概要
言語をその起源に基づいて系統別に分類したグループの一つで、漢字表記の略を用いて印欧語族ともいう。その名の通りインドからペルシアを経てヨーロッパまで分布する語族であるが、大航海時代以降はヨーロッパ諸国が世界各地に進出し彼らの言語を普及させたため、現在では世界ありとあらゆる地域でこの系統の言語が話されている。
特に、
- 事実上の世界共通語の地位を獲得した英語
- 世界トップクラスの大人口地帯である南アジアのヒンディー語やベンガル語
- 中南米で広く話されるスペイン語・ポルトガル語
- 人口増加著しいアフリカ諸国で共通語を担うフランス語
- 世界最大の国ロシアを中心に広大な旧ソ連で話されるロシア語
- ロシア以西の欧州で最大人口を持つドイツとその周辺諸国で話されるドイツ語
など、億単位の話者数を持つ言語が数多く含まれており、語族単位では地球人口の約半分が属する圧倒的に最大の集団となっている。
印欧語族の起源については学説により意見が割れているが、現在のロシア南部からウクライナあたりを発祥とする「クルガン仮説」と、現在のトルコにあたるアナトリア半島を発祥とする「アナトリア仮説」がある。どちらにせよ黒海周辺が起源とおぼしく、そこから西はヨーロッパ、東はペルシア・インドへと伝播して数千年かけて分岐進化していったとみられている。
「インド・ヨーロッパ」と名を冠するだけあってヨーロッパの言語の大半はこれに属している。ただしヨーロッパの言葉の全てが印欧語というわけではなく、国の公用語レベルでは
が非印欧語として知られている。
他にも地方言語・少数民族レベルとしては、ウラル山脈以西のヨーロッパロシアにもウラル語族の言語が複数あるのに加え、スペイン・フランス国境付近で話されるバスク語は同系統の言語が他に知られていない「孤立した言語」である。
またインドに関しても全土で印欧語族が主流なわけではない。南部で主流のタミル語やテルグ語などは、印欧語族の流入以前からインドに先住し、かつてインダス文明を築いていたと考えられているドラヴィダ語族である。
特徴
セム語同様の屈折語であり、英語のように近年文法構造が単純化した言語を除いて動詞が主語の人称に応じて活用する。このことから、主語が代名詞である場合その主語は本質的に不要であり、省略される。とはいえすべての言語が主語を省略できる訳ではなく、中にはフランス語のように当該活用が表記上のものに限られ発音上の区別を喪失した言語や、ドイツ語のように構文上主語の省略ができない言語、英語のようにそもそも活用自体が衰退して主語を明示しなければ誰が話しているのかわからない言語もあるため、話者視点で見た利便性が損なわれる変化をしてしまったものもある。
同様に名詞もその機能(主語か述語か、あるいはどのような位置関係を示すか)に応じて格変化する。とはいえ印欧語が本来有していた多彩な格変化パターン(一例としてサンスクリット語は8種類の格を使い分けている)を現在でも保持しているものはロシア語やベンガル語など少数であり、ほとんどは多くとも4~5パターン程度の変化しか残っていない(代わりに前置詞や後置詞といった位置関係を示す単語を伴う形に移行しているものがほとんど)。中には英語やフランス語のように前置詞にしか格変化の残っていない言語や、ペルシア語のように格変化そのものが完全に消失してしまっている言語もある。
名詞には性が存在し、その性は概ね生物学的な雌雄の概念に呼応する(シュメール語のような「神」「人間」「それ以外」といったジェンダー、日本語のような生物、非生物といったジェンダーではない)。ドイツ語の「Mädchen」のようなごく一部の例外を除いて、その名詞の示すものが生物学的性別を有している場合、名詞の性はその生物学的性別とよく一致する(名詞の性と対象物の性別が全く無関係なセム語との顕著な相違点でもある)。
