概要
マジャル語(magyar nyelv)は、現在はハンガリー及びセルビア・ヴォイヴォディナ自治州にて公用語となっているフィン・ウゴル語派の言語である。
ハンガリーでは住民の93.6%(2002年)のマジャル人がマジャル語を話し、国語化している。旧来は洪語と略した(オーストリア=ハンガリー帝国は墺洪帝国と記載されることもあった)。
ハンガリーを中心とした周辺の国々(スロバキア、ルーマニア・トランシルバニア地方、セルビア・ヴォイヴォディナ自治州、オーストリア中・東部の一部、チェコ・モラビア地方南端部の一部、スロベニア東部、クロアチア(西部を除く)、モルドバ西端部、イタリア北東端部の一部、ポーランド・シロンスク地方を含む南西部の一部、ウクライナ・ザカルパッチャ州など)にも使用者がおり、話者人口はおよそ1450万人で、うちハンガリーに住む人々は1000万人ほどである。
カナダやアメリカ合衆国などのハンガリー系移民共同体の内部でも話される。また、イスラエルでもユダヤ系マジャル人移民の間で話されている。
ウラル語族のフィン・ウゴル語派に分類され、スオミ語(フィンランド語)やエストニア語と同系統の言語であるが、意思の疎通がまったくできないほどの大きな隔たりがある。歴史的経緯からスラヴ諸語やルーマニア語とドイツ語とイタリア語の影響をある程度受けているが、インド・ヨーロッパ語族とは系統が異なり、姓名や日付などの語順もインド・ヨーロッパ語族の言語とは異なる。
系統
マジャル語はウラル語族フィン・ウゴル語派ウゴル諸語に分類され、系統的にはマンシ語やハンティ語に近い。ウラル山麓から遥々西進してきた歴史がうかがえる。
発音
母音
a ɒ: 円唇。英語(イギリス英語)の o の短音とほぼ同じ。
á [aː]非円唇。日本語の「ア」を長く伸ばした音に近い。
e [ɛ]広めのエ
ë [e] アルファベットには含まれない。方言などで狭いエの発音を表記する際に使われる。
é [eː] eの長音だが、eよりもやや狭く、エとイの中間のような音。
i [i]
í [iː] iの長音
o [o]
ó [oː] oの長音
ö [ø]
ő [øː] öの長音
u [u]
ú [uː] uの長音
ü [y]
ű [yː] üの長音
子音
編集
c, dz: ツァ行、ヅァ行の子音。
cs [tʃ], dzs [dʒ]: チャ行、ヂャ行の子音に近い。
f, v
h
j, ly [j]: ヤ行。
k, g
l
m
n
ny [ɲ]: ニャ行。スペイン語の ñ,フランス語、イタリア語の gn.
p, b
r
s [ʃ], zs [ʒ]: シャ行、ジャ行に近い。
sz, z
t, d
ty [c], gy [ɟ]: チャ行、ヂャ行に似るが、キャ、ギャに近くなる。
動詞の語幹末において、一部の子音は動詞の定活用もしくは命令形に現れる -j によって別の長い子音に発音のみが変化する。
d / gy + j→ [ɟ]または[ɟː]
t / ty + j→ [c]または[cː]
n / ny + j→ [ɲː]
l / ly + j→ [jː]
一部の子音は、発音のみでなく綴りも変化する。
s + j→ ss
z + j→ zz
sz + j→ ssz
命令形においてのみ変化する綴りには、次のようなものがある。
(-e / -a)t + j → ss
szt + j → ssz
(í)t + j → ts
文字
現在、主にラテン文字を文字表記方法として採用しているが、近年、古来のマジャル文字(ロヴァーシュ文字)の使用も広がっている。また、ラテン文字の母音を書記素として表記する際に、いくつかの区分符号を使用している。
文法
マジャル語は、形態的には膠着語に分類され、母音調和の原則を持つ点で、同じウラル語族のスオミ語(フィンランド語)や、アルタイ諸語と呼ばれるトルコ語、カザフ語、モンゴル語、また朝鮮語や日本語などとも共通する特徴を持つ。
膠着語であるマジャル語における名詞の格変化は、名詞に20種類近くある格を示す接尾辞(格語尾)を膠着させて示す。
また、所有接尾辞を名詞の語尾に膠着させてその名詞の所有者を示す。例を挙げると、
ház (家)
ház-am (私の-家)
ház-ad (あなたの-家)
ház-a (彼、彼女の-家)
ház-unk (私たちの-家)
ház-atok (あなた方の-家)
ház-uk (彼ら、彼女らの-家)
のようになる。
