概要
作者は浦沢直樹。「ビッグコミックスピリッツ」(小学館)にて1986年から1993年まで連載された。全29巻、文庫版全19巻。完全版全20巻。発行部数は3000万部以上(ビッグコミックスピリッツ版のみの実績)。
浦沢曰く、『YAWARA!』のタイトルは本人が多大なる影響を受けたという大友克洋の『AKIRA』をもじったもの。
当初は(のちに発表する)『MONSTER』のような医療ものを考えていたが、編集の反応は芳しくなく、話し合いの中で「女子柔道でもやりますか。ヤワラって女の子が天才柔道家でさ、あとは『巨人の星』みたいな感じで描けばいいからさ」と浦沢が切り出すと、すぐに「これはいけますよ、ぜひ連載しましょう!」という反応が返ってきたという。
もともと浦沢は前作の『パイナップルARMY』のような骨太で重厚な作品を得意としており、ドラマから作品を構成していくことが多かったが、本作では「キャラクター作りからのストーリー構成」を意識したという。
当初は数話の読切の予定でスタートしたが、反響を受け本連載へと変更になった。浦沢自身も最初の数話を描いているうちに「これは大ヒットする」と手応えを感じていたと語っている。
柔道漫画、そして青年誌でタブーとされていた、女子を主人公としたスポーツものとしては異例の大ヒットを記録し、アニメ化以後は幅広い年齢層に多大な人気を博した。
女子柔道ブームの火付け役ともなり、女子柔道の強者を「やわらちゃん」と呼ぶ発端となるなど大きな影響を与えた。また、当時彼女の髪型をリスペクトする女子選手も多数現れた。
特に、本作の連載・アニメ放送と同時期に女子柔道選手として活躍していた田村亮子(現在は谷亮子)の人気を後押しすることにもなり、各メディアで田村を本作にかけて「ヤワラちゃん」と呼ぶことも多かった(※小柄な体格や圧倒的な強さなどの共通点から。かつては姿三四郎にかけて「女三四郎」と呼ばれることが多く、自身でもそう自称することがあった)。なお、田村自身は後年のインタビューで、「『ヤワラちゃん』と呼ばれるようになってから、自分の思っていることを躊躇わずに発言できるだけの強い気持ちが持てるようになった」と語っている。
しかしながら田村に対する「ヤワラちゃん」の愛称はメディアのゴリ押しに近い部分もあったようで、浦沢も『JIGORO!』完全版のインタビューで「勝手に名乗るなら使用料を取ればよかった」とコメントしている。ただし、田村本人も「自身が猪熊柔のモデルである」「ヤワラちゃんは自分だけの愛称である」というようなことを発言したわけではない。
主人公、猪熊柔のモデルについては、田村以前に活躍し先に「女三四郎」と呼ばれていた山口香という説があるほか、山口と同時期に活躍した複数の女子選手からと推測する意見もある(実際には、浦沢はモデルとなった人物を明言していない)。
また、(男子ではあるが)当時柔道選手として活躍していた古賀稔彦の影響も大きい。2021年3月に古賀が死去した際には、浦沢が自身のTwitterで「古賀稔彦さんの柔道がなければYAWARA!はありえませんでした。あんなに見事な一本背負いを漫画でも表現してみたい。でもあの本物の迫力はなかなか出せませんでした。古賀さんの柔道はすごい刺激をいつも与えてくれました。」と振り返り、「本当にありがとうございました、古賀稔彦さん。謹んでご冥福をお祈りします」と追悼するコメントを発表している。
浦沢自身の志向するところとしては、元々は数あるスポーツ漫画のパロディとしてスポ根ものへのアンチテーゼを盛り込んだ、柔道はやりたくないのに才能だけで勝っていく少女を描いたドタバタ群像劇だったらしい(青年誌らしく、お色気シーンも多かった)。
ところが、作者自ら監修に加わった(実写映画があんまりの出来で作者が激怒したため)というアニメ化をきっかけに方針を転換。「どのようにしたら売れる作品になるか」を突き詰めた実験作品と定義し、劇中後半にはトレンディドラマばりの青春柔道ラブストーリー(DVDの宣伝文句をそのまま引用)になった。
スポーツものとして柔道の要素も強い(※作者は全く柔道を知らずに始めたため、当初は女子が男子トップクラスに勝つなど無茶苦茶な描写が多かったが、何度も取材を重ねだんだん本格化させていった。しかし、それでも現実の柔道とは異なる描写が多いと指摘されている)が、あくまでベースとなっているのは猪熊柔と松田耕作のラブストーリー、ヒューマンドラマ的な部分である。
浦沢が得意とする緻密な心理描写や、王道の展開だけでない巧みなストーリー構成、あちこちに鏤められた布石や伏線などのロジックが評価されている。
また、浦沢は苦手だった「可愛い女の子」を描くために、女子キャラクターについて必死に江口寿史の画風をリスペクトしたことを明かしている。また、前述したように大友克洋の影響も強く受けており、松田がバイク乗りなのも、『AKIRA』の金田から来ているという。
