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概要

鳥山明1955年4月5日2024年3月1日


日本の漫画家イラストレーター

代表作は『Dr.スランプ』『ドラゴンボール』など。デザイナーとしての代表作は『ドラゴンクエスト』シリーズなど。

愛知県名古屋市出身、生涯の大部分を同県清須市(旧西春日井郡清洲町)で過ごした。血液型はA型。かつての愛称は「トリさ」。

ジャンプ黄金期を代表する漫画家の一人で、当時の週刊少年ジャンプ1000票アンケートで815票を獲得したフリーザ編において記録)という伝説を持っている。(※この815票がどれくらい伝説的な数字かというと、同時期に連載されていた『スラムダンク』や『幽遊白書』などが、比較すると30票程度しか獲得できなかったという意味になる。もちろんこれを超える記録はジャンプ連載作品では生まれていない)


生涯

貧乏な家庭に育った。そのため欲しいものがあっても手に入れることが出来ないことが多く「欲しいものの絵をひたすら描きまくる」ことで気を紛らわせていた(多種多様な生き物、乗り物などの機械、お城などの建物などと、とにかく色々欲しかったらしく、かたっぱしから描いたとのこと)。またお金をかけた遊びが出来ないので、学校が長期休みになると自転車をこいで町中の映画館に行って1日入り浸り、同じ映画を何度も観て過ごしたりしていた(かつては映画館は入れ替え制がなく、同じスクリーンなら何度も観れた)。こうした少年時代が知らず知らずに「絵を描く事が好き」という自分の糧になっていたと語っている。高校時代は漫画研究同好会の会長をしていたが、当時漫画を描くことはなかった。


高校卒業後、地元のデザイン会社に就職するが、遅刻を繰り返すなど勤務態度はあまり熱心ではなく、次第にサラリーマン生活に嫌気が差し2年で退職。その後現代で言うニートのような生活をしていたが、23歳の頃になると遊ぶ金がなくなり、賞金目当てに少年ジャンプに投稿したところ、集英社の編集者鳥嶋和彦に「何とかなるかもしれないから、もっと描いて送ってよ」と見いだされデビューに至った。


デビュー当時、予想以上の売り上げにより思わぬ大金を手にして使い方が判らず、札束を冷蔵庫に隠してカップラーメンをすすっていたと言う逸話を持つ。この事からか財務関連ではほとんど無頓着かつ面倒くさがりなので財務は人に任せているらしく、タックスヘイブン関連で鳥山氏の名前が出た節税疑惑の際は本人はそんな事になっていたのを本当に知らなかった様であり、当時のファン達も今回ばかりは曲げて大目に見てくれという声があった。


デビュー当初から一貫してペンネームではなく本名で活動しているが、これは漫画家活動開始当時「どうせ売れる訳がない」という理由で本名で活動していたのがそもそもの始まり。後に鳥山は「本名を使ったことが漫画家になって一番後悔したこと」と語っている。


なお、自分の漫画にはプロポーズの練習してたらバレて結婚した人食べ物かなんかと勘違いしたまま結婚した人が登場しているが、当の本人は菓子パンをかじりながら電話で世間話してたついでにプロポーズというさらに味気ない結婚の仕方をしている。嫁は当時少女漫画家だった「みかみなち」。


担当編集の鳥嶋との駆け引きの逸話も様々あり、『Dr.スランプ』には鳥嶋氏をモデルにしたマシリトだけでなく、編集者としての鳥嶋氏も度々登場するほか、親交のある桂正和氏も登場している。『ドラゴンボール』でもピッコロ大魔王のモデルは鳥嶋だったり。


また、『Dr.スランプ』の構想段階では則巻千兵衛が主人公だったが則巻アラレを主人公にし、『ドラゴンボール』ではフリーザセルの最終形態のキャラデザ(いずれも醜い異形→すらっとした人型に変化)、未来トランクス17号&18号といった鳥山のキャラ造形にはなかった美形キャラの登場なども鳥嶋の指示である。


