概要
講談社発刊の隔月漫画雑誌『ITAN』創刊号の2010年零号から2016年32号にかけて連載された雲田はるこの漫画作品。全10巻。
江戸落語を物語の主題に据え、落語家を志す天涯孤独の任侠崩れ「有楽亭与太郎」、東西落語界の生ける伝説「有楽亭八雲」、その八雲を殺したいほど憎みながらも同居する養女「小夏」との間で展開される奇妙、且つ複雑な人間模様、同時に3人の影で見え隠れする落語の亡霊「有楽亭助六」の存在を描く。
構成
内容は全三部の長編から成り、それぞれに時代背景が大きく異なる。
- 第二部『八雲と助六篇』:昭和初期~後期
- 第三部『助六再び篇』:近現代
「ある噺家の一代記」という体裁の下に、落語を中心に伝統的な大衆演芸として育まれた寄席芸能を若者世代に広く明快に紹介した功績と、雲田が得意とする緻密な人間描写から紡がれる「理想と現実という虚実の狭間でもがき苦しむ落語家の業」を追求したストーリー構成の妙が高く評価されている。
昭和の香りを色濃く残す落語家が物語を彩る主要人物として関わるため、それに準じた風景や小道具が数多く登場する。また、古今東西を問わず様々な噺(落語の演目)が登場し、そのあらすじや見所に対して解説を交えながら一部始終を披露する他、単行本の巻末には寄席演芸を楽しむためのコラムなどが収録されており、落語の入門書やガイドブックとしての側面も持っている。
作中の主な流派
有楽亭一門(ゆうらくていいちもん)
江戸落語を代表する亭号の一つ。定紋は『丸に並び扇』だが、止め名(最高位)の八雲のみ替紋『瑞雲』(ずいうん)の使用が許される。
八雲の名は寛政年間から続く由緒ある宗家名跡であり、もれなく名人と謳われた累代の実力者たちによって連綿と継承されてきたため、この大名跡を襲名するには八雲が意味する重責を全うするに足る品性と実力を兼ね備える必要があるとされている。
円屋一門(つぶらやいちもん)
上方落語を代表する亭号の一つ。定紋は『丸に三つ輪違い』。
東西落語界通じての長老であり、戦前から落語界を支え続ける萬歳が一代で築き上げ、今や上方落語界においては一大勢力を形成している。
登場人物
主要人物
- 有楽亭与太郎(ゆうらくてい よたろう)
CV:関智一
本作の主人公、元チンピラ。
幼い頃に両親を亡くして兄貴と呼び慕う不良を追う形で任侠の道に入るが馴染めず、足抜けの条件に刑務所へ肩代わりで収監、模範囚として刑期を過ごす中で慰問に訪れた八代目八雲が演じる『死神』に魅了され、出所したその足で八雲に直談判、内弟子として引き取られた。
教養こそ浅いもが持ち前の人懐っこさと天真爛漫な性格で人に好かれやすく、風変わりな様子を八代目八雲が落語になぞらえ「与太郎」(落語における間抜けの代名詞)と呼んだことから後の通り名、ひいては芸名となる。
- 有楽亭八雲(ゆうらくてい やくも)
世間からは「昭和最後の名人」、席亭(寄席の経営者)連中からは在所に因んで「向島の師匠」と呼ばれ、有楽亭一門宗家たる大名跡を今に受け継ぐ孤高の落語家。前名は『有楽亭菊比古』(ゆうらくてい きくひこ)。
「おまいさん」「あすこ」などの下町言葉を常用する戦前の風雅を色濃く漂わせ、生家が芸事を生業としていたために一通りの歌舞音曲にも深く通じる一方、スリーピースなどの洋装も自在に着こなす洒落た一面を持つ。
芸事の家に男として生まれ、尚且つ足を悪くしたことで二重の捨てられる形で七代目八雲の下へ後の二代目助六と共に弟子入りした。
『八代目 有楽亭八雲』を襲名後、第一線を走り続ける中で与太郎と出会い、弟子を受け入れない姿勢を知りながらも食い下がる与太郎がカタギでない事を見抜いた上で話を重ねるに連れてその風変わりな性格に面白さを覚え、道楽半分に初めての内弟子として迎えた。
