概要
鋏角亜門クモガタ綱のうちヒヨケムシ目に属する節足動物のこと。1,100以上の種が知られている。砂漠に住む奇妙な虫として知られている。
学名は「Solifugae」、ラテン語で「太陽(sol)から逃げる(fugere)者」を意味する。英語では様々な俗称があり、主に「camel spider」("ラクダのクモ")や「wind scorpion」("風のサソリ")と呼ばれるが、同じクモガタ類とはいえクモとサソリのどちらにも属さず、特に近縁でもない。
鋏角類での類縁関係は不明確。かつては口元と呼吸器の構造が似ているカニムシに近いと考えられたが、遺伝子解析に否定される。
形態
1cmの小型種から肢を伸ばすと10cm以上に達する大型種まで知られている。多くは脚が長く、全身がクリーム色で毛が生えている。なお、脚の短い種類や、黒・赤・白など派手な色を持つ種類もいる。
強大なハサミに発達し、顔の正面から突き出した1対の鋏角が特に目立つ。このハサミは左右密着して刃の部分を上下に並び、獣の顎や鳥のくちばしを彷彿とさせる。その直後の甲羅には1対の小さな単眼が生えている。
8本脚であるが、先頭1対の触肢が脚のように発達したため、一見して脚10本と見間違われやすい。第4脚の付け根腹面には類が見られない扇子状の感覚器(ラケット器官)が並ぶ。
また、多くのクモガタ類の前体(「頭胸部」ともいうが、実際は頭部そのもの)は1枚の甲羅だけに覆われるのに対して、ヒヨケムシのそれが後半から節に分かれるのも特徴である。
腹部は節に分れた袋のように柔らかく、色素が薄い種ではそこから内臓(主に気管と盲腸の粒々の末端)が透けて見える。
性的二形で、体格はメスの方が逞しく、前述したラケット気管はオスの方が発達。また、オスの鋏角は交接(後述)の際に使われる角のような突起を持つが、具体的な仕組みは不明。
生態
触肢と第1脚はセンサーであり、残り6本の脚だけで歩く。全てが陸棲で、昆虫のように全身を行き渡るほど発達した気管で呼吸する。
ほとんどの種類は砂漠などの乾燥地帯に住む。昼行性の種類もいるが、多くのものは夜行性で、日中で不意に日当たりに晒されるとすぐ影のある場所へ向かって走り出す。名前通りの「日避け虫」である。
しかしその臆病な側面に反し、ヒヨケムシは立派な捕食者である。
毒はないが、苛酷な環境に適した獰猛さを持っており、動きは早送りに見えるほど素早い(英語名 wind scorpion がこの風のような早さを表している)。昆虫・クモ・サソリの他、大型種だとネズミ等の小型脊椎動物を捕食することもある。強大な鋏角は勿論、その長い触肢の先にある吸盤も獲物を確保する強力な武器である。
多くのクモガタ類と同様、獲物の体液しか呑めないので食事の最後は必ず遺骸が残されるが、ヒヨケムシはその体液を搾り出すため、食事中は大きな鋏角で獲物をぐしゃぐしゃな肉塊になるまで咀嚼するというエグイ絵面になる。
しかしながら体のほとんどが無防備で柔らかく(おまけに毒もなく)、ヒヨケムシ自身も鳥類・哺乳類・爬虫類などの獲物になり得る。危険を感じると持ち前の素早さで逃げるか、触肢と鋏角を挙げて威嚇したり鋏角で反撃したりする。鋏角をすり合わせて指パッチンのような威嚇音を出す種類もいる。
繁殖は交尾ではなく交接で、オスは鋏角で精包を掴んでメスの生殖孔へぶち込む。そのプロセスは乱暴で、交接直前にオスがメスの腹部や生殖孔を噛むようにマッサージする行動も確認される。
なお、ヒヨケムシに関する研究は非常に少なく、その生態は未だに多くの謎に包まれている。
人間との関わり
あらゆる噂や迷信で誇張されてきたが、基本的には無害な動物である。
人間を自発的に襲うことはしないが、活発な捕食者であるため、下手に手を出すと防衛行動として噛まれる危険性があるため、注意すべし。
上述の日当りを避ける習性から由来する速い動きと人の影を追い掛ける事態から「人にも襲い掛かる」と勘違いされることもあるが、立ち止まってみると影の中に入った途端落ち着いて活動が鈍化する。
一時期、巨大ヒヨケムシの写真がネットに出回ったことで一躍有名になって、それから「人喰い」や「猛毒グモ」など様々なデマがネットで広く流された。
屈強な兵士が宿舎内でヒヨケムシと遭遇し、悲鳴を上げて逃げるという微笑ましい(?)映像とかもあったりする。
稀にペットとして流通するが、不明点の多い生態により飼育が困難である。
その奇怪な姿から、日本ではウデムシやサソリモドキと並んで「世界三大奇虫」と呼ばれている。