『ドラゴンボール』は次第に自分一人の都合では連載終了できない作品と化していたため、わざと荒唐無稽な内容にしてつまらなくすることで打ち切りを狙っていたが、結果的に何でもありの作風になってしまったことで人気が益々出てしまったという都市伝説がある。

ドラゴンボール』完結後は短編作品やイラストレイターとしての活動が主になっている。


氏から在住地の愛知県や清須市にもたらされる税収(本人の所得税とバードスタジオの法人税、他諸々)は凄まじいらしく、「編集部へ送る原稿を空港まで持っていくのが面倒だと言う氏の言葉をうけて、鳥山宅から名古屋空港までの直線道路が引かれた」と言う所謂「鳥山ロード」の噂も出るほど。なお本人は「そんな訳ない」と否定している(元ネタである「角栄道路」は本人や会社の納税額ではなく、政治家(総理大臣)としての権力によるものである)。

作中に名古屋弁を話すキャラクターを登場させたり、登場人物が中日ドラゴンズを応援するシーンがあるなど、地元愛が強い。


妻には元少女漫画家の「みかみ なち」がおりかめはめ波の名付け親でもある。

子供は息子1人と娘2人に恵まれた。息子の「鳥山佐助」は幼児の頃、単行本帯コメント(旧版)に赤ちゃんの頃の写真が写っており、後に鳥山の補助として映画『スーパーヒーロー』の制作などに携わっていた事が担当編集より明かされている。娘の1人「鳥山きっか」はイラストレーターとして活躍していたが、現在は新規の依頼は受け付けておらず、各種SNSも削除されている。


  • 訃報

2024年3月1日急性硬膜下血腫(※)により死去。68歳没。葬儀は近親者のみで執り行われた。

元アシスタントのまつやまたかしによれば、2024年2月に「脳腫瘍の手術を受ける」「(位置は)外側だから大丈夫」などと語っていたという。


※急性硬膜下血腫は頭部の外傷などで、脳と硬膜のすき間に血がたまって脳を圧迫する疾患。重篤な場合には脳が腫れ、意識がなくなったり発語に異常をきたす。治療には難易度の高い手術を受け、死亡率は6割を超える。

ボクシングなど激しいスポーツで発症するケースが代表的だが、転倒や事故で発症する他、まれに脳内の血管の異常で発症する場合もある。


3月8日、ドラゴンボール公式サイトで逝去した事を公表。同時に集英社系4誌の公式サイトで少年ジャンプ+編集部との5編集部連名で、堀井雄二ら4名のコメントを添えてリリースを発出(うち週刊少年ジャンプのものはこちら)。お別れ会は現在のところ未定との事。


鳥山明先生 僕達が天使だったのなら 貴方は神様でした

上記の通り顔出しするのはやめていたが、テレビ朝日系では『徹子の部屋』の映像が、フジテレビ系列では『3時のあなた』に登場していたためその映像が使用された。


その訃報はジャパンのみならず、世界中で大きな衝撃を与え、世界中の政府要人(特に勲章を与えているフランス)や企業、トップレベルのプロスポーツ選手やチームからも悼まれた。


作風

漫画の神様と呼ばれた手塚治虫氏に「ちょっと上手すぎるよね」と言わしめた画力の持ち主。その絵柄を『スラムダンク』の井上雄彦氏からは「同業者から見ると魅力的すぎる」ジョジョの奇妙な冒険』の荒木飛呂彦氏からは「同業者からするとちょっとした発明のようなもの」と評されている。

これは鳥山がデザイナー業から漫画家に転身したのも大きな理由と思われ、それまでの日本の漫画には無かった新たな画風を生み出した。このため柴田亜美のような絵柄のフォロワーも生み出している。「鳥山明風」という概念も存在するほど。


高い画力を持ちながら、一方でキャラクターデザインシンプルで洗練されており、『ドラゴンクエスト』のスライムなど一目で印象に残るものが多い。特にお化け怪物珍獣機械アンドロイドなどの人外のデザインを最も得意とし、それらを描かせたら文句なしに世界一の画力を誇る。これが起因してなのか、ジャパンのみならず世界中からの老若男女な鳥山ファンが数え切れないほど存在している。