『死神』『鰍沢』『品川心中』など、いわゆる名作と称される古典落語の代表作を選りすぐって持ちネタとしているが、そのどれもが極限まで研ぎ澄まされた別格の存在となっている。
- 小夏(こなつ)
CV:小林ゆう
二代目助六の娘であり、八代目八雲の養女。
ある事件で両親を一度に失い、身寄りの無い所を八代目八雲に引き取られたが助六を死に追いやった元凶が八雲にあると信じて疑わず、同居する中でも憎しみを露わにししている。
女の身であるがために父の遺志を継いで落語家になれない事実を心底悔しく思い、それでもなお父の落語を愛するがゆえに隠れて稽古に勤しむ一面を持つ。
与太郎が内弟子となってからは形式上の兄弟子として稽古に付き合うことも多く、面倒見のいい姉御肌でもある。
- 有楽亭助六(ゆうらくてい すけろく)
CV:山寺宏一(少年期は立川こはる)
小夏の父、故人。
戦後の江戸落語界を牽引、妙技を尽くす天才と呼ばれながら、影に埋もれ若くして死去した非業の落語家。前名は『有楽亭初太郎』(ゆうらくてい はつたろう)。
両親の顔すら知らぬ捨て子で、寄場暮らしをしつつ天狗連(=アマチュア芸人集団)に所属して落語を演じていた老人に拾われて養ってもらっていた。
その老人の死を機に七代目八雲の門を叩きに向かった矢先に後の八代目八雲と出会う。入門当時から既に大ネタの『文七元結』『野ざらし』『明烏』『船徳』『よかちょろ』などを聞き覚えていた。
落語の未来を憂う反面、遊び人のような性格から女遊びや酒飲みに明け暮れ、さらに師匠方に反発する性格から自身の師匠である七代目八雲とも対立するようになる。
その他
- 七代目八雲
CV:家中宏
八代目八雲と二代目助六の師匠。
かつて色々と世話になった知古の縁から八代目八雲を、時を同じくして押し掛け同然で転がり込んだ二代目助六を二人揃って内弟子に迎え入れた。
- 松田(まつだ)
CV:牛山茂
八代目八雲の下でカバン持ち、スケジュール管理、車での送迎などを任されている使用人。七代目八雲の頃から女将と共に炊事、洗濯、掃除などの家守に務めており、若き二代目助六と八代目八雲を弟子入り当初から知る唯一の人物でもある。
CV:林原めぐみ
小夏の母、故人。
戦前は芸者を務めていたことから七代目八雲のお気に入りだった。その縁から八代目八雲と出会ってからは密かに八雲へ心を寄せていたが後に意思の相違で破談、二代目助六と結ばれることとなる。
- 初代助六
CV:神奈延年
二代目助六の養い親、元落語家。
寄場で日銭を稼ぎ、天狗連に属して落語を披露する日々の中で後の二代目助六を拾い、寄場と寄席を行き来する貧乏所帯の二人暮らしを営んでいた老人。高座名の「助六」を通り名にしていた。
- 円屋萬歳(つぶらや ばんさい)
CV:茶風林
四代目萬月の父にして総勢100人超の弟子を抱える上方落語界の重鎮。
本名は『淀川公男』(よどがわ きみお)。
八代目八雲の高座が湯呑みを備える江戸落語伝統の形を取るのと同じく見台、膝隠し、小拍子、叩き扇の4点を備える上方落語伝統の形を取っている。七代目八雲の頃から催していた夏恒例の二人会「好色夏夜噺」(いろごのみなつのよばなし)を通じて有楽亭一門と深い繋がりを持つ。怪談噺『応挙の幽霊』を得意とする。
- 円屋萬月(つぶらや まんげつ)
CV:遊佐浩二
円谷低萬歳の息子。
八代目八雲の落語に惚れ抜き、幾度と無く有楽亭の門を叩いたが断られ続けて遂に諦めた苦々しい過去を持ち、改めて萬歳に弟子入りしてもなお尊敬の念を絶やさない反面、内弟子に入り込んだ与太郎には明け透けな嫉妬を抱いている。
- アマケン
CV:山口勝平
