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下津井電鉄

しもついでんてつ

岡山県南部、児島半島を中心とした地域を営業エリアに持つバス会社。1990年代初頭までナローゲージの電気鉄道を運行していたことでも知られる。
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概要編集

略称・愛称は下電、シモデン。電化した鉄道路線を有していたが、1991年に廃止された。

現在はバス会社であるが、社名に「電鉄」とあるのはその当時の名残である。


JR瀬戸大橋線が開通するまでは岡山市内と児島を直通するバス路線が高収益を上げ、その利益で赤字の鉄道線を支えていた。が、同区間とほぼ平行する形の瀬戸大橋線の開通によって大打撃を受け、それにより鉄道事業からは撤退。以後は岡山市倉敷市の区域の路線バスに注力している。


岡山県内は中小バス会社がひしめき合い、互いに合従連衡や対立を繰り返してきた。下津井電鉄は両備グループとの関係が比較的良好であるが、中鉄バスとはよく対立しやすい。


阪急電鉄が株式を有しているが、阪急阪神東宝グループの中ではかなり独立色が強い。


鉄道事業編集

路線名下津井電鉄線。英称は"SHIMOTSUI-COAST LINE "(シモツイ コーストライン)。


最盛期には国鉄宇野線茶屋町駅と下津井駅(下津井港。香川県丸亀市の丸亀港との定期航路があった)を結んでいた。いわゆるかつての金毘羅往来(丸亀金毘羅街道)を前身として敷設された鉄道線である。

軌間762mm軌間のいわゆるナローゲージで敷設された軽便鉄道であり、開業時からこの軌間のまま廃線まで改軌を行うことはなかった。


下津井~丸亀の航路が宇野線開通と宇高連絡船の就航により劣勢に立たされたため、その対抗として1911年に下津井軽便鉄道株式会社が設立。1913年に児島~下津井が部分開業し翌年茶屋町まで延長、全線開業となった。


倉敷への延伸や1067mmへの改軌も計画されたが工事費が捻出できないという事で実現せず、乗り継ぎの不便から本来の宇野経由ルートとの競争は常に劣勢に立たされていた。このためガソリンカーの導入で客貨分離とフリークエントサービスを充実させ、児島の繊維産業に関する工員や貨物の輸送をもって経営の支えとした。


戦後の1949年に電化を行い下津井電鉄に社名を変更した。戦後復興と共に鷲羽山への観光輸送が増加し最盛期を迎えたものの、その後、沿線のモータリゼーション進行により、1972年に茶屋町-児島間を廃止。この時から他の鉄道線とは接続しなくなった。児島-下津井間が残されたのは、地形が険しく道路事情が劣悪で、自社のバスによる代替輸送が不可能という理由であった。


部分廃止後、残存区間では全線1閉塞化、ワンマン運転の実施、下津井駅以外の無人化を実行、車両も車齢が若く手のかからない6両を残して全車廃車、鉄道部門の従業員は10人だけで回すという徹底した合理化を行った。その結果、鉄道事業の赤字をバス事業などの他の事業で補填できる額まで圧縮させることができた。


1983年に観光列車「赤いクレパス号」を導入。この列車は、それまで稼働させていたモハ1001に専用のヘッドマークをつけて運行させただけのものであるが、その運用の最大の特徴は車両内のどこにでも落書きを許可するというもの。車内は常に、様々な乗客の落書きであふれ「赤いクレパス号」はその正式名称もさることながら「らくがき電車」として親しまれた。書き込まれた落書きは、それこそチラシの裏に描かれるような他愛のないものから、時に気合の入った絵師さんの力作などが描かれていた時期もあった。


1988年瀬戸大橋が開通。これを機に観光鉄道への転身を図るため、観光車両「メリーベル号」2000形を新造。児島駅の移転新築や下津井駅構内の整備、鷲羽山駅へメリーベル号導入により余剰となった車両を流用した待合室の設置、増便に向け琴海駅の交換設備を復活させる、などの様々な改良工事をはじめとして、イベント列車の運行などの増収策も図られたが、観光客は思ったほど伸びず、更に瀬戸大橋線の開通で児島-岡山間がわずか30分で結ばれるようになると頼みの綱だった直通バスの乗客が大きく減少、初の高速バス路線として参入した岡山-高松間の高速バスも瀬戸大橋の通行料金の高さに起因する運賃の高さなどから失敗に終わり、鉄道事業を支えきれなくなった。更に劣悪だった道路事情も瀬戸大橋架橋用として整備された資材運搬・工事用道路が改良のうえ公道として一般開放されたことで好転、路線バスでの代替が可能になったことにより1991年1月1日に廃止された。列車の最終運行はその前日である1990年12月31日である。

晩年は瀬戸大橋開業で注目された事もあり、日本でも数少なくなっていた軽便鉄道の路線の1つとして鉄道ファンから人気が高かったという。また家庭用ビデオカメラが一般に普及し始めた時期でもあったこともあり、当時のファンの手で撮影された映像がYouTubeなどの動画サイトに残されている。

