概要
言語をその起源に基づいて系統別に分類したグループの一つで、印欧語族ともいう。元来はインド亜大陸から中東、ヨーロッパにかけてこのグループの言語が分布していたが、大航海時代以降ヨーロッパ諸国が世界各地に進出した結果、現在では世界ありとあらゆる地域でこの系統の言語が話されている。
起源については学説により意見が割れているが、クルガン説(現在のウクライナあたり発祥)とアナトリア説(現在のトルコにあたる場所が発祥)が存在し、そこから欧州・中東・インドへ伝播して数千年かけて分岐進化していったとみられている。
ヨーロッパの主要言語の大半はこれに属する。ただし全てというわけではなく、欧州諸国の公用語で印欧語族に属さない例としてはウラル語族のフィンランド語・エストニア語・ハンガリー語やアフロ・アジア語族のマルタ語がある。
特徴
セム語同様の屈折語であり、英語のように近年文法構造が単純化した言語を除いて動詞が主語の人称に応じて活用する。このことから、主語が代名詞である場合その主語は本質的に不要であり、省略される。とはいえすべての言語が主語を省略できる訳ではなく、中にはフランス語のように当該活用が表記上のものに限られ発音上の区別を喪失した言語や、ドイツ語のように構文上主語の省略ができない言語、英語のようにそもそも活用自体が衰退して主語を明示しなければ誰が話しているのかわからない言語もあるため、話者視点で見た利便性が損なわれる変化をしてしまったものもある。
同様に名詞もその機能(主語か述語か、あるいはどのような位置関係を示すか)に応じて格変化する。とはいえ印欧語が本来有していた多彩な格変化パターン(一例としてサンスクリット語は8種類の格を使い分けている)を現在でも保持しているものはロシア語やベンガル語など少数であり、ほとんどは多くとも4~5パターン程度の変化しか残っていない(代わりに前置詞や後置詞といった位置関係を示す単語を伴う形に移行しているものがほとんど)。中には英語やフランス語のように前置詞にしか格変化の残っていない言語や、ペルシア語のように格変化そのものが完全に消失してしまっている言語もある。
名詞には性が存在し、その性は概ね生物学的な雌雄の概念に呼応する(シュメール語のような「神」「人間」「それ以外」といったジェンダー、日本語のような生物、非生物といったジェンダーではない)。ドイツ語の「Mädchen」のようなごく一部の例外を除いて、その名詞の示すものが生物学的性別を有している場合、名詞の性はその生物学的性別とよく一致する(名詞の性と対象物の性別が全く無関係なセム語との顕著な相違点でもある)。
数詞や一部の原始的な名詞(avispaなど)は語派を超えて類似点が多く、分化からそれほど歴史が経っていないことがわかる。実際、現在も母語話者を有する印欧語の大半(英語、フランス語、スペイン語など)は、他の言語に比べて著しく歴史が浅く、歴史時代の語形変化も頻繁であることからも、まだまだ言語としては分化・発展途上とも言える。
小分類
インド・ヨーロッパ語族に属する言語は、更にその系統の近縁性から以下のような語派に細分化される。
【イタリック語派】
イタリア語、フランス語、スペイン語、ポルトガル語、ルーマニア語など
イタリア半島に起源を持つ言語のグループで、いわゆるラテン系の言語。現在は主に南欧とその影響下にあった旧植民地に分布する。ルーマニア語は現在スラヴ語派が多数派の東欧において例外的にこの系統である。
現存するものはすべてラテン語から派生したものだが、これはローマ帝国の前身にあたる共和制ローマの拡大に伴ってラテン語が各地に普及し、ラテン語以外のイタリック語派の言語はそれによって淘汰されたからである。
一般に「アルファベット」として知られるABC...という文字はラテン文字あるいはローマ字とよばれ、元々は彼らが編み出したものである。
【ゲルマン語派】
ドイツ語、オランダ語、英語、デンマーク語、スウェーデン語、ノルウェー語、アイスランド語、アフリカーンス語など
現在でいうドイツ北部あたりが起源とされる言語のグループ。現在では中欧から北欧にかけて分布するほか、旧英領・蘭領を中心に世界中に伝播している。
かつてはルーン文字という独自の文字を用いていたが、現在ではラテン文字に取ってかわられている。古い形を色濃く残すアイスランド語では、ラテン文字を使用しながらもルーン文字が1文字だけ現役である(ソーン þ という文字で、歯摩擦音つまり英語で言うTHの音を表す)。また、ラテン文字の中でも「W」に関しては英語(アングロサクソン人)によって新しく追加された文字である。本家本元のイタリック語派の言語にWがあまり出てこないのはこういう背景による。
【ケルト語派】
アイルランド語、スコットランド・ゲール語、ウェールズ語、マン島語、コーンウォール語、ブルターニュ語など
