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南ベトナム

みなみべとなむ

1954~1975までインドシナ半島南東部に存在した体制。
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概説

 第二次世界大戦からベトナム戦争終了までベトナム南部に存在した国家。それに関連するイラストに付けられるタグ。首都はサイゴンに存在した。

歴史

成立以前

 第二次世界大戦のさなか、ベトナム独立を認められベトナム帝国が成立したものの、ラオスカンボジアとの領土紛争が発生したことおよび大日本帝国の敗戦によりきちんと独立はできなかった。
 そして戦後、北部は中国国民党が、南部はイギリスが占領したが、後にフランスと交代している。
 北部は戦争中からレジスタンス活動をしていたホー・チ・ミン率いるベトミンにより、ベトナム民主共和国が実質支配していた。

ベトナム国成立および独立戦争

 南部に関してはプランテーションなどが存在しフランスが利権を持っていたため、コーチシナ共和国という傀儡政権を作成、利害が対立したためベトナム独立戦争が発生した。
 フランスはゲリラとなったベトミンに苦戦、その上戦闘により肉体的、精神的にダメージを受けた兵士を見て海外派遣が禁止され、このままではソビエト連邦中華人民共和国の援助を受け手をつけられなくなる、と考えたフランスはラオスカンボジアを独立させ、アメリカの支援を受けた。このときベトナム国が成立している。
 1956年、フランスは敗北を認め、北緯17度線を境界として分割し、選挙により政権を決定するという条約を結んだ。

ベトナム共和国

 ところが、「共産主義国家を存在させると周辺国までも共産主義国家となる」というドミノ理論を信じたアメリカ合衆国はこの条約には参加せず、傀儡を続行し、選挙も行わず、ベトナム国から融和派をたたき出し貴族出身で首相であったゴ・ディン・ジェムを首班とするベトナム共和国を成立させた。
 ところが、この人物「国民から乖離しており、しかもジエム本人以上に好ましくない人物に取り巻かれている」とアメリカで言われるほどアレな状態であり、しかも自分の信仰するカトリックを優遇するあまり仏教徒を弾圧するなどの行為を行った。
 また、その不安定さを見た元ベトミンが1960年に南ベトナム解放民族戦線を成立させ、ベトナム戦争を開始する。
 それらの行為もあり、この人物が1963年、軍部によるクーデターにより暗殺された。この行為に当時のアメリカ、CIAの支持は確実であり、アメリカ合衆国大統領であったジョン・F・ケネディなどの中枢部がかかわったという説もある。
 ただし、その後軍部のクーデターが頻発、戦争中にもかかわらず国内は不安定な状況となった。
 しかもその状況でベトナム戦争がアメリカ介入により激化、大変な状況となった。
 また、1968年以降は泥沼化する情勢に国内外から非難の声が上がり、アメリカ軍が手を引き始めた。
 そのような状態、かつ政権中枢部の腐敗、たとえば麻薬の売買などもあり、国内はさらに乱れ、このような状況であるため、人民、特に地方の人間の信頼はないため、そのような状況ではいくらアメリカ軍援助していようとも、民衆の支援を得て、敵から技術および鹵獲物資の支援を受けさらに長い間ゲリラ戦を行い続けていたベトナム民主共和国および南ベトナム解放民族戦線には勝ち目はないわけである。
 そして1973年に停戦が示されたものの、北ベトナムはそれを守らなかったこと、さらにアメリカが無責任にも手を引いたため、1975年に首都は占領され、国は滅亡した。
 結局のところ傀儡政権を立てた側に人を見る目がなかった、ということに尽きる。

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ベトナム ベトナム戦争 冷戦

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