またpixivにおいてもこの当時の軽便鉄道の電車のイラストが投稿されている。


ちなみに鉄道線の廃線跡地は、ほぼ全線(児島小川-児島間における大正橋-児島駅の周辺区間を除く)が自転車道として整備されており駅跡地もホームやある程度(茶屋町駅、福南山駅、児島小川駅および茶屋町駅直通時代の旧児島駅を除く)は残され、駅名表などが置かれている。

また終点の下津井駅跡では車庫の跡地を利用して「下津井みなと電車保存会」の手により、電車は「メリーベル号」「クレパス号」およびモハ103+クハ24(メイン画像)の計6両、貨車も3両が保存されている。

なお意外なトコロで瀬戸内市長船の国道2号沿いにあるドライブイン「おさふねサービスエリア」の新幹線高架下に、かつて下津井電鉄で走っていた、クハ6・ホハフ2・ホワ10の3両が静態保存されている。


小話編集

下電は電化後、宮城県栗原鉄道が1,067mmへの改軌に伴いわずか数年で手放した、モハ2400形3両全車を引き取り、電装を解除しサハ1形に改名。ラッシュ時に運用し、特にサハ2は部分廃止後も、ユニットを組むモハ102・クハ22ともども生き残ったが、メリーベル号に置き換えられ廃車された。栗原鉄道はその後4度の社名変更を経て、くりはら田園鉄道となるも2007年に廃線となっている(代替バスはミヤコーバスを経て現在はグリーン観光バスが運行)。


1983年に撮影されたドラマ「西部警察」にも在りし日の鉄道線が登場している。作中では誰もが当時架橋工事が行われていた瀬戸大橋に対する期待を込めた発言をしているが、その瀬戸大橋によって鉄道線に止めを刺される事になってしまったのは上記の通りである。

なお西部警察では鉄道線以外にもバス部門やタクシー部門(グループ会社の下電タクシー)も登場しているが、例によって自社の観光バスと路線バス、タクシーの計3台が派手に吹き飛ばされている。(ちなみに鉄道線ではあの狭い車内で銃撃戦(の撮影)が行われたという)


現状として廃線でこそあるものの、全区間『ステーションメモリーズ!』のチェック対象駅である(ただし福南山を除く)。2015年8月の廃駅イベントで実装され、イベント終了後もレギュラーのチェックポイントとして残された。廃駅であるため属性設定は無い。


駅一覧編集

1972年部分廃止区間編集

駅名乗り換え路線交換備考
茶屋町宇野線(※1)
天城
藤戸戦後開業駅
福田
福南山戦後開業駅(※2)
稗田
柳田
児島小川

(※1)当時は本四備讃線は未開業。

(※2)仮乗降場(路面停留場)に近いものであったため、記録に乏しく「風の道」の駅跡地には含まれていない。


最終営業区間編集

駅名乗り換え路線交換備考
児島本四備讃線(瀬戸大橋線)(※3)1987年、南に200mほど移転
備前赤崎
阿津
琴海
鷲羽山
東下津井
下津井関西急行フェリー(※4)

(※3)1988年開業、徒歩連絡

(※4)下津井~本島~丸亀航路。徒歩連絡。1999年、廃止



バス事業編集

バス事業はさらなる輸送力増強を目的に1925年に開始された。実は敗戦直後に燃料事情の悪化で鉄道線の全線バス転換が検討されたが、この時は電化を行うという結論となり撤回されている。

1936年に西大寺鉄道と共同で両備バスを設立し、倉敷~児島~宇野のバスを開設したが、下電は1952年にこのバスから撤退。両備バスは1955年に西大寺鉄道に吸収合併され、西大寺鉄道が両備バスに改称している。

1963年には備北バスを傘下に置き、1989年に倉敷市交通局のバス部門(鉄道部門は水島臨海鉄道に改組)を譲受し現在に至る。

本社、興除、児島と3箇所の営業所を持ち、岡山倉敷茶屋町児島の各駅、天満屋バスセンターを拠点に高速バス、一般路線バスを運行。一般路線バスは近年、両備バスと共に系統番号を採用しており、その番号は両備・下電とで重ならないように工夫された。

この他、岡山中学校・高等学校へのスクールバスの運行も行っている。


車両編集

現有車両は日野自動車いすゞ自動車UDトラックス(日産ディーゼル)で、首都圏の排ガス規制が強化された影響もあり元小田急バスや元西武バスなど関東方面からの移籍車も多い。過去には三菱ふそうの導入実績もある。

蛇足だが、亡き倉敷市営バスは全車が三菱ふそうで、下電にも市営バスからの引き継ぎ車両があった。


外部リンク編集

下津井電鉄公式

下津井みなと電車保存会

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