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T-44

てーよんよん

T-44とは、第二次世界大戦末期に開発され、冷戦時代初期にかけてソビエト連邦で使用された中戦車である。

概要

当時のソビエト連邦が誇ったT-34の生みの親・ミハイル・コーシュキンの亡き後、T-34の主任技師の座を引き継いでいたアレクサンドル・モロゾフは、T-34の発展型の設計に着手し、1943年3月にT-43の試作を完成させた。

一旦は正式採用されることで内定したが、すでに陳腐化していた武装の新型戦車を正式採用することに異論が出たため、正式採用は見送られた。
この結果T-43は砲塔だけを85mm砲搭載に改造のうえで現行のT-34に流用(これがT-34/85である)し、設計の合理化と装甲強化を眼目に置いて見直しが行われることになった。

そして、1943年7月に「T-44」として正式採用されたのが本車である。
車体は履帯上の張り出しを撤廃することで量産の容易な箱型に、前面装甲は90mmに強化された。強化拡大された砲塔にはT-34/85同様の85mm砲が搭載され、車体前方機銃は固定型となっている。
エンジンは横置きとすることで機関室の全長を切り詰め、懸架装置はクリスティ式からトーションバー式に切り替えられている。
全体としてはT-34/85に対して全高で0.3m弱、重量で0.2t縮小されたコンパクトな構成となった。装備配置の使い勝手なども(ソ連戦車としては)比較的考慮されていたという。
本車は1943年8月にドイツ軍から奪い返したハリコフ機関車工場で生産が行われた。大戦終了までに965輌が生産されたとされるが、赤軍は本車をいずれ来たる西側陣営との対決に備えて温存したため、前線には投入されなかった。

戦後はT-54の配備にともない中ソ国境の警備や訓練などに回され、1970年代まで現役だった。ハンガリー動乱に投入されたという未確認情報もあるものの、公式には最後まで実戦を経験していない。
訓練車両の一部は戦争映画などでドイツ戦車に扮して出演している。T-34より小柄で砲塔位置も車体中央とドイツ戦車に近いため、ハリボテを被せるのには好都合だったとされる。

地味な活躍に終わった本車ではあるが、前述のT-54は本車を原型として開発されている……というより、本車の強化型として計画されていた100mm砲搭載型が新砲塔への変更、足回りの強化などの紆余曲折を経てT-54として完成したというのが実情である。事実、T-54の初期型は採用時点ではT-44Vという呼称が与えられていた。
T-44は一度も戦場に出ることのなかった一方、後の冷戦期に数多の戦場で西側戦車の前に立ちはだかる一連の傑作ソ連戦車群を生み出したのだった。

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中戦車 ソ連 T-34 T-54

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