがある。
仕事など
先に挙げたように
- コミュニケーションの特異性
- 同時並行して複数の業務をこなすことが出来ない
- 急な変更にうまく対応できない
- 細部に注意が集中し全体像把握が苦手
といった性質から、アスペルガー症候群を持つ人は、複数の物事の処理を短時間に行わなければならない接客や、綿密なコミュニケーションが求められるチームワークを必要とする仕事には元来向いていないとされる。
一方、一つの分野について集中力を維持するのが得意なことから、ひとりで黙々と決められた作業(ルーティンワーク)をこなすような仕事は得意である。
近年では「決められた分の作業だけしていればいい」ような、職人系の仕事は減っているものの、細部に集中して正確に物事を進める必要がある複雑な機械の操作や、論理的思考が重要となる知的研究職などがアスペルガー向きの仕事といえる。
一般就労で苦労することも多く、アメリカの大部分の調査結果によると、アスペルガー症候群の成人の75~80%がフルタイムの仕事に就いていないという。日本でも学業成績は優秀だが対人関係や就職活動がままならずニート・引きこもりになっている人、二次障害に陥り休職・退職を余儀なくされている人も多く、とくに成人アスペルガーの存在が広く知られるようになってからは、雇用主や上司となる(定型発達の)人向けに支援体制づくりの案内も行われている。
アスペルガー症候群を持つ成人に必要な職場での支援としては
- スケジュールや手順を明示する
- 「これ」や「そっち」など指示代名詞を使わない
- 複数のことを同時に頼まない
- ジョブコーチをつける
などがある。
アスペルガー症候群の診断を受けた著名人
- 泉流星(作家)
- 市川拓司(作家)
- 金田ゆうじ(ミュージシャン、ドラマー)
- 倉持由香(アイドル)
- 南雲玲生(作曲家)
- 堀川ひとみ(歌手)
- スーザン・ボイル(歌手)
- スティーブン・スピルバーグ(映画監督)
- 米津玄師(歌手)
余談
一部では、インターネットではアスペルガー症候群に対する認知や理解が進んでいるとは言えないとも言われている。
前述するように、アスペルガー症候群の人間は対人コミュニケーションが苦手であったり、空気が読む事が苦手であったりするケースが多い。
しかし、ネット上では対人コミュニケーション能力の欠如の部分だけが一人歩きしてしまっているとされ、原義の「アスペルガー症候群もしくはその患者」の事ではなく「空気が読めていない」「文章の理解力が著しく低い」「すぐに癇癪を起こす」とするユーザーに対するレッテル貼りに使用される事が多いのが現状である。
蔑称として使われる際は、略して「アスペ」と呼称される。
アスペルガー症候群患者への風評被害であり、褒められた用法ではないだろう。
また、理解が進まない理由としてコミュニケーションへの然るべきサポートがSNSや匿名掲示板やオンラインゲーム、ソーシャルゲームといったインターネット上では得られない、そもそも相手からすれば顔の見えない人間の障害の有無など知った事ではないので、特異な行動をしている時点で無自覚な荒らしと一緒(そもそも配慮や理解の必要性自体が感じられない)、というのもあげられる。
不用意に障害をカミングアウトした場合、配慮されるどころかむしろ「(荒らしの)自覚があるなら最初から書き込むな」「病院行け(病院に行ったから診断が下っているのであり、善意ではなく単なる侮蔑の意味合いしか含まれていない)」といった罵倒や差別に晒されるリスクも決してないわけではないのである。
結果患者は晒しや特定等のコミュニケーション上の問題に直面してインターネット上でも孤立することとなり、最悪デジタルタトゥーを残してしまうという重大な結末にも至りかねない現状がある。
関連タグ
アダルトチルドレン:同様に誤解と風評被害が多い現状。そうした批判を恐れてメディアから使われなくなってきた言葉でもある。