ちなみに、本作ではフィクションということで女子柔道の無差別級を開催しているが、実際の五輪で女子の無差別級試合が行われたことは一度もない。また、男子柔道においても後に無差別級は廃止された(実際は、同一レベル同士だと体重差は大きなハンデとなり埋められないということである)。
作中では女子重量級の選手はおろか、男子の有段者を女子最軽量級の選手が投げ飛ばす、というシーンもあるが、これもあくまでフィクションだから描ける展開だと言える。
ストーリー
大きく分けて4部にわけられ、武蔵山高校時代、三葉女子短大時代、鶴亀トラベル時代、そしてバルセロナ編となっている。
基本的には柔道をベースにしているが、高校時代はドタバタラブコメディー、短大時代は富士子との友情を描いた青春物語、鶴亀トラベル時代では、より柔と松田の関係を掘り下げつつも周囲の邪魔や柔の葛藤が描かれるなど昼ドラのような生々しい展開も取り入れられ、それぞれの部で作品の雰囲気は異なる。
また、あちこちで似たようなシーンが繰り返し登場するが、その時その時の心理状況はまるで異なっているのも特徴であり、浦沢らしい緻密な描写や構成力が光る。
武蔵山高校時代
『日刊エヴリー』の記者として嫌々スキャンダルを取材していた松田耕作は、ある日ひったくり犯を巴投げで投げ飛ばす女子高生を目の当たりにする。松田は彼女にスーパースターの光を感じ、追い回すようになる。
女子高生の名前は猪熊柔。柔は柔道家の祖父、猪熊滋悟郎の元で英才教育を受けたまさに天才であったが、滋悟郎の「柔をセンセーショナルにデビューさせたい」という思いから公式戦はおろか柔道をやっていることさえ周囲に隠していた。
一方、柔本人は思春期を迎え、普通の女子高生のようにオシャレしたり恋したりしたい思いを秘めるようになり、柔道から遠ざかろうとしていた。
滋悟郎の挑発により、あらゆるスポーツで活躍してきたもう一人の天才少女、本阿弥さやかが「柔」をライバルと公言して柔道界デビューを果たす。不本意ながら勝負の世界に引き込まれることになり困惑する柔であったが、柔の「普通の女の子になりたい」という本心を聞いた松田による協力を受け、選手として活躍していくこととなるのであった。
大学受験と前後して生涯のライバルとなるジョディ・ロックウェルと交流を深め、柔道家として精神的に成長していくこととなる。
この頃の柔は、さやかのコーチを務める風祭への憧れが強く、さやかとの三角関係が作品の軸となっている。対する松田はまだ柔の恋愛対象として意識されておらず、岡惚れ状態だった。
ちなみに、原作にて柔が未成年飲酒をする場面があるが、完全版では烏龍茶に差し替えられた(アニメDVDはそのまま)。連載当時は表現上の規制もあまり厳しくなかったことや、社会的な風潮もあってある程度黙認されていた。なお、他にもノーヘルでのバイク二人乗りや規制緩和前の高速道路タンデムなど、今となれば問題視される行動も多々見られる。
三葉女子短大時代
「柔道部のないところに行きたい」と公言し、晴れて三葉女子短大に入学した柔だが、なかなか周囲の浮わついた感覚についていけずにいた。そんな中、後に親友となる伊東富士子と出会い、二人でゴルフサークルに入部する。
ディスコに顔を出した際、うっかり柔は相手の男を投げ飛ばしてしまい、「自分の柔道は他人に危害を及ぼすものだ」とショックを受ける。一方の富士子は柔の一本背負いを見て感銘を受け、自分がバレエの英才教育を受けながら、伸び続ける身長によりバレリーナの夢を諦めざるを得なかった境遇を告白する。
柔は富士子の告白により勇気づけられ、世界を目指すためにソウル五輪での柔道エキジビションマッチ(無差別級)参加を決意(アニメでは柔道ワールドカップ)。しかしソウル大会の後、滋悟郎から父親の失踪の原因は自分の巴投げにあると知らされ、失意の中で引退を宣言する。
富士子は柔の柔道復帰を後押しするため、密かに柔道部を設立することとなる。
この三葉女子短大時代から柔の想いは徐々に松田へと傾いていくことになる。一方、松田の同僚の加賀邦子が恋敵として大きな存在感を示し始め、また松田自身もスーパースターである柔に遠慮して気持ちに疎かった経緯もあり、そこまで順調に関係は進まない。
鶴亀トラベル時代
短大卒業後、父を探す目的も兼ねて、柔道部が存在しない鶴亀トラベルに就職した柔。しかし、彼女の教育係となったのは、全く仕事へのやる気がない羽衣という窓際社員であった。
羽衣のあまりのやる気の無さに痺れを切らした彼女は事もあろうに競合他社、本阿弥トラベルの顧客を訪問してしまうが、得意先が柔のファンだということで、羽衣と一緒に北海道への接待ゴルフに同行することに。
しかし、その旅行の日程と全日本選手権の試合日が被ってしまうことになる。風祭に相談の上、仕事を選択した柔であったが、羽衣は実は松田の記事の大ファンで柔や富士子のことも早くから注目しており、彼によってによって東京に帰るように差し向けられる。
