概要
角川ホラー文庫から出版されている小林泰三の小説。
当初は『AΩ』というタイトルだったが、文庫化に伴って改題された。
様々な特撮作品やクトゥルフ神話へのオマージュが組み込まれているSFホラー長編。
怪奇・ホラー・グロテスク要素を前面に押し出した、小林泰三オリジナルの『ウルトラマン』とでもいうべき作品である。
カバーイラストはフジワラコウヨウ。
ストーリー
駆け出しの童話作家・諸星隼人は凄惨な航空機事故から生還して以来、怪物と戦う悪夢や異常な肉体変化に苦しめられていた。実は彼の身体には、宇宙から飛来したプラズマ生命体「ガ」が憑依しており、あらゆる生命体を複製する謎の存在「影」との戦いを繰り広げていたのだ。
ある日、取材旅行に訪れた杉沢村で「影」の生み出した恐竜型の巨大レプリカントに襲われた隼人は「白い巨人」へと変身、圧倒的な力でレプリカントを撃破した。しかし、「影」の本体がカルト団体「アルファオメガ」の手に渡ったことにより、世界は黙示録を再現したかのような地獄絵図と化す。
果たして隼人と「ガ」は「影」を倒し、攫われた隼人の妻・沙織を救い出す事は出来るのか。
登場人物
- 諸星隼人
主人公。以前から童話作家を目指しており、著作「ロケット少年ピコリン」が受賞したため仕事を辞めて文筆業に専念しようとしていた。しかし、作品は受賞したものの出版はされず、作家として生計を立てるビジョンにも欠けていた為、妻の沙織と喧嘩して別居状態になってしまう。
実家に帰った妻を説得する為に飛行機で北海道に向かっていたところ、乗っていた旅客機が「ガ」と衝突。一度死亡するが「ガ」に憑依・蘇生させられる。それ以来、無意識のうちに「白い巨人」に変身してレプリカントと戦っている事に気付き、自身に何かが憑依していることを認識していく。やがて、「ガ」とのコミュニケーションに成功し、自身の肉体を無断で利用する「ガ」に反発しながらも、妻を救うため地球を侵蝕する「影」に立ち向かうことになる。
- 「ガ」
「一族」と呼ばれる種族の落ちこぼれで、事業に失敗して閑職に追いやられ、そこで出会った妻も事故で死亡。名前を奪われ落伍者の烙印を押されたが「影」との接触から生き延びた事を評価され、リーダーである長老「奴隷監督官」から「影」討伐任務を与えられる。
「影」を追って地球へ侵入するが、追跡の過程で旅客機に衝突してしまい、乗っていた知的生命体(人類)を多数殺害してしまったことで更なる窮地に追いやられる。プラズマ生命体であるため地球の環境には適応できず、隼人の死体と融合して共に一つの体を共有する事になる。
人類とは全く異なる生態・倫理観を持つ上に任務を最優先して行動するため、人間の死体を蹂躙したり子供を見殺しにすることも厭わない。しかし、妻を救おうと奔走する隼人の心情には理解を示し、任務遂行と並行して沙織の捜索にも協力する。
なお、度重なる失敗で名前を剥奪されているが、本名は……。
- 諸星沙織
夫が事故にあったと聞き遺体安置所に来たものの、無残な彼の遺体を見て思わず「モノ」と認識してしまい、更に隼人が奇跡的な蘇生を遂げた事で罪悪感を抱く。
そのため死者蘇生を謳うロックバンド「アルファオメガ」にのめりこみ、行方不明になってしまう。彼女がまだアルファオメガの「洗礼」を受けていないことを知った隼人は、彼女を救い出すべく東奔西走する。
- 千秋
杉沢村への取材旅行にも同行するなど、事実上のヒロインとして活躍していたが……。
- 唐松
- ジーザス西川
当人は真面目に音楽活動を行っていたのだが、マイケル黒田から提供された「影」の本体に憑りつかれ、黙示録に記された「聖戦」を実行してしまう。なお、実は杉沢村出身者である。
- マイケル黒田(黒田幸吉)
その後、「アルファオメガ」の修道院で隼人と再会。人間もどきと化した自らの死を願うが……。
登場怪獣
- アメーバ状キメラ
地球に到達した「影」が生み出した最初のレプリカント。はじめは小さな蜘蛛だったが、ネズミ、ヘビ、ナメクジ、カエル、スズメ、クマ、草や樹木、飼い犬など無数の動植物を取り込みながら成長していった。最終的には体長20mにも及ぶ巨体と化し、「白い巨人」と激突する。
- 恐竜
草食動物だった雷竜の食性に反して人間を捕食するが、食道は胃に通じておらず行きどまりになっており、腹部の肉食獣脚類にも独立した中枢が存在して各部が勝手に行動するなど、でたらめで非合理的な生態を取っている。
- 千秋
マンションの部屋全体に無数の千秋がひしめいており、マンションの他の階もレプリカント化している。
記憶や意識は曖昧であり、群体から独立して動くことも出来るが、その場合の寿命はせいぜい一時間程度。
