プロフィール
生年月日 | 1994年5月12日 |
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英字表記 | Fast Friend |
性別 | 牝 |
毛色 | 栗毛 |
父 | アイネスフウジン |
母 | ザラストワード |
母の父 | ノーザンテースト |
生産 | 中前牧場(北海道沙流郡門別町) |
馬主 | 竹崎大晃 |
調教師 | 高市圭二(美浦) |
主戦騎手 | 蛯名正義、柴田未崎など |
戦績 | 38戦15勝(JRA24戦7勝+地方競馬14戦8勝) |
獲得賞金 | 6億6126万円 |
表彰 | NARグランプリ特別表彰馬(2000年) |
父は1990年の日本ダービーをレコードタイムで逃げ切り勝ちするも、脚部不安でダービー限りで引退したアイネスフウジン。
ノーザンテースト産駒の母ザラストワードは現役時20戦4勝。アイネスフウジンと同い年かつ、美浦・加藤修甫厩舎の同僚という間柄だった。
アイネスフウジンは種牡馬として思うような結果が出ず引退が検討されていたが、本馬の活躍により種牡馬継続の判断が下っている。
戦歴
デビューは大きく遅れ、4歳(現3歳)となった1997年5月の未勝利戦。芝1600m戦で9着に敗れ、2戦目からダートに転向、以後はダートに専念した。
その後、5歳(現4歳)シーズンの1998年末までに13戦4勝。1600万円下(現在の3勝クラスに相当)から上に行けずにいる条件馬という立場だった。
しかし、6歳(現5歳)の1999年年に覚醒。4月にマリーンカップ(GⅢ・船橋)を重賞初挑戦で制覇すると、秋にかけてスパーキングレディーカップ(GⅢ・川崎)、エンプレス杯(GⅡ・川崎)、クイーン賞(船橋・GⅢ)とこの年だけで統一重賞4勝。GⅠ初挑戦となった年末の東京大賞典も2着に食い込んだ。
7歳(現6歳)となった2000年もダート戦線の中核として活躍。5月には東海ステークスで初のJRA重賞制覇、そして6月には帝王賞を制しGⅠ初制覇。年末の東京大賞典でGⅠ2勝目を挙げた。なお、東京大賞典を牝馬が制したのは現時点ではファストフレンドのみである。
この2000年は9戦5勝・交流GⅠ2勝。JRA賞最優秀5歳牝馬の座こそ、引退レースでエリザベス女王杯を制したファレノプシスに譲ったものの、NAR(地方競馬全国協会)グランプリ特別表彰馬に選出された。
2001年(馬齢表記変更によりこの年も7歳)も現役を続行するも、この年は衰えを隠せず。
4月のオグリキャップ記念(GⅡ・笠松)では1番人気に推されるも、逃げを打ったハカタビッグワンを捉え切れず3着。地元笠松の伏兵がGⅠ2勝馬に大金星という状況に興奮したアナウンサーの声が裏返り「ファストフレンドは届かにゃい!」と実況してしまったのが、皮肉にもファストフレンドの代名詞となってしまった。
6月の帝王賞11着を最後に現役を退いた。
主要勝ち鞍
JRA+統一重賞計9勝。中団待機からの直線抜け出しが主戦法だった。
牡馬との差が激しいダートにおいて、牝馬でありながら混合のGⅠ級を複数勝つという牡馬顔負けの実力の持ち主であった。
1999年4月:マリーンカップ(船橋・GⅢ〔現JpnⅢ〕、ダ1600m)
1999年6月:スパーキングレディーカップ(川崎・GⅢ〔現JpnⅢ〕、ダ1600m)
1999年7月:エンプレス杯(船橋・GⅡ〔現JpnⅡ〕、ダ2100m)
1999年10月:クイーン賞(船橋・GⅢ〔現JpnⅢ〕、ダ1800m)
2000年7月:エンプレス杯(船橋・GⅡ〔現JpnⅡ〕、ダ2100m)※連覇
2000年11月:東海菊花賞(名古屋・GⅡ〔現SPⅠ〕、ダ2500m)
2000年12月:東京大賞典(大井・GⅠ、ダ2000m)
引退後
引退後は故郷の中前牧場で繁殖牝馬となり、その後ノーザンファームに繋養された時期もあった。3番仔・フォーティファイド(大井競馬で大井記念・金盃の重賞2勝)が代表産駒である。
2017年の出産を最後に繁殖から退き、現在は故郷で若駒の指導役となるリードホースを務めている。