チョウさん
ちょうさん
本名内田長二郎。通称チョウさん。
毛の薄い頭に小さな背丈で杖をついている、どこにでも居るような65歳の男性。舞台である堤団地の第3棟608号に住んでいる。かつては娘一家と共に暮らしていたが、現在は彼1人を残して転勤しており、管理人からは厄介払いだと判断されたことから家族関係は冷えきっている様子。表札には同居していた娘達の名前が線で書き潰されており、部屋の中には家具はおろか、生活必需品が何ひとつ置かれていない。
普段は団地内にある広場のベンチに腰掛けながら日向ぼっこをしている。常に笑顔でぼんやりしているため、周囲からはボケ老人扱いされている。
一見人畜無害の老人だが、実は恐ろしい素顔を隠し持っている。
その正体は、長年堤団地で起きている変死事件の黒幕であり、人知を超えた力を有する超能力者である。
チョウさんは人の見ていない所では、大量のバッジやストラップ、オモチャを身に纏った姿で団地を徘徊し、奇妙な力を用いて夜な夜な窃盗や殺人に手を染める。物静かな普段の姿とは異なり、言動はやんちゃないたずらっ子そのものである。欲しい品を手に入れるために住人を操り、飛び降り自殺にみせかけて殺害し続け、それで得た品々を密かに部屋に隠していた。しかしながら本人に罪の意識は全くなく、これまでの行為を「遊び」と称していた。
幼くして正義感が強く、しっかり者の少女である悦子に対し、老齢でありながら、子どもじみた狂気と歪んだ遊び心を併せ持つチョウさんは、見事に主人公と対極に位置する悪役であるといえよう。
第1話
物語開始の時点で既に3年以上に渡り、24人の住人を手にかけている。
劇中ではまず、団地の少年上野タケシの「銀色の羽根のついた青い帽子」目当てに父親の上野元司を殺害した。
その翌日、夜廻り中の警官2人組の内1人を殺し、ピストルを奪う。これを機に事態はさらに重くなり、刑事の高山と上司の山川を動揺させる。
次の夜、なす術なくベンチに座りこむ山川を超能力で翻弄し、棟の屋上まで誘き寄せる。事件の被害者たちの持っていた品々を全身に纏ったチョウさんの姿に驚いた山川は彼によって命を奪われる。
翌朝、面白半分に赤ん坊をベランダから転落死させようとするチョウさんだったが、何者かによって阻止される。驚く彼の前に1人の少女が歩み寄り、「あんなコトしたら赤ちゃんが死んじゃうでしょ」と叱責する。自身が超能力を用いて犯行に及んだことを見抜いたその少女悦子に、チョウさんはただならぬ恐怖を感じるのだった。
第2話
変死を遂げた山川の代理として、彼の盟友である岡村が捜査に乗り出したが、人間業でないチョウさんの所業を解明することなど当然不可能だった。
ある夜、おつかいに出掛けた悦子の前にカッターナイフを手にした浪人生の佐々木勉が立ちはだかる。勉はチョウさんの能力によって操られており、チョウさんにとって脅威になりうる悦子を殺害しようと彼がけしかけたのだった。悦子が叫び声を上げた途端にチョウさんの部屋の窓ガラスが勢いよく割れ、その拍子に勉は自らの首を切り裂いてしまう。血をどくどくと流しながら迫る勉と必死に助けを呼ぶ悦子。団地にはチョウさんの高笑いが不気味に響き渡るのだった。
第3話
事件後、当事者である悦子は団地内の診療所に運ばれ、怯えていた。さらに数日後、刑事の1人伊藤は悦子が襲われたのと同時刻に窓ガラスが割れたというチョウさんの部屋の捜査の最中に以前の被害者の持ち物だった指輪を発見する。
その夜チョウさんは、アル中の住人吉川を操り、盗んだピストルを持たせて診療所に向かわせる。そこでは真剣な面持ちの悦子がただ1人立ちつくしていた。
第4話
