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ベレル

さんだいひゃくまんえん

いすゞ自動車が製造・販売を行っていた自動車の車種のひとつ。
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概要

いすゞイギリスのルーツ・グループとの技術提携で国産化されたヒルマンミンクスの(ノックダウン→)ライセンス生産の経験を生かすべく開発、1961年10月16日に発表され、その年の全日本自動車ショウに出品された。

ヒルマン・ミンクス(PH100)
ベレル


(左の画像は、ヒルマンミンクス・最終型)

ところが藤沢市に新工場を設けたのはよかったのだが、不慣れな試験工が精度の低い部品を作ってしまい、生産立ち上げの1962年1月には1台も完成しなかった。さらに外注化した部品などにも不具合が矢継ぎ早に発生し、1962年4月の発売も、南関東地方愛知県近畿地方のごく一部に限られた。1963年1月になって初期トラブルが解決、同年5月には月産1500台に達し、ようやく全国発売に至った。

この車は日本初の2000ccガソリンエンジン搭載乗用車だった(初期は1500cc車もあったが、すぐに消滅。終始、4気筒エンジンのみだった)。
初期のスタイルは逆三角形のテールを特徴にしたシンプルなものだったが、後期は一転して縦目ライトをメインにしたやや派手なものになった。また、ライトバン型の「エキスプレス」も売られていた。

日本の乗用車ではトヨペット・クラウンに次いでディーゼルエンジンを搭載したことで知られる。ただしクラウンに関しては初代モデルの一時期にしか設定されなかった(ベレルの製造・販売終了後の1978年9月に再設定、この時は5代目)。
ディーゼルエンジンの経済性の高さを買われ、タクシーや自動車学校の教習車として需要を占めた。
さらにこのこのディーゼルエンジン故に、1962年度日本機械学会賞を受賞している。
ただ、自家用需要が伸びなかったうえ、2トントラック用のディーゼルエンジンの転用したものであったが故に、騒音や振動の大きさは乗用車としては到底無視できないものであり、タクシードライバーから嫌われてしまう。導入したタクシー会社が「ベレル乗務手当」を出した例もあったという。
結局LPガス自動車に駆逐されてしまいタクシー需要は伸びず、後期車が没個性的なスタイルとなった上、さらにはライバル達が競って導入したSOHC直結6気筒エンジン、自動変速機(オートマチック)、パワーウインドウのいずれも用意されないベレルは、クラウン、グロリア、さらに1965年にフルモデルチェンジしたセドリックなどにシェアを奪われ、完全に売れなくなってしまう。

不人気車となったベレルは、末期には在庫処分目的で「3台で100万円の捨て値で売られていた」という都市伝説まで生んでしまい、1967年5月に総生産台数37,206台で製造・販売を打ち切った。後継車はフローリアン

なお、生活費以外の収入を橘学苑に寄付し、質素な生活を送っていた土光敏夫の愛車としても知られた。土光敏夫は1965年に東京芝浦電気(現在の東芝)の社長に経営再建のために就任し、「叩き売りのベレル」を公用に使用することで東芝の経費削減に努めた。1974年には日本経済団体連合会の第4代会長に就任。

映像作品にて

あのように散々な目に遭い続けた一方、映像作品では「名役者」ぶりを発揮した車ではある。

前期型は東映制作のTVドラマである『ヘッドライト』→『青年弁護士』(1962年10月から1963年3月にかけて日本テレビなどで放送)で、中山昭二演ずる伊達一郎の愛車として活躍した(ちなみに本作はいすゞの一社提供番組)。
また映画でも1964年に日活の『東京五輪音頭』でタクシーの他にもエキスプレスが活発に動き(白黒だが、当時のディーラー[=販売店]の映像も観る事が出来る)、同年公開された東宝の『国際秘密警察 火薬の樽』ではクライマックスのカーアクションでもセダンが颯爽と活躍していた。
さらに集団アクションものの古典である大映テレビ室制作・TBS系列で放送の『ザ・ガードマン』79話ではエルフィンをベースにした現金輸送車を出した兼ね合いからか、後期型セダンが犯人車として使われた。

また、秋本治によるスラップスティックコメディ漫画の傑作「こちら葛飾区亀有公園前派出所」にて、両さんの上司・大原部長の愛車として登場したことがある。

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