概要
「おそば屋さん」とも呼ばれ、東日本を中心に多く見られる飲食店。西日本では一般にうどん屋に比べて数が少ないが、京都のようにソバの産地が近い場所では専業の蕎麦屋が時々見られる。逆に東日本では伝統的に蕎麦屋でうどんも扱っていたため、うどん食文化が特に盛んな埼玉県や東京都多摩地域を除いて、地場のうどん屋は少ない。
蕎麦屋とは言うが、蕎麦だけでなく他の和食も出すのが普通で、丼物、特に天丼やカツ丼を出す店が多い。これは、そば用の出汁を取った後に再度出汁を取った二番出汁がこれらのタレに使えるためである。カレーライスやラーメン、(夏季限定で)冷やし中華なども出していることもあり、特に蕎麦屋のカレーはカレーそば・カレー南蛮用の出汁を使っていることから独特の風味があり、根強いファンを持つ。
料理メニューのほか、日本酒を多く取り揃え、夜は実質的に居酒屋を兼ねていることも多い。焼酎ブーム以降は、蕎麦焼酎を中心に焼酎を多く置いている店も増えた。
焼きそば、沖縄そばが置かれていることはまずない。特にこだわりがある店でない限り、蕎麦掻きや蕎麦味噌を出す店も珍しい。
業態は立ち食いそば店から(駅構内に出店しているものは駅蕎麦とも呼ばれる)、高級店まで幅広い。東京や信州、新潟県のように蕎麦食文化が盛んな地域の蕎麦屋では、蕎麦のゆで汁であるそば湯が出され、残りのそばつゆなどを入れて飲むが、塩分が気になる人や美味しいと思わない人は飲まなくても構わない。
歴史
そば屋という飲食店が広がったのは江戸時代の中期以降、蕎麦切りを茹でる製法が広がってからである。また、安価な醤油が関東地方で製造できるようになったことも背景に、そば屋は主に江戸で繁盛しそれまで多かったうどん屋に代わっていった。
保存が効かず注文を受けてからそばを打って茹でていたので提供に少し時間がかかる。そこで短気な江戸っ子を慰めようと、酒を提供するようになった。これを「蕎麦前」といい、そばの具などとして簡単に作れる板わさや出汁巻き卵などを肴に提供した。
これが当たり、独身男性が多い江戸で仕事帰りの夕食に最適、しかも蕎麦が出れば飲み過ぎずに帰るのが粋とされ、流行の軽食屋となった。ここから東日本各地にそば屋が広がったと考えられる。
時代劇では、屋台を担いで蕎麦を売り歩く「夜鷹(よたか)」「夜叫(よなき)」蕎麦が出てくるが、現代では見られない。