- マイケル黒田(修道院)
隼人に自らの死を懇願するが聞き届けられず、代わりに事態の終息を願ってジーザス西川の殺害を依頼し、諸星沙織がまだ「洗礼」を受けていない事を伝える。
- 孫と祖母
正体は爆撃のショックで幼児退行を起こした中年男性から作られたレプリカント。
孫はそのままの姿で言動だけが子供のものになっている。祖母は現在の孫を基準に幼少期の体格差を再現したため3m近い巨体だが、老人の衰えた骨と筋肉で自重を支えられず立つことすらできない。
- リチャード青木
「影」によってレプリカント化されてからは常にブリッジしたような体勢で腹に顔を持ち、脇から腕が生え、肩に角と五つの眼を持つ、直立したゴキブリの如きシルエットの怪物と化した。人間を捻り潰せるほどの怪力を誇り、「貧弱、貧弱ぅー!」などと罵りながら隼人を殺害しようとするが、「ガ」によって脳に神経節を打ち込まれて忠実な僕と化してしまった。
- メアリー新川
体高10mのケンタウロスじみた異形の下半身を持ち、頭部があるべき部分から本来の女性の肉体が生えたレプリカント。全身に鎧を纏っているうえ、長大な剣を装備しているため、人間の知性と防御力、攻撃力を兼ね備えた強力な個体。リチャード青木すらも斬殺してしまったが、隼人が思いついた奇策を受け敗れる。
別の個体も存在したが米軍の劣化ウラン弾を受けて倒された。
- ピラミッド
建物にくっ付いた無数のレプリカントの融合体であり、中にはマイケル黒田やジーザス西川のレプリカントも居る。
侵入した隼人を取り込もうとするが、ガが隼人の体内で密かに作って蓄えていたマイクロミサイルを核である「影」の一部(サブステーション)に撃ち込まれ崩壊した。
- おろち
- ロバート萩原
レプリカント化した際、ユニコーンになるよう想像したのだが、発想が貧困すぎたため似ても似つかぬサイのような姿になったらしい。更にその状態からサイ怪人のような姿に変形できる。
なお、変形プロセス及びサイ怪人の姿は某トランスフォーマーに酷似している。
- アラン小山内
粘土のような可塑性のある顔を持ち他人に成りすますことが可能。(隼人は「変身願望の表れ」と分析した)
隼人に化けて唐松を襲うが、直感によりかまをかけた唐松にひっかかり、偽者と見抜かれ射殺される。
- デビッド西谷
コウモリに似たレプリカントで飛行能力を活かして隼人と唐松を奇襲するも生け捕りにされる。
その後逃げ出して唐松を襲うがエリザベス町田の攻撃に巻き込まれ死亡した。
- エリザベス町田
10代半ばほどの可愛いらしい外見の少女だが、股間から尾が生えており、高速で振り回すことで対象を切断する。(唐松曰く、「どんな願望を持ってたら、こんな姿になれるんだ?」)
- 天使
身長が2m以上に伸びているほか、身体を変形させて胸に獅子や牛、鷲の姿を象った顔面や複数の腕を生やすことが可能。更に身体を変形させることで「白い巨人」を模した第三形態に変身することが出来る。本物のようにプラズマを操る能力は無いが、身体能力は極めて高く、腹部には機関銃が埋め込まれている。
強大な力を持つ為か、変身しているレプリカントは生前の黒田や修道院にいた黒田のレプリカントとは異なり、極めて残虐で自信過剰な性格になっている。
- ジーザス西川(レプリカント)
レプリカントを産みだす汚染された建物にならどこにでも複製が発生しており、無害だが、不気味に落ち着き払ってぶつぶつと「神の言葉」をつぶやいている。
「影」本体に寄生された超巨大な曼荼羅状個体の他、最終的には全地球規模で数百万人ものジーザス西川が活動している。
用語
- 白い巨人
隼人が「ガ」の力で変身した4mの巨人。
隼人と融合している「ガ」が隼人の肉体を再構成する方式で変身し、戦闘に使わない器官は全て退化し、色素がないため白い。皮膚は非常に分厚く、眼の周辺に眼球をカバーするメッシュのようなゴーグルで覆われている。視覚の分解能は通常の人間の数千倍、聴覚・嗅覚の感度は通常の一万倍に強化され、100メートルを1秒で疾走し、ジャンプ力は垂直に50m以上。
必殺技はプラズマを纏った拳を撃ち出す技で、TNT火薬1400t分の破壊力があり、杉沢村の湖を一瞬で蒸発させてしまった。両腕からナイフ状の器官を突出させての斬撃も可能。ただし、飛行能力は有していない。高速機動時の姿勢制御には脇腹から発生した鉤付きロープを使用する。
この形態に変身した際に展開される戦闘は人間の肉体では耐えられないほど激しく、戦えば戦うほど隼人の細胞が崩壊していく。そのため活動時間は数分間が限界。
