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陸抗

りくこう

中国三国時代、呉の武将。名将として知られた陸遜の息子で、彼もまた父親に恥じない名将として知られる。
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概要

226年、陸遜の次子に生まれ、長子が早くに亡くなった為、家を継ぐ立場となる。が、陸遜が皇帝・孫権の後継問題(二宮の変)で孫権の不興を買い、問責され失意のうちで亡くなるという最悪の状況で家督を継いだ。孫権は陸抗にも父の非を問うて来たが、陸抗はこれを理路整然と反論し、無実を証明してみせた。

その後は柱石として、呉軍を支える立場となる。晋との国境の重要地点である西陵(夷陵の事、改名されていた)で、守備大将の歩闡(元孫覇派の歩隲の息子)が晋に寝返るという大事件が起こる。孫皓が陸抗派遣され歩闡の城を包囲した。歩闡の配下は降参し、歩闡とその計画に加わった者数十人は皆三族皆殺しとなった。大赦が実行された。

西陵の戦いなど勝利したが、知られるエピソードとして魏の名将・羊祜との敵味方に分かれての友情が有名で、あるときは陸抗が病気になった際は羊祜が薬を送り、毒かも知れないとの周囲の声に構わず飲んで治癒している。陸抗が酒を贈った際は同様に羊祜も疑わずに飲み干したと言う。馴れ合いからでも臆病からでもなく、お互いに相手の手を読んだ上での友情であった、

小説『三国志演義』では、が暴君・孫皓の時代となっており、これが皇帝の疑念を招き降格、図らずも父と同じような末路を辿ることになり。

史実では孫皓から詰問を受けたとあるだけで、その後鳳凰2年(273年)に陸抗は大司馬・荊州牧に任じられる、また孫皓は、自分の妹を、陸抗の息子陸景に嫁がせており、孫皓にとっても陸抗とその一門は欠かせない人材であったことがわかる。

この後274年病死。陸晏が跡を継いだが、陸抗の兵士は、兄弟の陸景・陸玄・陸機・陸雲にそれぞれ分割されることになった。6年後、呉は晋によって滅亡となった。

余談

陸抗の妻の張氏は、張承(張昭の息子)と諸葛氏(諸葛瑾の娘)の間の子。

皇太子孫和(孫皓の父)は妻が姉妹同士の義兄弟の間柄。次代のリーダーたる両者の嫡男の孫俊と陸晏は外従兄弟同士の間柄。つまり、孫和の帝位継承は、陸遜に孫の代までの皇帝姻戚の地位を約束することになる。陸抗は「孫和即位シナリオの最大受益者」の一人。

しかし、二宮の変は勃発、孫和は太子を廃された上で幽閉され、この張氏は諸葛恪が誅殺された際に(姪にあたるため)離縁されてしまった。

なお、この張氏の同母姉妹は、孫和の妃になったが、孫和が死を命じられた際にともに自害した。

登場作品

彼が活躍した時代が時代だけに、登場する作品は少ない。コーエー三國志シリーズでは登場し、この時代の武将としては随一の能力を誇るが、羊祜同様、登場するのが後半も後半で、作品によっては登場する頃には武将がほとんど死亡、武将数が国数以下で物理的に統一できずにゲームオ-バーというのまである。
pixivでは羊祜とよくセットで描かれている。父親譲りなのか、美男子で描かれるのがほとんど。

真・三國無双シリーズ

三国無双シリーズでもプレイヤーキャラとしては未登場のままであるが、モブ武将としては登場している。
またEmpiresシリーズで自分なりのキャラクタークリエイションも可能(あらゆる武将に共通するが)。特に6以降が登場するようになってからは、史実をなぞって活躍させることも。
孫権か、彼の死後の時代とされている場合は孫休に仕えている。
(呉の最後の皇帝孫皓については、モブどころかスピンオフ作品でも未登場である)
7Empiresではモブでは最高ランクで下手な無双武将より上の生き様、「幹国の才」を所持している(所持している無双武将は夏侯惇曹丕司馬昭于禁、他に所持しているモブは荀攸馬騰のみ)。

7におけるのストーリー『建業の戦い』では、モブながら勇ましく登場。
孫呉を支えるために戦おうとするが、魏(のちの晋)の賈充に「支える者がたった一人ではな…」と一蹴されてしまう。

ちなみにフリーモードで呉軍シナリオを選べば共闘もできる。もちろんモブのままだが。

真・三國無双ブラストには顔ありで登場。
親子らしく陸遜を少々幼くしたような容姿であり、口調や性格も陸遜似。
期間限定戦では羊祜との会話も存在し、史実同様友誼を結んでいる様子も見られた。

関連タグ

羊祜 陸遜 孫皓
二宮の変

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