動詞の活用には定活用と不定活用の二種類がある。目的語をとり、その目的語が三人称もしくは定冠詞を伴うものであれば、動詞は定活用を行い、それ以外ならば不定活用を行う。
語の母音は、調音(発音)するときの舌の位置によって前母音(i, e, ö, ü)と後母音(a, u, o)の二種類に分類され、またそれぞれの母音に音価が短、長の二種類があって、区分符号(´ ˝)を付けて区分する。前母音のうちö, üを特に円唇母音と言う。
また、膠着語であるマジャル語の母音調和は、ある語(名詞や動詞の語幹など)の末尾に、付属語(格語尾や所有接尾辞などの名詞接尾辞や、動詞の活用語尾)を膠着する際に、接尾される語の母音によって接尾辞の母音が影響を受けるという形であらわれる。このため、マジャル語の接尾辞には、数種類の異なった形が存在する。
例えば、方向格(~の上へ)を示す格語尾は、
- re (前舌母音を持つ語に付属)
- ra (後舌母音を持つ語に付属)
の二種類の形がある。
外来語や複合語(例えば、Buda と Pest からなる複合語 Budapest(ブダペシュト))など、前母音と後母音の両方を持った語に付属語が膠着する場合は、その語の最後の音節にある母音に調和する。Budapest の場合は、前母音の'e'が最後の母音であるから、必ず前母音の接尾辞が膠着し、Visegrád(ヴィシェグラード)の場合は、後母音の'á'が最後の母音であるから、必ず後母音の接尾辞が膠着する。
つまり、地名のブダ、ペシュト、ブダペシュト、ヴィシェグラードにそれぞれ日本語の「~へ」にあたる付属語をつける場合、
Budára < Budá-ra
Pestre < Pest-re
Budapestre < Budapest-re
Visegrádra < Visegrád-ra
と母音調和を行う。
用例
マジャル語では、単語の強勢は常に第一音節に置かれる。
ハンガリー(人/語): magyar [mɒɟɒr]
こんにちは:
知らない相手に対して、丁寧な言い方: "よい日を(願います)": Jó napot (kívánok)! [joːnɒpot kiːvaːnok]](kí- は短音で発音されることもある)
よく知っている相手に対して、くだけた言い方: Szia! [siɒ] (発音は、アメリカ英語における、"See ya!"によく似ている。そのため、英語に由来するという人もいる。別れの挨拶としても用いられる)
Helló!(同じくくだけた言い方としてよく用いられる。英語とは違い、別れの挨拶としても用いられる)
さようなら: Viszontlátásra! (丁寧な言い方) (see above), Viszlát! [vislaːt] (やや丁寧)
すみません: Elnézést! [ɛlneːzeːʃt]
お願いするとき:
Kérem (szépen) [keːrɛm seːpɛn] (直訳では、「美しくお願いします」といったニュアンス。ドイツ語におけるBitte schönと似ている。次にあげられる、より一般的な丁寧表現も参考のこと。)
Legyen szíves! [lɛɟɛn siːvɛʃ] (直訳: "親切にしてください!")
~が欲しいのですが(丁寧な言い方): Szeretnék ____ [sɛrɛtneːk] (これは仮定形を用いた表現である。仮定形は丁寧なお願いをするときに一般的に用いられる。)
ごめんなさい: Bocsánat! [botʃaːnɒt]
ありがとう: Köszönöm [køsønøm]
あれ/これ: az [ɒz], ez [ɛz]
いくらですか?: Mennyi? [mɛɲɲi]
いくら支払ったらよいですか?: Mennyibe kerül? [mɛɲɲibe kɛryl]
はい: Igen [iɡɛn]
いいえ: Nem [nɛm]
わかりません: Nem értem [nɛm eːrtɛm]
知りません: Nem tudom [nɛm tudom]
トイレはどこですか?:
Hol van a vécé? [holvɒnɒ veːtseː] (vécé [veːtseː] はハンガリー語における「WC」の発音)
Hol van a mosdó? [holvɒnɒ moʃdoː] – より丁寧な言い方
いただきます: Egészségünkre! [ɛɡeːʃʃeːɡynkrɛ] (直訳では、"私たちの健康のために!")
