概要
元々は総合雑誌〈改造〉のために書かれた作品だったが、その内容があまりにもアレだったために恐れをなされ、探偵小説専門の娯楽雑誌〈新青年〉ならいいだろうとそちらに回されて1929(昭和4)年1月号に掲載。
ただしその〈新青年〉でも伏字だらけでの公開になった(ちなみに当時の編集長はシャーロック・ホームズものの翻訳者としても知られる延原謙)。
戦局の悪化に伴う軍部や情報局による検閲強化で伏字や一部削除処置を余儀なくされた乱歩作品は多かったが、後に作品集として出版される際に「ハッキリと発売禁止を命じられたのは、この『芋虫』だけであった」(『探偵小説四十年』より)。
ただし乱歩の本は戦時中ほぼ全て重版がなされず事実上絶版の形で、この作品だけに限らず販売されることは無かったのだが(下記「余談の余談」も参照)。
内容紹介
短い小説のため、筋らしい筋はあまりない(あとここでは話の核心部及びオチのネタバレ回避)。
戦場からある形で「未曽有の奇談」な帰還を果たした須永中尉と、その妻の時子が、中尉の元上官鷲尾予備少将屋敷の「二人にとって唯一の世界」な離れ屋で過ごす奇怪奇妙極まりない夫婦生活と、その両者複雑な愛憎の結末をえがいた作品。
背景と余談
結果として探偵小説雑誌に掲載された小説ではあるが、作者自身「探偵小説ではない」と否定しているように謎解き要素は全くなく、いわゆる乱歩の「変格」性が存分に発揮された作品。
この作品の発表直後、「左翼方面から激励の手紙が幾通か来た。反戦小説としてなかなか効果的である、今後もああいうイデオロギーのあるものを書けというのである」。
しかし乱歩は「反戦的な事件を取り入れたのは、偶然それが最もその悲惨を語るのに好都合な材料だったからにすぎない」とし、「極端な苦痛と快楽と惨劇とを描こうとした小説で、それだけのものである」。
〈新青年〉掲載時には延原編集長から「このタイトルだと(本物の)虫の話みたいだ」との意見が出され、『悪夢』と改題されている(後に乱歩個人全集収録に際して元へ戻された)。
乱歩曰く「(『芋虫』という表題は)魅力がないといわれたが、そっちの方がよっぽど平凡で魅力がないと思った」。
後に乱歩は「少年探偵団」シリーズの一作『奇面城の秘密』内にてこのセルフパロディ(?)を行っている。
「いもむしごろごろ」「五ひきのいもむしが、六ぴきにふえました」‥‥ある意味悪趣味すぎてもう何も言うまい(しかもこちらは一応少年物作品‥‥)。
余談の余談
乱歩の盟友でありライバルでもあった横溝正史は彼の死後、以下の逸話を新聞連載エッセイ『真説 金田一耕助』で紹介している。
・横溝が戦時中の隣組活動中、「この時代でもあの人の全集なら売れるという作家は誰?」という話題が出て、作家片岡鉄兵の「谷崎潤一郎」の意見に一同まず賛成。そこへ横溝が「乱歩さんはどうだろう?」と切り出すと、「そうだそうだ、乱歩がいた。彼の全集なら売れる」と一同また納得したという。
横溝曰く「この2人こそ当時軍や情報局から最も睨まれていた作家だった」。
・戦後になって横溝が『犬神家の一族』連載を開始することになった時、乱歩に会うと、
乱:「君、今度『犬神家の一族』というのを書くだろう。ぼく犬神だの蛇神だの大嫌いだ」
横:「いや、小説に犬神も蛇神も出てけえしまへん。『山田家』や『小林家』やったら平凡やさかい、(タイトルで)人を嚇かしたろ思て犬神家にしたんです」
乱:「ぼく犬神だの蛇神だの大嫌いだ」(くり返し)
‥‥おあとがよろしい(?)ようで。
関連リンク
(2024年現在まだこの作品は未収録。様々な形で出版されているので探すのはそう苦労しない筈)