チョウさんに操られた吉川の暴走行為により、ついには機動隊が呼ばれる騒動にまで発展した。吉川は銃口を悦子に向けるが、彼女の能力によって腕の骨を折られる。だが、偶然現場に居合わせた吉川の息子ひろしと友人の青年藤山良夫が凶弾に倒れる。激怒した悦子はチョウさんの居場所を突き止めると屋上に瞬間移動し、両者は超能力を全面に発揮し対峙する。
笑いながら逃げ回っていたチョウさんだったが、団地を破壊しながら迫る悦子に圧倒され、次第に余裕を失っていく。そこで吉川を操ってひろしを射殺し、悦子の注意をそらし、その隙に能力を駆使して総攻撃に出るも団地中のベランダから覗く子どもたちの視線を浴びて硬直する。
時を同じくして、再びチョウさんの部屋を捜査する高山と伊藤は、何もなかったはずの部屋に大量のガラクタが転がっている有様を目にした。
悦子の反撃で団地を大地震が襲うがチョウさんも負けじと団地の部屋という部屋のガス詮を開けて悦子を翻弄する。部屋の窓ガラスを手当たり次第に割る悦子だったが、チョウさんの企みを防げず、ガス爆発が発生。多くの人の命を守りきることができずショックを受けた悦子は力を暴走させ、辺り一体を破壊し尽くし、遂にチョウさんを追い詰めるが、母親に呼び止められて正気に戻り安堵の涙を流しながら胸に抱かれる。
一連の事件が終結した後、廃墟の中でお気に入りの帽子を探していたチョウさんは、岡村の取り調べを受ける。チョウさんはしばらくの間団地で過ごし、どこかの養老院が開き次第入居することになった。高山はチョウさんが死んだ上野の帽子を持っていたことに違和感を覚え、彼の身辺警護を買って出る。
悦子が家族揃って母親の実家に帰ったため、おぞましい厄介払いができたチョウさんは高山に見守られながら、青空の下でまたいつものように日向ぼっこをするのだった。
そこへ1人の少女がブランコをしに訪れ、チョウさんを絶望に陥れる。彼女は堤団地を去ったはずの悦子だったのだ。悦子は静かに睨みつけるようにチョウさんを凝視すると杖をへし降り、ブランコを破壊し、カマイタチを巻き起こす。チョウさんのただならぬ様子を見た高山がそばへ寄ると彼は既に生き絶えており、悦子の姿ももうどこにもなかった。
チョウさんの持つ超能力はシンプルながら、全編を通して非常に強力であり、サイコキネシス、テレキネシス、サイコメトリー、テレパシー、千里眼、透過、催眠、瞬間移動、空中浮遊などといった業を披露している。同様のことを、悦子もある程度は扱えるが、作中ではむやみに超能力を乱用することはなく、当然ながらいたずらに人を操ったり殺めたりするようなこともない。
そんな悦子が精神異常を起こし、力を制御しきれなくなって暴走した際は流石のチョウさんも無力だった。
本作の執筆にあたり、大友は映画「エクソシスト」に衝撃を受け、ホラー漫画を描くことに決めたと述べている。やがて、とある団地で飛び降り自殺が絶えないという話を聞き、「そこまで多いのは実は誰かに操られて殺されているからなのではないか」と考え、チョウさんの造形に繋がった。
また、当初はチョウさんが仲間を集めていくのに対し、悦子も仲間を集めて対抗するという筋書きも考えられたが、それでは1冊にまとまらない上にホラー漫画ではなくバトル漫画になってしまうと懸念したため、現在のような内容になった。
大友はチョウさんについて、「怪物は化け物じみた異形のものよりも、身近な姿で隣に居る方が怖い」と語っている。
大友はアルジャナン(アルジャーノン)・ブラックウッドの短編『移植』(原題は「Transfer」)を読んだ際に、「衒いのない庭(謎の一角がある)で、伯父さんと、自室に引篭っている筈の少年の奇妙なバトルをガヴァネスだけが目撃する」点をヒントに換骨奪胎し、「エナジードレイン的な能力を持つ謎のおっさん」を老人に、「千里眼の能力を持つ家庭教師だけがそれを知る」を、「刑事一人が事の真相に近づく」とした。