幼い頃から落語を愛し、同じく文芸評論の道を歩んだ父に連れられて数多くの名人巧者の楽屋に出入りした経験を持つ。世評に反して「二代目助六の落語は邪道」と言い切るほど八代目八雲を尊崇する熱烈なファンであり、好ましくない人物に対しては痛烈な嫌味を含んだ物言いが目立つ反面、確かな分析力と観察眼を持つ。
- 樋口栄助(ひぐち えいすけ)
与太郎に目をかけている人気作家。
萬月と同じく、八代目八雲(当時は菊比古)に弟子入りを断られた過去を持ち、それでも密かに抱き続けた落語家の夢を与太郎に託そうと様々な形で協力を持ち掛ける。一度は落語を志した事もあり、演目の内容・構成・背景に至るまで深い知識を持ち、新解釈を加えた古典落語の改作や新作落語の台本を何本も書き上げる。
受賞歴
2012年:『このマンガがすごい!』(宝島社発刊の年刊冊子)第2位
2013年:『第17回文化庁メディア芸術祭 マンガ部門優秀賞』受賞
アニメ版
2014年12月5日に行われた会見でテレビアニメ化の始動が正式発表された後、本放送に先駆けて2015年3月発売の第7巻、同年8月発売の第8巻に限定生産の特装版を用意し、その特典として第一部『与太郎放浪篇』を前後編に分割したOADをそれぞれに1巻ずつ同梱した。制作はOVA版、TV版共にスタジオディーン。
2016年1月9日に『アニメイズム』B2(放送後半)枠で本放送を開始し、第1話は物語の導入としてOAD全2巻の内容を調整した1時間版が、それに続く第2話から第二部『八雲と助六篇』が順次放送された。第一部はOVA版の全2話、第二部はTV版の全13話(うち7話はオリジナルストーリー)で一応の完結を見ており、第三部『助六再び篇』も第二期放送分として2017年1月から放映開始となった。
オーディション
「主要人物が落語に深く関わる者で構成されている」という前提から、本職の林家しん平を監修に据えた所までは2006年の『落語天女おゆい』(原作・監修:桂歌若)や2012年の『じょしらく』(監修:林家しん平)に見られる従来の落語アニメ作品同様だが、本作のアニメ化決定に際して行われた主要声優オーディションの課題は「持ち時間3分で実際に落語を講じた音源を提出する」という極めて異例、且つ本格志向の内容であり、噺の選定に始まって雰囲気を醸し出す発声や口調の工夫を試行錯誤した末に八代目八雲役を希望した石田は『死神』1本を、二代目助六役を希望した山寺は『死神』『野ざらし』2本を提出して難関を突破した。
当初から与太郎役の最有力候補に目されていた関は先述の課題、ひいてはオーディションそのものを無審査で通過していた一方、すでに押しも押されもせぬ人気声優の位置にある石田や山寺が1からオーディションに挑むという事実は多数の業界関係者を驚かせ、この時の課題について石田曰く「試されている」、山寺曰く「必死のオーディションで勝ち取った」といかに苛酷であったかを述懐し、小夏役の小林に至っては「自身の合格を知ると歓喜のあまり屋外で泣いた」とされている。
主題歌
『薄ら氷心中』(一期オープニングテーマ)
作詞・作曲・編曲:椎名林檎、木管編曲:村田陽一、歌:林原めぐみ
『今際の死神」(二期オープニングテーマ)
作詞・作曲 - 椎名林檎 / 編曲 - 斎藤ネコ / 歌 - 林原めぐみ[9]
『かは、たれどき』(一期エンディングテーマ)
作曲・編曲:澁江夏奈
『ひこばゆる』(二期エンディングテーマ)
作曲・編曲 - 澁江夏奈
テレビドラマ版
こちらでは八代目八雲(菊比古)を演じる岡田将生が主演扱いとされ、原作でいう第二部より以降を中心に描かれている(第一部は放送時間延長の末、一話で早々に完結)。
NHKサイトでは岡田とTVアニメで八雲を演じる石田彰とのW八雲の対談が公開されている。
ドラマ版キャスト
有楽亭与太郎:竜星涼
有楽亭八雲:岡田将生
小夏:成海璃子
有楽亭助六:山崎育三郎
エンディングテーマ
『マボロシ』
関連動画