ジュース: gyümölcslé [ɟymøltʃleː]
水: víz [viːz]
ワイン: bor [bor]
ビール: sör [ʃør]
お茶(紅茶): tea [tɛɒ]
牛乳: tej [tɛj]
英語を話せますか?: Beszél angolul? [bɛseːl ɒngolul] 疑問文は正しい抑揚によってのみ表現される。具体的には、最後の一つ前の音節まで上昇したのち、最後の音節に向かって下降する。
あなたを愛しています: Szeretlek [sɛrɛtlɛk]
助けて!: Segítsen! [ʃɛgiːtʃɛn]
主な単語
体の部位
意味 | 単数形 | 複数形 |
---|---|---|
頭 | フェイ / Fej | フェイェク / Fejek |
髪 | ハイサール / Hajszál | ハイサーラク / Hajszálak |
首 | ニャク / Nyak | ニャカク / Nyakak |
腕 | カル / Kar | カロク / Karok |
肘 | ケニェク / Könyök | ケニェケク / Könyökök |
手 | ケーズ / Kéz | ケゼク / Kezek |
指 | ウッイ / Ujj | ウッヤク / Ujjak |
爪 | ケレム / Köröm | ケルメク / Körmök |
拳 | エケル / Ököl | エクレク / Öklök |
胸 | メルカシュ / Mellkas | メルカショク / Mellkasok |
乳房 | エムレー / Emlő | エムレーク / Emlők |
腹 | ハシュ / Has | ハシャク / Hasak |
腰 | デレーク / Derék | デレカク / Derekak |
尻 | フェネーク / Fenék | フェネケク / Fenekek |
脚 | ラーブ / Láb | ラーバク / Lábak |
腿 | ツォンブ / Comb | ツォンボク / Combok |
膝 | テールド / Térd | テールデク / Térdek |
足 | ラーブフェイ / Lábfej | ラーブフェイェク / Lábfejek |
戦闘
意味 | 単数形 | 複数形 |
---|---|---|
攻撃 | ターマダーシュ / Támadás | ターマダーショク / Támadások |
パンチ | ユテーシュ / Ütés | ユテーシェク / Ütések |
キック | ルーグ / Rúg |
自然
意味 | 単数形 | 複数形 |
---|---|---|
太陽 | ナプ / Nap | |
月 | ホルド / Hold | ホルダク / Holdak |
星 | チッラグ / Csillag | チッラゴク / Csillagok |
火 | テューズ / Tűz | テュゼク / Tüzek |
水 | ヴィーズ / Víz | ヴィゼク / Vizek |
雷 | ヴィッラーム / Villám | ヴィッラーモク / Villámok |
風 | セール / Szél | セレク / Szelek |
生き物
意味 | 単数形 | 複数形 | |
---|---|---|---|
イヌ | クチャ / Kutya | クチャーク / Kutyák | |
ウサギ | ニュール / Nyúl | ニュラク / Nyulak | |
ウマ | ロー / Ló | ロヴァク / Lovak | |
オオカミ | ファルカシュ / Farkas | ファルカショク / Farkasok | |
ゾウ | エレファーント / Elefánt | エレファーントク / Elefántok | |
ネコ | マチュカ / Macska | マチュカーク / Macskák | |
ヒツジ | ユ / Juh | ユホク / Juhok | |
ヒョウ | レオパールド / Leopárd / パールドゥツ / Párduc | レオパールドク / Leopárdok / パールドゥツォク / Párducok | |
ヤギ | ケチュケ / Kecske | ケチュケーク / Kecskék | |
ライオン | オロスラーン / Oroszlán | オロスラーノク / Oroszlánok | |
鳥 | マダール / Madár | マダラク / Madarak | |
爬虫類 | ヒュッレー / Hüllő | ヒュッレーク / Hüllők | |
トカゲ | ジーク / Gyík | ジーコク / Gyíkok | |
ヘビ | キージョー / Kígyó | キージョーク / Kígyók | |
魚 | ハル / Hal | ハラク / Halak | |
ウナギ | アンゴルナ / Angolna | アンゴルナーク / Angolnák | |
エイ | ラーヤ / Rája | ラーヤーク / Ráják | |
サメ | ツァーパ / Cápa | ツァーパーク / Cápák | |
ジンベエザメ | ツェトゥツァーパ / Cetcápa | ツェトゥツァーパーク / Cetcápák | ツェトゥ=鯨。ツァーパ=鮫。 |
ナマズ | ハルチャ / Harcsa | ハルチャーク / Harcsák | |
軟体動物 | プハテシュテュー / Puhatestű | プハテシュテューエク / Puhatestűek | |
イカ | ティンタハル / Tintahal | ティンタハラク / Tintahalak | ティンタ=墨。ハル=魚。 |
節足動物 | イーゼルトゥラーブー / Ízeltlábú | イーゼルトゥラーブーアク / Ízeltlábúak | |
甲殻類 | ラーク / Rák | ラーコク / Rákok | |
昆虫 | ロヴァル / Rovar | ロヴァロク / Rovarok | |
アリ | ハンジャ / Hangya | ハンジャーク / Hangyák | |
オオツチグモ | マダールポーク / Madárpók | マダールポーコク / Madárpókok | マダール=鳥。ポーク=蜘蛛。 |
ガ | エーイサカイレプケ / Éjszakai Lepke | エーイサカイレプケーク / Éjszakai Lepkék | エーイサカイ=夜の。レプケ=蝶。 |
カニ | ラーク / Rák | ラーコク / Rákok | |
クモ | ポーク / Pók | ポーコク / Pókok | |
サソリ | シュコルピヨー / Skorpió | シュコルピヨーク / Skorpiók | |
チョウ | ナッパリレプケ / Nappali Lepke / レプケ / Lepke / ピッランゴー / Pillangó | ナッパリレプケーク / Nappali Lepkék / レプケーク / Lepkék / ピッランゴーク / Pillangók | ナッパリ=昼の。レプケ=蝶。 |
ヤドカリ | レメテラーク / Remeterák | レメテラーコク / Remeterákok | レメテ=隠者。ラーク=蟹。 |