逆に苦手なものは、本人曰く「上手く描けないから永遠の課題」としている女子女体)だそうで、絵だけではなく女子心理を描くことを大の苦手としている。


細かい機微といった人間ドラマの描写は不得手であり、本人もこのあたりに真面目に取り組むことからは逃げ回っていた。特に男女の色恋の描写は大の苦手で、そのため恋愛夫婦愛の描写は力技、または流し気味でドライに見える事もある(例として『ドラゴンボール』における一家の主にして父親達)。

また、恋愛の描写が少ないことに関しては、作品のアニメ化の際にアニメオリジナルのエピソードや描写で補完されることも多い。(たとえばこのへんこのへんなど。)

とはいうものの、各キャラクターの個性がハッキリしている為か恋愛描写の少なさは逆に読者の想像を掻き立てることに成功しており、基本的に公式カップルは読者に受け入れられている。


ちなみに『Dr.スランプ』の漫画内にキャラクターとして登場した作者自身は、未来のペンギン村カップル達が、皆そのまま結婚しているのを見て「単純なやつら」という感想をもらしている。

しかし名物編集者・鳥嶋和彦(現ブシロード社外取締役)のサポートを受け、立体的でアクロバティックなアクションや構図、シュールかつ不条理なギャグなど、突出したセンスと構成力で欠点をカバー。尾田栄一郎真島ヒロなど氏に影響を受けた漫画家は数多く、世界的な知名度も高い。

フランス政府からは芸術文化勲章を授与されている。


人物

自他共に認める面倒くさがりな性格。漫画を描く際に最初はネームを描かずにいきなり下書きから描き始め、スクリーントーンも貼るのがめんどくさい……というか好きではないのでほとんど使用していなかった。『Dr.スランプ』の舞台を村にしたのも背景を描くのが面倒だったからとのことである。ちなみにセルの模様は面倒くさいものだったらしく毎回描く際はそこが大変だったらしい。

なお近年『ドラゴンボール』は実は作画にはまったく力を入れておらず、むしろ手抜きだったため画集を出すのが申し訳ないという驚愕の発言を残している。


自動車バイクロボットなどのメカが大好き。『Dr.スランプ』では本筋とは関係なく、扉にばかり描いていたことがあった。のちにメカへの思いは『SANDLAND』で発揮され、特に戦車戦ではそのこだわりが描写されている。

動物も好きで、単行本内の作者コメントでは自身の飼う犬猫のエピソードを語っており、漫画内にも擬人化した動物が多く登場する。

また映画ファンであり、どんな構図でも資料を見ずに頭の中にイメージしただけで描けるのは、幼い頃に映画を見まくった恩恵であるとしている。画面構成だけではなく、『ターミネーター2』→人造人間編のように、好きな映画のネタやパロディをそのままストーリーに反映することも多い。『ドラゴンボール』のタイトルも『燃えよドラゴン』に由来している。


なお、ジャパンサブカルチャーではウルトラシリーズ東宝怪獣ガメラといった怪獣映画を超が付くほど愛好しており、(当時は著作権の意識が希薄だったらしく)『Dr.スランプ』ではデフォルメされたキャラクターが高頻度で登場していたり(※1)、『DB』におけるチチの幼少期の武装がウルトラセブンのパロディだったりした…が、前者は愛蔵版出版に際して修正される事になった。(※2)

今では円谷プロの公認ネタになっており、2009年にはコラボグッズが期間限定で販売されている。(…と円谷プロに関しては丸く収まったが、ゴジラシリーズの版権を持つ東宝ガメラシリーズの版権を持つ角川との現在の関係は不明である。)

彼がモンスターデザインを得意としているのも、こうした趣向の影響なのかもしれない。

ちなみに84ゴジラでは、新宿の広場に集まる群衆の中に、堀井雄二さくまあきらと3人で混ざっているという。


(※1)作中で確認できるキャラクターは初代ウルトラマンウルトラセブンウルトラマンタロウバルタン星人ゴジラキングギドラモスラ(幼虫)ガメラギロン

(※2)円谷プロ海外で版権問題に苦しめられた事情もあって、版権に厳しい会社だった。もし、円谷プロダクションが当時の彼を訴えていたら、今のドラゴンボールシリーズも無かったのである。


