概要
VIPカーとは、乗用車カスタマイズの一流派。1990年代以降に確立した、比較的新しいジャンルである。
国産の高級セダンをベースに、「厳つさ」「悪っぽさ」「派手さ」を重視した改造を行う。
現在はスタンス系の世界的流行に乗じて暴走族スタイルと共にワールドワイドに知られるジャンルとなった。その一方で特に黎明期はヤンキーと関係が深く、DQN車として見られることも多い。
なお、「VIP」という名称は日産セドリック/グロリアに設定されていたグレード名「ブロアムVIP」や、其処から名付けられた黎明期のオーナーズチーム「VIPカンパニー」等が由来。本来の語義であるVery Important Personはほぼ無関係。
改造手法
他の改造車ジャンルの手法を積極的に吸収するのが大きな特徴であり、ユーザーによってカスタマイズの手法も千差万別であるが、ほぼ共通しているのは大幅なローダウンと大口径ホイールの装備。
以下、主な改造方法について記す。
足回りの加工
足回りの加工により車高を下げ、所謂シャコタンにする。
アメリカのトラッキンと並んで、低車高への意識が極めて高いことが特徴。中でも実用性は二の次で「低い車高を維持したまま走る」という点が重要視される。
またホイールのリムないしタイヤのショルダーの上端がフェンダーアーチに限りなく近接し、段差が無くなる「ツライチ」も大変重視される。フェンダー内部にタイヤ/ホイールを収める場合(ツライチに対してツラウチと呼ばれる)場合でもギリギリまでフェンダーと接近していることが求められる。こうした車高とツラを重視する姿勢はアメリカのHellaflushと共に近年のスタンス/JDM路線へ強い影響を与えた。
車高を落とす方法としては社外ダンパー(いわゆる車高調)への交換かエアサスの導入が多く、ローライダーによく見られるハイドロや暴走族のようなノーサス/サスカットは少数派。また低車高を追及するためアーム類の交換・フェンダー内部の加工・地面に近接するパーツ(エンジンマウント、オイルパン、デフ、メンバー、マフラーの中間パイプ等)の持ち上げ加工や形状変更が行われることも多い。
またアーム類の延長等によってネガティブキャンバーをつけてハの字にするのもポピュラーで、年々過激化している。特に過激なものは「鬼キャン」と呼ばれるが、遊び古したボロボロのトミカのような見た目になる。当然走行性能も著しく下がる。
ホイール性能よりもデザイン性とリムの深さが重視される。サイズは17~20インチが主流で、国内とヨーロッパのメーカーがメイン。BBSやOZといったレースで名を馳せるブランドも人気が高い。なおツライチ重視のためタイヤは引っ張り、低扁平率で履く事が多い。この辺りは暴走族、特に福岡仕様と似ている。
ボディーの加工
最も基本的な改造は社外品のエアロパーツの装備。前後バンパーとサイドステップ、ドアパネルの形状を変更する。
主流となるエアロパーツの形状は年代によって大きく異なっており、黎明期~00年代前半はチバラギ仕様やドリ車のようにリップが張り出した大振りな物がメインだった。その後に続くシンプルブームでは丈は純正品から殆ど変わらず、開口部のデザインやフォグライトの配置を変更したタイプが流行する。10年代以降はヨーロッパのチューナーブランドを意識した形状が主流となり、特にリアのディフューザー(元は車体底部の空気を整流する機能パーツ)形状は欠かせない意匠となる。
エアロのデザインは車高と並んで最も重要なポイントであり、延長加工や他の物と合体させるニコイチも頻繁に行われる。
著名なエアロパーツブランドとしてジャンクションプロデュース、K-BREAK、エイムゲイン、モードパルファム、WALD、セッション、オートクチュール、JOB DESIGN、ギャルソン等。過去にはインシュランス、TMオートパーツ、ミトス、インスぺクション、ドレスアップキング等が存在した。一方でメーカー系列のエアロは(インパル製のY31シーマ用ボディキットを例外として)採用されることはほぼ無い。
この他にも
・リアスポイラーの装備(多くはトランクを後方に延長した形状だが、場合によってはGTウィングやスポコン的な大ぶりな物も採用される)
・フェンダーの形状変更(オーバーフェンダーないしブリスターフェンダー。なおボディーと一体の形状が主で、昨今流行しているビス留めのオーバーフェンダーは滅多に採用されない。低車高/ツライチ実現のためにフェンダーアーチを切り上げる「アーチ上げ」が為される事も多い)
・顔面移植(定番はセルシオ前期→後期、セドリック/グロリアグランツーリスモ⇔ブロアム。他にも様々な車種間の顔面移植事例がある)
・ライト類の加工(過去はレンズのスモーク塗装やアイライン、近年はプロジェクター移植やテールランプのLED化など)