なお、変身しなくても常軌を逸した身体能力を発揮したり、プラズマを利用して攻撃するなど、ある程度の超常的能力は使用可能。
- 「一族」
未知の生命体に出会うとまず観測し、どのような生命体なのか生態を調べてから友好的交流を試みる。無暗な犠牲を払う事は良しとしないが、もしも接触した生命体の文明が遅れているならば長い年月をかけて種族の進化を観測し、安全なら放置するが、危険と判断した場合は即抹殺する。(なお、人類は「充分に温厚」という評価が下されている)
- 電気龍
- 交接
「ガ」のように極めて劣等と見做された個体には、「名前を剥奪される」という重罰が下される。このような個体にとって交接の機会は無いに等しい。
- 「影」
接触した生命体を分解し、「レプリカント」と呼ばれる生命体の複製を作り出すが、その目的は不明。人類や「一族」を滅ぼそうという悪意自体は無いようだが、「一族」は相互理解の不可能な生命体と認識しており、接触した「一族」が侵食されて情報汚染を起こす可能性がある為、危険視している。
恐竜型レプリカントや孫と祖母のレプリカントのように、人間の記憶の中にあるものすら複製可能。メアリー新川の巨大な剣や甲冑もイメージから複製されたものと思われる。
「ガ」は「レプリカント化の過程で願望を具現化する能力を持った「影」は人間たちが待ち望んだ「神」ではないか」と評している。また、同作者の小説『ウルトラマンF』では、ある存在との関連性が示唆されている。
- レプリカント
「人間もどき」と呼ばれているが、人間だけでなく他の生物や「一族」すらも複製が可能。
元の生命体を単にコピーするだけでなく、生命体の「願望」を反映した姿にすることもある。だが分解された生命体は死亡するうえ、保持している記憶は良くて分解される前の数日分しかない。そのうえ、願望は合理的な形で実現するわけではなく、その影響で醜悪な怪物のような姿になるという欠陥も抱えている(事実、劇中では妻と融合させられた結果、妻の顔が臀部に、妻の顔を肛門にされてしまった老人が登場する)。
数日とはいえ人間としての記憶は保持している為、自分を人間と言い張り、自身の変化にパニックを起こし凶暴化する者もいる。
「影」によって操られているわけではなく、複製元となった生物の欲望を反映しているだけであり、無数の動物レプリカントが融合して巨大な怪獣のような姿になった場合、融合された生物の本能を反映して食欲に突き動かされ、無秩序に捕食を繰り返して増殖と成長だけを目的に行動する。
「影」に人間が取り込まれ人類のレプリカントが発生して以降は、各個人の願望を反映したレプリカントが複製されるようになり、知的な行動を取り始めた。初期にレプリカント化したアルファオメガのメンバーたちは彼らの願望通り、聖書の天使や悪魔の能力を反映され、黙示録に記された「聖戦」を開始してしまう。
レプリカントは細胞中に核酸をほとんど持たないため、「影」や母体である汚染された建物から独立して行動すると、数時間から数日で肉体が液状に溶け崩壊する。
- サブステーション
地表や地中に肉の根を張り、できるだけ遠くまで到達し、そこにある建物や樹木や岩を足場にして巨大な融合体を増殖させ、汚染した建物から伸びる触手で通行人や有機物を取り込みレプリカントを産み出す。
植物を取り込んでいるので光合成により外部からの餌の補給なしで増殖可能。
レプリカントはサブステーションまたは「影」本体と接続している場合、それらからのエネルギーの供給により肉体の崩壊を抑えていると推測されている。そのため複数のデータが入り混じった不完全なレプリカントや、発生個所が水没したレプリカントは意識を保ったまま永劫の苦痛を味わい続け、ある複製個体が寿命を迎えた後も無限に、同じ記憶と人格が半端に複製されたレプリカントが産み出され続けている。
- 杉沢村
- アルファオメガ
10曲連続メガヒットを記録する超人気バンドであり、文字通り「信者」の数も多い。
隼人の蘇生に関し、復活したのがキリストではなく隼人だったためキリストはすでに蘇っていると考えており、ジーザス西川がそれであると認識している。ジーザス西川が「影」の本体と融合し、彼の与える「洗礼」によって主要構成員がレプリカント化して以降は「最後の審判」が始まったとして異教徒の虐殺を開始してしまう。
余談
『ウルトラマンジード』のシリーズ構成を担当した乙一は小林泰三ファンでもあり、同作においてラスボスの名前を「アルファオメガ」にする構想があったことをインタビューで明かしている。
関連項目
小林泰三 玩具修理者
マウンテンピーナッツ ウルトラマンF:作者が執筆したウルトラマン作品