また、かなり忘れっぽいところもあり、ドラゴンボールのコミックス旧カバーにおいてヤジロベーをうっかり2回描いてしまったり、桃白白などキャラの存在を忘れたり、アニメ感動して原作漫画にアニメオリジナルキャラであるバーダックを逆輸入させた事をすっかり忘れていたり、最近では『ドラゴンボール』の前日譚である短編『ドラゴンボールマイナス』において本編と辻褄が合わない部分がいくつもあったり、PS2版『ドラゴンクエストⅤ』のパッケージに描かれているスライムを「スライムの配色を忘れた」と緑色に配色したり(参考)とネタに事欠かない。

逆にそれが氏の魅力に一役買っていると言えなくもない。

もっとも、氏は物事をそれっぽく言う癖があるので、忘れっぽいエピソードがどこまで本当かは不明。

また、寒いのが苦手である。

 

Dr.スランプ』の漫画内には、たびたび作者本人として登場しているが、その容姿は一定ではなく、人間の姿であったり、ロボットの身体であったり、擬人化した鳥のような姿のこともある。

 

意外と知られていないが、立体造形物を作るのも得意で、プラモデルを買い漁っているものの執筆で忙しくて作る機会が無く、積み重なる一方だと苦笑している他、タミヤの模型コンテストで何度か入選(1986年には金賞を受賞)した事がある程の腕前の持ち主だったりする。面倒くさがり屋なのに。 ついにはその趣味が高じて長年懇意にしているファインモールドより第二次世界大戦の兵士をモデルにした「ワールドファイターコレクション」のデザイン、監修を担当した。


Dr.スランプ』連載時は、氏のあまりの天然っぷりを保存しなければという理由から、ファンクラブには「鳥山明保存会」という名称が付けられた。


鳥山氏は、『徹子の部屋』に出演するなど昔は基本的に顔を出していたが、もともとあまり表に出るのが好きではなかったことと(結構人見知りな性格だという)、スーパーに買い物に行ったときにサイン攻めにあったのが作者の心を痛めたことが原因で、現在は顔を出していない。『ブルードラゴン』のCMにも出演したが、その時も本人の顔はしっかりと伏せられていた(節税疑惑が出たときに顔を醸されてしまった例外もある。)

たまに近所のラーメン屋や喫茶店などで外食する事もあり、事情を知っている者達はあえて関わらない事が暗黙の了解となっている。


のちにアシスタントとして事務所に入社するまつやまたかしの勧めもあって自動二輪車の免許を取得。以降は見聞を広めるために全国各地をツーリングするようになり、時には訪れる料理屋や道の駅などに置かれている「旅の落書き帳」に軌跡としてイラストを遺すようになる。


2005年当時、タカラトミーがEV部門で「チョロQモータース」を設立(現在解散)して1人乗りEV『QVOLT』を開発した際に鳥山も車体のデザインを担当した。価格は199万円(税抜)で9台限定販売(完売)。ボンネットには鳥山の直筆サインが耐水コーティングで書かれている


また、都会が苦手らしく東京もしくは近郊の関東圏に進出せず、生涯を故郷の愛知県で過ごしたのもその為である。田舎の地元にいた生き物達が大人になるにつれ(都市化のために)姿を消していくのが悲しかったという趣旨を語ったりしている。


元々デザイナーから漫画家になった経緯からか、1人で原稿を仕上げないと気が済まなく、『Dr.スランプ』の連載初期は1人で仕上げまで行っており、睡眠時間は3日に1回、時には6日間徹夜をした事もあり、過労で倒れる事を危惧した鳥嶋をはじめとするジャンプ編集部の説得によりアシスタントを雇う事となる(それでも1人だけしか雇わない)。


ドラゴンボール終了後は主に1人で短期集中連載を執筆。短期だとネームを考える時間ができてストレスを抱える事なく執筆できると大抵10話構成(単行本一巻分)でネームをまとめてから執筆している。

