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スーパーストロングマシン

おれはひらたじゃねえよ

「こんなしょっぱい試合ですいません!」
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概要

新日本プロレス所属の覆面レスラー
得意技は『魔神風車固め』『マシン・ラリアット』
正式名は『スーパー・ストロング・マシン』だが、中黒が付けられていない状態で投稿されたイラストが多いためである。

最近は限定出場にとどまってはいるが、1984年の登場から常に第一線で活躍し続け、大きく頑丈な体躯と長いキャリアを生かした重厚なレスリングスタイル、また、三日月のような口が特徴のマスクは後にPRIDEでブレイクした桜庭和志高山善廣杉浦貴といったトップレスラーが入場時に被ってアピールするなどの多大な影響を与えた。

初登場~マシン軍団時代

1984年8月、マネージャーの将軍KYワカマツこと若松市政(現北海道芦別市議)が操る刺客のマスクマン『ストロング・マシーン(後にマシーン1号に改名)』として初登場。喋り出すと「ギギギ…ガガガ…」と機械音が鳴り響くというギミック(設定)だった。
同年9月、福岡でのメインイベントでアントニオ猪木とのシングルマッチでデビュー戦を果たす。
以降、戦慄と殺戮の『マシン軍団』の筆頭として新日マットを揺さぶる存在となった。
しかし、翌年の1985年4月藤波辰爾(当時辰巳)との一戦で若松の凶器攻撃による誤爆が原因で仲間割れとなり、その後現在の『スーパー・ストロング・マシン』名義となる。

改名後~

ヒロ斎藤高野俊二と『カルガリーハリケーンズ』というユニットを結成、1986年全日本プロレスに参戦。
1987年、古巣の新日プロに復帰、当時長州力の「俺らが今時代を変えるんだ!」という世代闘争の呼びかけに応じ『NEWリーダー軍』を結成して、長州、藤波、前田日明らと共闘した。
1994年10月、武闘派宣言(所謂ヒール転向)した蝶野正洋と組み、SGタッグリーグに出場したが、1人ずつの入場、タッチ拒否、ラリアットケンカキックの誤爆と、常に仲間割れの状態の中、白星を積み重ねるという異様な展開で決勝に進出する。
しかし、ここでもタッチ拒否や蝶野の得意技であるSTFを決めた際にカットされるなど、蝶野の横暴な振る舞いを散々受けた挙句、ついに堪忍袋の緒が切れたマシンは蝶野にラリアットを見舞った直後、マスクを脱ぎ顔に叩きつけてその素顔を露にした。
この行動により蝶野は試合放棄でリングを去り、孤立した素顔のマシンは武藤敬司ムーンサルトプレスにフォール負け。試合後「こんなしょっぱい試合ですいません!」とファンに謝罪した。
後年「しょっぱい試合で……」は、不甲斐無い試合をしたレスラーを揶揄するマイクパフォーマンスとして使われた。

お前、平田だろ!?

1985年5月17日、熊本で藤波の試合後に乱入したマネージャー若松を蹴散らして救出したが、「お前、平田だろ!?」と、藤波の口から、マシンの正体が3年前、カナダ・カルガリーの遠征を最後に消息を絶ったレスラー平田淳嗣(当時淳二)ではないかと、マイクパフォーマンスで公然の秘密を暴露されてしまう。
しかもその内容はTV中継されていた。
大観衆の前とTV中継という中、マスクマンの正体を暴くというプロレス界最大のタブーをやってしまった藤波の前でタオルを頭から被ったままマスクを脱いだマシン。
その時の心境は察するに余りあるのかもしれない(?)

悪いかい?

俺はテメエみたいにな、マスク取って惨めな姿にならないからな!!
ジョージ高野との一戦を前にインタビューでそう言い放ったマシン。
俺はお前みたいにな、自分からマスク取ってな、恥ずかしい事は出来ねえんだよ!!
俺は一生コレでレスラーとしてやって行くよ!!
しかし直後、アナウンサーから次の質問が……
「それは、ジョージ高野がかつては、マスクマン(ザ・コブラ)だったという事ですか?」
その言葉に閉口したマシンは以下の一言を放つのだった。
……そうだ。悪いかい?
藤波との一件とは対照的に相手がマスクマンだった過去をうっかり洩らしてしまうマシンって……

入場テーマ


ハリケーンズ・バム 福来良夫(平沢進の別名義)

外部リンク

新日本プロレス公式サイト内 選手名鑑

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