現在でいうオーストリアあたりが発祥とされ、かつては西ヨーロッパで広く話されていた言語のグループ。印欧語族の中で最も早く欧州西岸に到達したグループで、ロンドンやパリなど各所の地名の語源ともなっているが、後続のゲルマン語派やラテン語派に追われ、今となってはブリテン諸島やブルターニュ半島にマイノリティ言語として伝わるのみとなっている。唯一アイルランド語は一国の公用語の地位にあるが、実際には多くのアイルランド人は英語を常用しており、日常でのアイルランド語話者は少数派である。
オガム文字という独自の文字を用いていたが、ゲルマン語派同様、ラテン文字に移行した。
【バルト・スラヴ語派】
スラヴ語派:ロシア語、ウクライナ語、ポーランド語、チェコ語、セルビア語、クロアチア語、ブルガリア語など
バルト語派:ラトビア語、リトアニア語
現在でいうウクライナかベラルーシあたりが発祥と目されているグループ。現在では中欧(チェコ・スロバキア)から東欧・バルカン半島に分布するほか、ロシア/ソ連によって中央アジアから北アジアにまで伝播している。
ロシア語をはじめ、ブルガリア発祥のキリル文字を使う言語が多いが、ポーランド以西や旧ユーゴスラビアではラテン文字を使うものも多い。
バルト語派とスラヴ語派は別であるとする主張もあるが、これはバルト諸国がソ連から独立したという経緯による政治的主張が多分に含まれており、学術的には同じあるいは極めて近いグループだと位置付けられている。
【ヘレニック語派】
エーゲ海沿岸に起源を持つ言語のグループ。諸説あるものの、現存する言語でこれに属するのはギリシャ語のみである。隣接するアルバニア語派とは近い関係にあることが指摘されているが、同じ語派とまでは分類されていない。
数式でおなじみのギリシャ文字を言語の表記に使う。
【アルバニア語派】
バルカン半島南部で話される言語のグループ。標準アルバニア語と、周辺諸国のアルバニア系少数民族の言語がいくつか含まれる。一説には古代バルカン西部に住んでいたイリュリア人の言葉の生き残りとされるが、肝心のイリュリア人が用いていた言語についての情報がほとんどない事から立証も反証もできずにいる。
長らく文字は持っておらず、15世紀になって初めてラテン文字により文字表記された。その後オスマン帝国の領土となりアルバニア人の多くがイスラム教に改宗したことで一時はアラビア文字表記もされたが、現在ではラテン文字に戻っている。
【アルメニア語派】
アナトリア半島東部に起源を持つアルメニア語だけで形成される。これは他の同語派の言葉が淘汰されて無くなったということではなく、アルメニア語は印欧祖語から他のいずれとも違う特殊な分岐進化をしたと考えられているために単独で独自の語派とされている。
アルメニア文字という独自の文字を持ち、現在でも用いている。
【インド・イラン語派】
インド語群:サンスクリット語、ヒンディー語、ウルドゥー語、ベンガル語、シンハラ語など
イラン語群:ペルシャ語(タジク語・ダリー語を含む)、クルド語、オセット語など
ヌーリスターン語群
発祥地からみて欧州とは反対方向に伝播した言語のグループで、更に3つの下位分類に分けられている。イラン語群はイラン・タジキスタン・アフガニスタンにかけて、インド語群はさらにその先のパキスタン・インド北半・スリランカにかけて分布する(インド南半は印欧語族ではなくドラヴィダ語族が分布している)。ヌーリスターン語群はそのどちらでもなく、パキスタン〜アフガンにかけての山間に分布する5言語が含まれるが、いずれも話者は少なく消滅が危ぶまれている。
文字は梵字から派生したデーヴァナーガリー文字のようなインド系文字や、イスラム教の伝播によりもたらされたアラビア文字など、それぞれの言語で異なったものを使っていることが多く、一概にこれとは言えない。中にはタジク語のようにソ連に組み込まれた影響でキリル文字を使うものもある。
【その他】
印欧語族には上記以外にも2つのグループが存在したが、現在では消滅している。
アナトリア語派:ヒッタイト語、リュキア語など
アナトリア半島に分布したグループ。アレクサンドロス大王による征服の影響で紀元前1世紀ごろにはヘレニック語派に塗り替えられ全滅したと考えられており、今となっては地名などに僅かな痕跡を残すのみである。
なお、その後アナトリア半島はセルジューク朝やオスマン帝国を経て現在はトルコ共和国になっており、テュルク語族(突厥語族)に属するトルコ語が主に話されている。
トカラ語派:トカラ語(単独)
タリム盆地にて8世紀ごろまで話されたとされる。インド系のブラーフミー文字に似た文字によって記され、仏教の経典などの文献が残っている。アナトリア語派と同じくテュルク語族によって消滅した。現在のタリム盆地ではウイグル語が話されている。
その他、かつてはバルカン半島にもトラキア語やダキア語といった多数の古代言語が存在していたというが、これらについてはあまりにも資料が少ないため、現存するヘレニック語派やアルバニア語派とつながりがあるのか、あるいはどちらとも別系統のグループに含まれるのか判然としないものだらけである。