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コウノトリ

こうのとり

鳥綱コウノトリ目コウノトリ科コウノトリ属に属する大型の水鳥の仲間である。ここでは中国や日本に生息しているニホンコウノトリについて記載する。
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概要

鳥綱コウノトリ目コウノトリ科コウノトリ属に属する大型の水鳥の仲間である。
別名:ニホンコウノトリ。

形態・生態

翼開長200cm前後、体重およそ約4~5kgに達する大型の水鳥。
白い羽毛、黒い風切羽、黒い、赤い脚、赤いアイリング(まぶた)を持つ。
外見が似ていることから、近代に入ってもツルと混同されることが多かったが、ツルはツル目に属し、コウノトリはコウノトリ目と全く別系統の鳥である。
鶴との相違点は、木の枝に止まれる事(鶴は木に止まれない)、獲物を必ず丸呑みにする事(鶴はどんな餌でも細かく啄ばんで食べる)、鳴く事が出来ない事、などがある。「上の鶴」「松鶴図」など絵画の題材によく見られる組み合わせは、コウノトリを鶴と誤認したものではないかという説がある。
本来はアムール川流域等と中国南部を往来する渡り鳥だが、日本にはかつて留鳥として広く分布していた。
総じて肉食性で、小魚やカエル、ネズミザリガニなどを食べる。
成鳥になるにつれて発声器官が衰え、鳴くことがなくなる。代わりに嘴をカスタネットのように高速で打ち鳴らし、大きな音を立てる習性がある(クラッターリングと言う)。
雌雄一組のつがいで、おもに樹上に直径2mにおよぶ円形の巣をつくり産卵、夫婦交代で卵をあたためて孵す。雛は孵化しておよそ二ヶ月で巣立ちするため、親は大量の餌を頻繁に巣へはこび、ヒナに与える。

生息・保全状況

かつては日本各地に留鳥として住みついていた。水田や水路で餌を採るコウノトリは、苗をふみ荒らす害鳥とされることもあったが、農村での暮らしにおいては身近な生物であり、白く優美な姿を愛でられることも多かった。
しかし近代以降、狩猟の解禁、棲み処となる樹木の伐採、えさ場となる水田や水場の改修工事、戦後に急増した農薬による汚染などによって、その生活を破壊されて急速に数を減らすこととなった(日本以外の各地でも、同様の理由から数を減らしている)。
各地の施設で保護が図られたが、農薬汚染によって繁殖力が低下している個体が多く、また同種に対しても警戒心の強い生物であるため、コウノトリの繁殖は20年以上にわたって挫折がつづいた。
もとは極東全域を移動する渡り鳥であるため、海外からの個体の導入も行われ、多摩動物公園は中国から、コウノトリ飼育場(兵庫県豊岡市)はロシアソ連)から個体を譲り受けて繁殖を試みつづけた。
結果、1980年代末にようやく人工繁殖に成功した(日本の野生で生まれたコウノトリの子孫としては、福井県武生市で保護され豊岡に移されたメス「武生」の子孫が、曾孫まで誕生している)。
現在、日本における個体数は、飼育下にあるものを含めおよそ200羽がいる。

コウノトリ飼育場(現「兵庫県立コウノトリの郷公園」)では一貫して、コウノトリを野生へ戻すことが目標とされてきた。現在も、一度は野生絶滅にまで陥った鳥を、人間の生活圏と重なる地域へと復帰させるという世界的にも注目される活動が続けられている。
2005年には世界で始めて、人工飼育のコウノトリが放鳥され、2007年には野生の巣からヒナが巣立ちを迎えた。人間と生活圏の重なるコウノトリを復帰させるためには、環境や地域住民の理解も欠かせないという観点から、「コウノトリの郷公園」を中心に環境整備の努力がつづけられ、一般への展示や環境教育も行われている。兵庫県北部(旧但馬国)では、江戸時代からコウノトリの生息地が保護されたり、コウノトリの巣の見物が行楽になるなど、コウノトリに親しむ土壌が古くから残っており、無農薬栽培に切り替えるなどの協力をおこなう農家も現れている。初の人工飼育が開始された1965年には、コウノトリが兵庫県の県鳥に指定されている。
初の人工繁殖に成功した多摩動物公園でも、園の内外を行き来できる飼育方法が模索されている。

コウノトリが赤ん坊を運んでくる逸話について

ざっくりいうとコウノトリではなくシュバシコウ(漢字では朱嘴鸛)が運んでくるというのが原典として正しい
逸話の発祥は諸説あるが、有力なものはヨーロッパ地方あたりと言われており、飛来したシュバシコウが屋根で子供を育てるというのが春の風物詩だった。
また、当時夫婦の婚姻は夏に行う事が一般的らしく夏の10か月前、つまり春に人間の子供も生まれることが多かった。
つまりシュバシコウと人が子育てをする時期が被っていた=シュバシコウが赤ちゃんを運んできたという逸話のきっかけである。
また、これから派生したのか「赤ん坊の泉」を支配する地母神ホールダの使者であり、祝福と幸運を運ぶ役割を担っていたという話が存在する。

この逸話が世界中に広まった切っ掛けはおそらくハンス・クリスチャン・アンデルセンの1858年に刊行された「沼の王の娘」という童話と言われている。
作中でシュバシコウが赤ん坊を夫婦のもとに連れてくるというシーンが存在し、それが世界中に広まり今の逸話に繋がっていると思われる。

ではなぜシュバシコウなのか?という疑問に答えるとまず生息地が違う。
シュバシコウは逸話が生まれたヨーロッパ付近が生息地で、コウノトリはアジア付近が生息地と全然違う地域に生息している。
加えてコウノトリとシュバシコウ、この二匹は非常によく似ており素人が見分けるのはくちばしの色でしか判断ができない。シュバシコウは「赤」でコウノトリは「黒」。シュバシコウが朱嘴鸛=赤い嘴のコウノトリという意味な程。
(挙句の果てにはコウノトリと書いておきながらくちばしが黄色いイラストや作品なども存在する始末。サギやペリカンも混じっている?)

つまり日本に広まる時に、運悪く(?)そっくりな鳥がいたのが原因で、赤ん坊の取り違いの如く鳥違いをした結果コウノトリが赤ちゃんを連れてくる事になったのだ。

ちなみに世界一有名なヒゲの兄弟を連れてきたコウノトリさんの嘴は黄色

関連イラスト

コウノトリの夜明け
富嶽乙女鳥葬図


関連タグ

鳥類 水鳥 コウノトリ目
コウノトリ科 シュバシコウ

拷問器具

【閲覧注意】マクスウェル方程式


拷問器具として、「コウノトリ(英: stork、伊: cicogna)」と呼ばれる器具が存在した。
一見すると、首枷、手枷、足枷をつなげただけで、さほど危険には見えないが、この器具によって拘束されると、体を丸く折り曲げた姿勢のまま、まったく身動きができなくなる。
自由を完全に奪われた状態は、犠牲者に大きな精神的苦痛をもたらすことになる。
さらに、体を屈曲させた姿勢で固定されることにより、苦痛、痺れ、肉離れ、痙攣が全身を襲ってゆく。そして呼吸障害、発狂、最終的には死に至るという。
イギリスでは「Scavenger's daughter(ハゲタカの娘、死肉あさりの娘))」の名でも知られる。これは、この器具をイギリスで発明したといわれるレオナード・スケフィントン(Leonard Skeffington)の名が訛ったものという説もある。

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コウノトリ科 こうのとりか

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