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プロフィール編集

所属FA
出身和歌山県橋本市
生年月日1991年11月26日
身長・体重185cm、97kg
投球・打撃右投左打
守備位置外野手
プロ入り2009年ドラフト1位

なお名字の「筒香」は日本中で3世帯10人ほどしか居ない超レアな姓である。


所属チーム編集

横浜DeNAベイスターズ (2009-2019)

タンパベイ・レイズ (2020-2021)

ロサンゼルス・ドジャース (2021)

ピッツバーグ・パイレーツ (2021-2022)

トロント・ブルージェイズ (2022) ※メジャー戦出場無し

テキサス・レンジャーズ (2023) ※メジャー戦出場無し

スタッテンアイランド・フェリーホークス (2023) ※独立リーグ

サンフランシスコ・ジャイアンツ (2023) ※メジャー戦出場なし

横浜DeNAベイスターズ (2024-)


来歴編集

プロ入り前編集

中学時代には大阪府の「堺ビッグボーイズ」に所属し4番として30本塁打を記録。早くからスラッガーとして注目され、高校進学の際には関西の強豪校の推薦も受けたが、松坂大輔への憧れから神奈川県の横浜高校に進学。その無類の長打力を買われ、1年生時から4番を任された。

2年生夏の全国高等学校野球選手権大会では、準々決勝の聖光学院戦にて満塁弾を含む2打席連続本塁打・1試合個人最多タイの8打点を挙げ、最終的に打率.526・3本塁打・14打点を記録するなど4強入りに貢献。

3年生春に行われた花巻東(岩手県)との練習試合では、後に埼玉西武ライオンズでプレーする事になる菊池雄星からソロ本塁打も打っている。


ベイスターズ時代①編集

2009年のドラフト会議で横浜ベイスターズ(現横浜DeNAベイスターズ)から1位指名を受け入団。背番号は「55」(現在は「25」)。背番号とその長打力から「ハマゴジラ」と呼ばれた。

ルーキーイヤーの2010年には早くもプロ初本塁打を記録。翌2011年には二軍で本塁打王・一軍でも8本塁打と結果を残した。


2012年からチームの監督を務めた中畑清も期待を寄せる中、同年はホームラン10本を記録しプロ入り初の規定打席入りを果たした。しかし、打率は規定打席に達した打者の内では最低であった。

2013年シーズンは前年の雪辱を果たすかに思われたが、怪我が重なり出場23試合、1本塁打

に終わる。さらにシーズンオフのフェニックスリーグでのプレイを見た中畑監督により「危機感がない」と秋季キャンプのメンバーから外されてしまう。これにより奮起した2014年シーズンは主力打者として定着。三塁手から外野手(左翼手)にコンバートされ111試合に出場、打率.300、22本塁打、77打点、得点圏打率は両リーグトップの.416と好成績を残した。

2015年シーズンからは4番打者として出場を続けており、2016年には史上初の3試合連続マルチ本塁打(1試合に2本以上の本塁打)を記録し、本塁打王・打点王の2冠に輝くなど、リーグを代表する打者となった。


ベイスターズ時代は野球日本代表の侍ジャパンメンバーの常連でもあった。


MLB時代編集

2019年シーズン終了後、ポスティングシステムによりMLB挑戦。タンパベイ・レイズと契約した。


が、豪速球を打てない弱点を見破られてしまった(後述)結果苦戦。2020年はレイズがポストシーズンを勝ち上がっていくに連れて出場機会が減少。翌2021年は前年以上に打撃不振が深刻になり、5月13日にDFAとなりメジャー登録枠から外され、その後トレードでのロサンゼルス・ドジャース入りが発表された。

故障が重なったとはいえドジャースでも25打数3安打(打率.125)と全く適応出来ず、7月にマイナー落ち。8月にはドジャースからもDFAとされたが、直後にピッツバーグ・パイレーツと契約した。

パイレーツ移籍後は代打として日本人選手最多ホームランを記録したものの、翌2022年は腰痛の影響もあって再び打撃不振が深刻に。8月3日にDFAとなりメジャー登録枠から外され、その後トロント・ブルージェイズとマイナー契約で移籍した。


2023年は招待選手としてテキサス・レンジャーズのスプリングトレーニングに参加するも、結果を残せず傘下のマイナー3A級ラウンドロック・エクスプレスへ配属された。51試合で打率.249、本塁打6本、33打点を記録したがメジャー昇格の見込みが無いとして6月22日に退団。メジャー契約を見込めるチームを探したがMLB球団とは契約すら結べず、7月31日にアトランティックリーグ(独立リーグ)のスタッテンアイランド・フェリーホークスへの入団が報じられた。

同年8月21日サンフランシスコ・ジャイアンツとマイナー契約を結び、傘下のAA級リッチモンド・フライングスクウォーレルズに配属。その後、9月17日にAAA級サクラメント・リバーキャッツに昇格するも、メジャー昇格は果たせないままシーズンを終え、翌年にオプトアウト権を行使し、チームを退団、FAとなった。


ベイスターズ時代②編集

それから程なくして、5年振りの日本球界復帰を目指して交渉中であることを発表

2024年4月16日午後2時25分に古巣である横浜DeNAベイスターズに復帰することを発表した。


プレースタイル編集

かつては長打狙いのスイングで一発のパワーはあるがミート力に乏しく三振も多かったが、2014年以降は打率も継続して3割以上を記録。チャンスにも強く、2016年の得点圏打率は.393でリーグトップであった。体勢を崩されながらも横浜スタジアムのライトスタンド最上段の看板までボールを運ぶ桁違いのパワーの持ち主であり、2016年の全43本塁打のうち13本が逆方向への打球である。


ただ、彼は元々変化球や失投を狙うのが得意な打者であり、球速が150km/hを超える豪速球を打てない弱点を抱えている(それを話題にしたYouTubeの動画も存在)。

この弱点はNPB時代から指摘されていたことだったが、渡米後(豪速球中心の)MLBで更に深刻化してしまい、結果として球団を転々とする原因になった。


守備については評価が分かれるが、守備指標の一つであるUZR(リーグにおける同じ守備位置の平均的な選手が守る場合に比べて、守備でどれだけの失点を防いだかを示す)では2014年に5.2、2016年に3.5と平均的な数値を残している(ただし2015年は-10.6と悪い)。また2015年には補殺でリーグトップ(10)を記録している。


関連項目編集

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