数詞や一部の原始的な名詞(avispaなど)は語派を超えて類似点が多く、分化からそれほど歴史が経っていないことがわかる。実際、現在も母語話者を有する印欧語の大半(英語、フランス語、スペイン語など)は、他の言語に比べて著しく歴史が浅く、歴史時代の語形変化も頻繁であることからも、まだまだ言語としては分化・発展途上とも言える。
小分類
インド・ヨーロッパ語族に属する言語は、更にその系統の近縁性から以下のような語派に細分化される。
イタリック語派
ラテン語、イタリア語、フランス語、スペイン語、ポルトガル語、ルーマニア語など
イタリア半島に起源を持つ言語のグループで、いわゆるラテン系の言語。現在は主に南欧とその影響下にあった中南米やアフリカなどの旧植民地に分布する。ルーマニア語は現在スラヴ語派が多数派の東欧において例外的にこの系統である。かつてはウンブリア語などラテン語以外のイタリック語も存在していたが、共和制ローマの拡大に伴いラテン語以外は全て淘汰されてしまった。したがって上記のような現在あるイタリック語はすべてラテン語を祖とする。一般に「アルファベット」として知られるABC...という文字はラテン文字あるいはローマ字とよばれ、元々は彼らが編み出したものである。
ゲルマン語派
ドイツ語、オランダ語、英語、デンマーク語、スウェーデン語、ノルウェー語、アイスランド語、アフリカーンス語など
現在でいうドイツ北部あたりが起源とされる言語のグループ。現在では中欧・北欧・ブリテン諸島にかけて分布するほか、英語に関してはアメリカ合衆国を筆頭に多くの旧英国植民地で話され、国際共通語として世界中に多数の話者を抱えている。
かつてはルーン文字という独自の文字を用いていたが、現在ではラテン文字に取ってかわられている。古い形を色濃く残すアイスランド語では、ラテン文字を使用しながらもルーン文字が1文字だけ現役である(ソーン þ という文字で、歯摩擦音つまり英語で言うTHの音を表す)。また、ラテン文字の中でも「W」に関しては英語(アングロサクソン人)によって新しく追加された文字である。
ケルト語派
アイルランド語、スコットランド・ゲール語、マン島語、ウェールズ語、コーンウォール語、ブルトン語など
現在でいうオーストリアあたりが発祥とされ、かつては西ヨーロッパで広く話されていた言語のグループ。印欧語族の中でも最も早く欧州の西岸に到達したグループで、ロンドンやパリなど各所の地名の語源ともなっているが、後続のゲルマン語派やイタリック語派によって淘汰され、今となってはブリテン諸島やブルターニュ半島にマイノリティ言語として分布するのみとなっている。唯一アイルランド語は一国の公用語の地位にあるが、実際には多くのアイルランド人は英語を常用しており、日常でのアイルランド語話者は少数派である。オガム文字という独自の文字を用いていたが、ゲルマン語派同様、ラテン文字に移行した。
バルト・スラヴ語派
スラヴ語派:ロシア語、ウクライナ語、ポーランド語、チェコ語、セルビア語、クロアチア語、ブルガリア語など
現在でいうウクライナかベラルーシあたりが発祥と目されているグループ。現在では中欧(チェコ・スロバキア)から東欧・バルカン半島に分布するほか、ロシア帝国の拡大により中央アジアから北アジアにまで勢力圏を広げた。正教圏ではブルガリア発祥のキリル文字を使う言語が多く、ポーランド以西を中心にカトリック圏ではローマ発祥のラテン文字を使うものが多い。
バルト語派とスラヴ語派は別であるとする主張もあるが、これはバルト諸国がソ連から独立したという経緯による政治的主張が含まれており、学術的には同じあるいは極めて近いグループだと位置付けられている。なお、バルト3国の中でもエストニア語は先述の通りそもそも印欧語族ではない言語なので、ここには含まれない。
ヘレニック語派
エーゲ海沿岸に起源を持つ言語のグループ。諸説あるものの、現存する言語ではこれに属するのはギリシャ語のみである。かつてはエジプトやトルコを含む地中海東部から東はインドにまで至る広大な勢力圏を築いていた集団だが、現在ではギリシャとキプロスの他は小規模なディアスポラで話されるに留まっている。