のちにその内の一作『SANDLAND』が約20年の時を経て劇場アニメ化並びにテレビゲーム化になり、その報を聞いた時は大層驚いた模様。


生前に多忙を極めた漫画家としてはこれといった健康問題エピソードがなく、冨樫義博尾田栄一郎のような満身創痍エピソードに事欠かない漫画家と比べるとタフな体を持っていると評されていた。そのために、前述の訃報は余りにも突然の出来事として世間に大きな衝撃を与えることとなった。


一方で重度のヘビースモーカーとして知られており、1日3箱、〆切前の追い込みに100本喫煙するほど。その喫煙っぷりはDr.スランプの則巻千兵衛に反映されている。前述の死因もこの重喫煙が遠因ではないかと言う声もある。生前の鳥山氏は元々たばこ代を稼ぐ為に漫画家になったと語っている。

ちなみに下戸で、コップ一杯のビールでも酔うほど。


漫画作品

個人


合作

漫画家・桂正和との合作。短編『さちえちゃんグー!!』、『JIYA -ジヤ-』が収録されている。

脚本は2人で作成し、漫画は桂正和1人が担当している。この2作品は銀河パトロールシリーズと名付けられ、『JIYA -ジヤ-』はその銀河パトロール隊員が主人公であり、この銀河パトロールの設定は後の『銀河パトロールジャコ』に繋がる事となった。

漫画家・とよたろうとの合作。ドラゴンボールの魔人ブウ編のその後が描かれる。

氏は脚本を担当しており、それをとよたろうが漫画にし独自のオリジナル要素を入れる事もある。ネームの段階から氏のチェックが入っており、時には氏自らネームに手を加えたり修正を入れる事もある。Vジャンプにて絶賛連載中。


鳥山明氏いわく「なかなかいないんですよ! 僕の絵に似ている人はいるかもしれないけど、お話としてもっていける作家さんというのは! ネームがしっかり描けているのが素晴らしい! オリジナルな部分が加わるともっとおもしろくなりそう!」とのこと。ついで『「すごい!鳥山先生、最初から考えてたんだー!」ってなると、僕がすごーくカッコいいかんじになる』とも話している。

※詳細は【集英社運営・VジャンプWEB『ドラゴンボール超インタビュー「とりとよ放談」inVJ』】(外部リンク)の公式情報を参照の事。


ゲームイラスト・キャラクターデザイン


※立体造形のデザイン、絵本の製作など活動は多岐に渡る。


変名?

桃太郎電鉄2017』でキャラクターデザインに複数参加する事が発表されたのだが、その中の一人に「なごやあきら」なる人物がいる事がニンテンドーダイレクトで判明する。

そして『2017』でのキングボンビーのデザインがその「なごやあきら」によってリニューアルされた事も発表されたが、そのタッチが鳥山氏の画風とそっくりなのである。

仮に鳥山氏が参加しているとして何故変名参加なのかは現段階でも不明。一説では現在も集英社専属漫画家にある事から権利関係・さくまあきら氏との個人間の依頼である可能性から変名表記だとの噂もある(ちなみに『大乱闘スマッシュブラザーズSPECIAL』で『ドラゴンクエスト』の勇者(ファイター)が参戦した時はスタッフクレジットで鳥山の名前と集英社がクレジットされている)。


なお、ニンテンドーダイレクトに寄せたさくま氏のメッセージでは「古くからの友人」との事。

ちなみに鳥山氏は過去に『スーパー桃太郎電鉄DX』の頃に「メカボンビーRX」のデザインを手がけた事がある為、仮に本人だとすると二度目の参加と言う事になる。


関連タグ

スクウェア・エニックス 集英社 漫画家 鳥山明風


ムーチョ:鳥山自身の自画像によく似ている。

田中久志ひすゎし):元アシスタント。(『Dr.スランプ』の後半まで)

まつやまたかし(現:イラストレーター):元アシスタント(『ドラゴンボール』の後編まで。以後アシスタントは使わず一人で描いている)。

とよたろう:『ドラゴンボール超』作画担当。訃報に際し、X上に追悼コメントをポスト


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感謝を込めて。鳥山明先生、ありがとうございました!追悼ファンアート特集

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