・ダクト類の追加(ジャンクションプロデュースのサメエラフェンダーは黎明期から存在したが、10年代以降のユーロチューナーブーム以降は爆発的に増加)
等がポピュラーな改造内容。
また全塗装によるボディカラーの変更も定番で、色は高級車らしいシックな色からスーパーカーを意識した奇抜な色まで様々。しかし大体は単色ないしツートンであり、ローライダーで見られるようなカスタムペイントやスポコン/痛車に典型のバイナルグラフィックの採用例はあまり多くない。
内装の改造
シート及び内張りの張り替え、シートカバーの装着、オーディオ機器及びミニモニターの増設がメジャー。
ベースは元々高級車であるため、当初は現状維持がメインであった。しかし経年劣化への対応を機に良くも悪くもベースとかけ離れた改造が増えていく。
ロールケージの装備など走り屋路線や、リアシートを取り払ってオーディオシステムを搭載した音響族路線も珍しくない。
オーディオの充実化
スポコンと同様、室内の音響機器を充実化させたり、リアシートやトランクにオーディオを増設する。中には音響族顔負けのオーディオシステムを構築している場合も。
また聴覚だけでなく視覚面も非常に重視され、小型のモニターを数十枚搭載する例も多い。
以上は専ら見た目を重視した改造であり走行性能が顧みられることはあまりないが、元から大排気量の高出力エンジンを積んでおりそれなりに性能が良いこと(少なくともミニバンや軽自動車と比べて空力や安定性はずっと優れている)、90年代にレーサー・走り屋系スタイルがブームとなったこと等から、走行性能を突き詰めた改造例もある。2JZ-GTEやRB26DETTといった高性能エンジンに換装してチューニングを施した例も少なくなく、中にはそのまま首都高を攻められそうな車両も存在する。
ベースとなる車両
国産の高級セダンというのが大前提だが、トヨタ/レクサスと日産が主流。
また現行モデルではない、所謂型落ちがベースとなることが多い(勿論現行モデルをベースとする者も存在する)。当然中古での車両価格は新車の数分の1なのだが、改造費は勿論のこと経年劣化によるパーツの交換や維持費が嵩む。中には旧車に片足を突っ込んでいて乗り出す前のレストアが必須だったり、スポーツカーほどではないにせよ中古価格が高騰している車種もある。これもうわかんねぇな。
●主な車種
トヨタ/レクサス
・セルシオ
シーマと並んで最も人気のある車種。10系/20系/30系共に多数の有名車両が存在し、トレンドをけん引してきた。
・クラウン
多くのベース車が終売となる中、現在も続いている数少ないモデル。ターゲットとなるのは8代目130系からか。130系(8代目)・170系(11代目)・180系(12代目)が特に人気が高い。
140系(初代)~180系(4代目)がメジャー。「赤マジェ」「金マジェ」をはじめ有名車両も多い。
・アリスト
人気があるのは圧倒的に160系(2代目)。スープラと同じ2JZ-GTEを積んでいるので、チューニングも並行して行うオーナーも多い。
トヨタの頂点をベースとしたVIPカーも少数ながら存在。40系(初代後期型)、50系(2代目)が主なベース。
セルシオの後継車種であるため、40系(4代目)を中心に高い人気を誇る。
日産
・シーマ
VIPカーの原点とも言うべき車種。Y31(初代)~F50(4代目)それぞれ非常に高い人気を誇り、セルシオと共に時代を紡いだ。特にY32(2代目)は薄く平べったいボディーから、低車高を追求するオーナーが多い。
Y32(8代目)、Y33(9代目)がメジャー。ちなみにシーマとセド/グロの後継車種であるフーガはややマイナー。
・プレジデント
日産の最上級車種。JG50型(3代目)はQ45との共用パーツが多く、悪っぽいイメージがあることからファンが多い。
日産の北米ブランド、インフィニティのフラッグシップ。初代G50型に限り専用設計で(それ以降はシーマのリバッジとなる)、国内でも販売された。
堂々とした車格から原型が無くなるほどの大改造を受けた車両も多い。
この他にマークⅡ等のミドルセダンも少数ながら存在。過去にはホンダ・アコードインスパイア(CB)やアンフィニ・MS-9、三菱・ディアマンテ等も一定台数いたが、現在では希少な部類である。
また、外国車をベースがなる事もたまにある。中でもネームバリューと押しの強さからか、メルセデス・ベンツSクラスは一定の人気がある。
他にもリンカーン、キャデラック、BMW、クライスラー・300C、ベントレー等の事例がある他、前述のエアロメーカー(ジャンクションプロデュース/オートクチュール/WALD)がロールス・ロイス・ファントムのボディキットを手がけ、界隈を驚かせた。
また、セダン以外にも大型のミニバン(トヨタ・アルファード/ヴェルファイア/ハイエース、日産・エルグランド、ホンダ・エリシオン/オデッセイ辺りがメジャー)や軽自動車をベースとして上記のような改造を施す場合もある。