柔は松田に送迎されて試合会場にギリギリ間に合い、全日本選手権優勝を果たす。そこで一度は幻滅した松田を見直すことになり、二人は急接近しかけるのだが…。
なお、富士子の妊娠・結婚にともなう引退宣言や、父の現在を知ってしまったことによる柔の葛藤など、重要な局面を迎えることになるが、この辺りはアニメはかなり早足の展開となっている。
バルセロナ編
バルセロナ五輪への切符を手に入れた柔と富士子だが、今度は松田にトラブルが発生した。なんと同僚の加賀邦子が誘拐されてしまったのだ。松田は「警察に頼っていられない」と自力で邦子の救出に向かう。
松田への本当の想いに気づく柔。しかし2人の距離はそれと相反するように離れていく。柔は気持ちに整理をつけ、本心から柔道と、松田と向き合おうと取り組んでいく。
このバルセロナ編はテレビアニメ版では放送されず、4年後舞台をアトランタに変えたスペシャル版が放送され、ある程度展開が補完された。ただし、名シーンがカットされていたり、描写に矛盾があったり(具体例として富士子の娘の年齢など)と、ファンからの評価は微妙である。
余談
当然続編希望の声も高かったのだが、浦沢直樹本人が本作、特に松田耕作をあまり気に入っていないのか「続編やるとしたら、まず松田は殺しますね」と発言しており、続編が出る見込みはまずないと言っていい状態である。
これ以外にも連載中にアニメの展開や締切に振り回されたためか、本作を気に入っていないような発言があった。その後に発表した『Happy!』では「浦沢が本当にやりたかった展開」として生々しい展開、描写が取り入れられている。
完全版の後書きには「当時は、週刊2連載という多忙スケジュールの中、締切に追われていたので、手抜きばっかりの作品という意識があったが、改めて振り返れば全くそんなことはなかった」と再評価している。
また、想像の余地を残したエンディングや、脇役の個性が非常に立っている作品ということもあり、とにかく後日談を描いた二次創作小説が多い作品として昔から知られている。
登場人物
猪熊家
日刊エヴリースポーツ
本阿弥家関係者
伊東・花園家
柔道選手
ジョディ・ロックウェル(CV:一城みゆ希)
クリスティン・アダムス(CV:さとうあい)
柔道関係者
三葉女子短大
鶴亀トラベル
実写映画
1989年の春休み映画として東宝系の映画館で公開された。
当時現役の柔道選手であった山口香、元柔道選手の山下泰裕(原作漫画にも実名で登場)が出演している。
テレビアニメ
『YAWARA! a fashionable judo girl!』というタイトルで、1989年10月から1992年9月にかけて日本テレビ系列局全21(放送開始時点)→24(放送終了時点)局ほかにて放送された。
なお、全124話だが、2話連続の総集編が放送されたため、実際には122話である。また、本編は119話であり、あとの3話は柔の祖父・滋悟郎の若き日を描いたもの(スピンオフ作品「JIGORO!」として、浦沢の他の読み切り作品と合わせる格好で単行本化されたこともある)をアニメ化したもの。
途中で原作に追いついてしまったため、バルセロナ五輪編は放送されず終了した。
その後、オリンピック出場から完結は1996年に金曜ロードショーで『ずっと君の事が…』の副題で放送されたが、展開が大幅に短縮された上、すでにバルセロナが終了していたため舞台がアトランタに変更された。
また、テレビアニメをベースとした映画版も作られており、1992年の夏休み映画として公開された。
「(雪印アワー・板東英二の)わいわいスポーツ塾」(TBS系列局)を向こうに回しまずまずの視聴率を取っていたので、主題歌も永井真理子、今井美樹、辛島美登里、原由子などといった、時代を彩る大物アーティストを起用できたという。
アニメーション制作はマッドハウス、ホスト局はよみうりテレビ。
主題歌
オープニングテーマ
「ミラクル・ガール」(第1 - 43話)
作詞:亜伊林、作曲:藤井宏一、編曲:根岸貴幸、歌:永井真理子
「雨にキッスの花束を」(第44 - 81話)
「負けるな女の子!」(第82 - 102話)
「YOU AND I」(第103 - 124話)
作詞・作曲:陣内大蔵、編曲:根岸貴幸、歌:永井真理子
エンディングテーマ
「スタンド・バイ・ミー」(第1 - 43話)
作詞:松本隆、作曲:矢萩渉、編曲:萩田光雄、歌:姫乃樹リカ
「笑顔を探して」(第44 - 81話)
作詞・作曲・歌:辛島美登里、編曲:若草恵
「少女時代」(第82 - 102話)
作詞・作曲・歌:原由子、編曲:小林武史・桑田佳祐
「いつもそこに君がいた」(第103 - 124話)
作詞・作曲:LOU、編曲:松浦晃久・LAZY LOU's BOOGIE、歌:LAZY LOU's BOOGIE
関連タグ
美味しんぼ:アニメの前番組。この作品自体は放送枠を移動した上で放送継続。しかも発表された漫画雑誌が同じ。