隣接するアルバニア語派とは近い関係にあることが指摘されているが、同じ語派とまでは分類されていない。数式でおなじみのギリシャ文字を言語の表記に使う。
アルバニア語派
バルカン半島南部で話される言語のグループ。標準アルバニア語と、周辺諸国のアルバニア系少数民族の言語がいくつか含まれる。一説には古代バルカン西部に住んでいたイリュリア人の言葉の生き残りとされるが、肝心のイリュリア人が用いていた言語についての情報がほとんどない事から立証も反証もできずにいる。
長らく文字は持っておらず、15世紀になって初めてラテン文字により文字表記された。その後オスマン帝国の領土となりアルバニア人の多くがイスラム教に改宗したことで一時はアラビア文字表記もされたが、現在ではラテン文字に戻っている。
アルメニア語派
アナトリア半島東部に起源を持つアルメニア語だけで形成される。これは他の同語派の言葉が淘汰されて無くなったということではなく、アルメニア語は印欧祖語から他のいずれとも違う特殊な分岐進化をしたと考えられているために単独で独自の語派とされている。アルメニア文字という独自の文字を持ち、現在でも用いている。
インド・イラン語派
インド語群:サンスクリット語、ヒンディー語、ウルドゥー語、ベンガル語、シンハラ語など
イラン語群:ペルシャ語(タジク語・ダリー語を含む)、クルド語、オセット語など
ヌーリスターン語群:カムカタヴァリ語など
発祥地の黒海周辺からみて欧州とは反対方向に伝播したグループで、更に3つの下位分類に分けられている。
おおむねインダス川を境に、パキスタン西部・イラン・タジキスタン・アフガニスタンにかけてイラン語群が、パキスタン東部・インド北半・バングラデシュ・ネパール・スリランカにかけてインド語群が、それぞれ分布する。
ヌーリスターン語群はそのどちらでもない5言語からなるが、いずれもパキスタン・アフガンの山間に分布する少数民族語であり、消滅が危ぶまれている。
文字は梵字から派生したデーヴァナーガリー文字のようなインド系文字や、イスラム教の伝播によりもたらされたアラビア文字、ロシアの影響で導入されたキリル文字など、それぞれの言語や地域で異なったものを使っており、一概にこれとは言えない。
消滅した語派
印欧語族の中には上記以外にも少なくとも2つのグループが存在したことが分かっているが、現在では消滅している。
アナトリア語派:ヒッタイト語、リュキア語など
アナトリア半島に分布したグループ。人類史上いち早く鉄を実用化したヒッタイト人などがこのグループだったが、最終的にはアレクサンドロス大王による征服の影響で紀元前1世紀ごろにはヘレニック語派に置き換わって全滅したと考えられており、今となっては地名などに僅かな痕跡を残すのみである。
その後アナトリアはローマ帝国の勢力圏となるものの、中央アジアを故郷とするテュルク語族の遊牧民が興したセルジューク朝の流入に始まり、オスマン帝国を経て全域がトルコ共和国となっているため、現在のアナトリアでは主にトルコ語が話されており、印欧語族自体がマイノリティとなっている。
トカラ語派:トカラ語(単独)
タリム盆地にて8世紀ごろまで話されたとされる。インド系のブラーフミー文字に似た文字によって記され、仏教の経典などの文献が残っているが、テュルク語族によって淘汰されたとみられる。その後タリム盆地ではテュルク語族のウイグル語が話されているが、シナ・チベット語族の中国語も勢力を拡大している。
その他、かつてはバルカン半島にもトラキア語やダキア語といった多数の古代言語が存在していたというが、これらについてはあまりにも資料が少ないため、現存するヘレニック語派やアルバニア語派とつながりがあるのか、あるいはどちらとも別系統のグループに含まれるのか判然としないものだらけである。