歴史
90年代
VIPカーは1990年代初頭、バブル終焉の頃より始まった。
大阪を中心に、Y31シーマ/セドリック/グロリアをベースとした改造車が流行り始める。当初は暴走族と全く異なるシンプルで厳つい佇まいが特徴であった。90年代中判には東京・大黒をはじめ、札幌・仙台・北九州など全国各地でオーナーズチームが次々と結成され、一大ムーブメントとなった。1995年には芸文社より月刊誌「VIP CAR」が創刊されている(2014年廃刊)。
90年代後半になると前後に延長したエアロとケーニッヒやGTマシンを意識した巨大なブリスターフェンダーで武装して派手な原色で全塗装し、ネオン管などの光モノや音響族顔負けのオーディオを装備するなど、ベース車の面影が残らない大胆な改造が流行した。この当時のスタイルは現在では「全盛期仕様」と呼ばれている。
00年代
2000年には交通タイムス社より月刊誌「VIP STYLE」が創刊されている(現在は不定期刊行)。
00年代前半にはそれまでの派手なスタイルに替わり、小ぶりなエアロに落ち着いたカラーリングで高級感を追求したシンプルなスタイルが台頭した。また低車高の追求が始まり、車高調によって極低車高を維持したまま走るスタイルが以後定着する。
10年代
2010年代に入る頃からブラバス・カールソン・ロリンザー・AMG・ACシュニッツァーといった欧州のチューナーを真似たスタイルが大流行する。このブームは次第に過激化し、スーパーカーのようなアグレッシブなボディワークと派手なカラーリングを施した車両が激増。当時のイベント会場は90年代を彷彿させる派手な車両が並んだ。
10年代後半~
ユーロチューナーのブームも次第に沈静化し、近年は原点に立ち返ったシンプルな佇まいの車両が多くなっている。
またSNSの普及などによって改造車文化がワールドワイド化する中で、VIPカーは走り屋と並ぶJDMの代表的なスタイルとして(一例として「StanceNation」を立ち上げたElvis Skenderの愛車は20系レクサス・LS400である)、海外でも認知されるようになった。
問題点
違法改造
上記改造の多くは道路交通法に抵触する違法改造となり、車検に通らなかったり、取り締まりや検問で警察のお世話になる危険性が高い。中でも
・必要な地上高の確保(9cm以上、フォグランプは地上から25cm以上)
・タイヤの上端がボディー内側に収まっている(ネガティブキャンバーで強引に収めている場合が多い)
・触媒を装備した適切な音量のマフラー、更に先端がリアバンパーから飛び出していない
・足回りの構造変更(車高調⇔エアサス)への対応
・適切な光量及び発色の灯火類(無闇な増設はNG)
・内装における難燃性素材の使用
・窓ガラスのスモークフィルム及びステッカー
等に違反している場合が多い。当然、これらに引っかかると車検に通らない。
一般社会における悪印象
改造車自体が一般社会におけるイメージは決してよろしくない上に、モータースポーツと結びつく場合もある走り屋と違いVIPカーはヤンキー色が強く、残念ながら一般人からの印象は悪いと言わざるを得ない。爆音マフラーやオーディオによる騒音、迷惑運転(車高調を装備した車の場合は段差で動けなくなる「カメ」状態になる事も多い)やマナーの悪さ、更にはユーザーの印象からDQN扱いされることも非常に多い。
VIPカーが登場する主な作品
●「ジゴロ次五郎」
VIPカー(中には実在する車両をモデルにした例も)を乗り回すキャラクターが多数登場しており、プラモデル化もされている。
これ以外にも主人公のS13シルビアをはじめドリ車やローライダー等様々なジャンルの改造車が登場する。
●「シャコタン☆ブギ」
湾岸MIDNIGHTで知られる楠みちはるによる漫画作品。
主人公のハジメは当初族車仕様の初代ソアラを乗り回しているが、途中から10系セルシオをセカンドカーとする。
作中の時間軸は1980-90年代であり、VIPカー黎明期と重なる。
●「湾岸MIDNIGHT」「頭文字D」
両者ともにあまりに有名な走り屋漫画の金字塔だが、VIPカーもチョイ役で登場している。
「湾岸MIDNIGHT」では腕利きのエアロチューナーにして、ケイのスープラの外装を手掛けるガッちゃんが10系セルシオに乗っている。ちなみに高木曰く結構大きい事故の修復歴がある様子。
「頭文字D」では土坂のランエボチーム(名前不明)が呼び寄せたヤンキーの愛車としてY33シーマが登場。ちなみにこのヤンキーは高橋啓介の元舎弟だったため、プロジェクトDは事なきを得た。
元気によるレースゲームシリーズ。
シリーズを通してVIPカーをモチーフとしたチームやライバルがそれなりにいる。「01」では大阪エリアのワンダラー「なにわの夜王」としてジャンクションプロデュースが参戦。