ムルトポ将軍(本名:アリ・ムルトポ)とは、インドネシアの思想家・軍人・政治家である。第21代インドネシア情報大臣を務めた。
来歴
逸話
1978年4月、フィリピンの首都・マニラで開かれたASEAN諸国に日本や韓国を加えた安全保障会議が開かれた際、会議進行とは無関係に韓国代表が、
「日本が30数年間に渡り韓国を侵略したため、韓国は防衛体制を確立することが出来なかった。その責任は日本にある!!」
と発言して日本を侮辱。当の日本代表は黙っているばかりで反論出来なかった…が、その時、インドネシア代表として出席していたムルトポ将軍が席から憤然として立上がり、「同盟国・日本を下品に侮辱した」として次の様に反論した。
「日本の庇護下で生きて来た朝鮮人が自ら戦わなかったにもかかわらず、責任だけを日本に押し付けるとは何事か!! もし、アジアに『日本』という国がなかったらと仮定してみよ!! 1899年の義和団事件以来、ロシア(当時はソ連)は満州に大量の軍隊を駐留させ、朝鮮侵略を狙っていた。朝鮮が戦わないから日本が戦ったのであり、これが日露戦争であった。
朝鮮は日本が負けると予想して、裏でロシアと繋がっていたではないか。もし、日本が戦わなかったら、間違いなく朝鮮はロシアの領土となっていた。朝鮮のみならず、中国も北半分はロシアが支配し、揚子江以南は英国とフランスが支配したであろう。遅れて進出した米国は、いかにして中国大陸に喰い込もうかと企んでいた。
そもそもアジア混迷の遠因は志那(中国)にある。志那はアヘン戦争で英国の不当な要求に屈して簡単に降参してしまった。あの時、志那はなぜ徹底して戦わなかったのか? 英国やフランスを大陸に引込んで、蒋介石の様に戦えば勝てたかもしれない。”中華”と誇る志那が不甲斐なく負けたから、日本が大東亜戦争(太平洋戦争)を戦わざるを得なくなったのではないのか。その責任は志那にある。そもそもアジアで戦ったのは日本だけである。もし、日本という国がなかったら、アジアは半永久的に欧米勢力の植民地として支配されていたはずである。戦後、アジア諸国は日本から経済・技術・資金面でどれ程多くの支援を受けて来たのか、よくよく考えてみよ!!」
韓国代表は、それ以上は何もいえなくなったと伝わる…が、別会議において韓国代表は懲りずに再度日本へのバッシング発言を実行、そのさいムルトポ将軍が次の様に反論した。
「日本はアジアの光である。大東亜戦争は欧米人にアジア人の勇敢さを示したもので、チンギス・ハンと共にアジア人の誇りである。ここで、インドネシアによる日本民族の価値についての見解を申上げる。
例えば今、忽然として日本民族がこの地球上から消えてしまったら、アジアとアフリカは非常に困ることとなるであろう。中でも、韓国が1番困ると思う。韓国は工業大国である日本と競争したから立派な工業国となれた。もし、日本がシンガポール地点にあったとしたら、我がインドネシア人は少なくとも100万人が日本国内に移住し、日本人と同等の教育を受け、その人的関係から日本の技術・市場・金融・スタッフ等を活用することが出来る。だから、企業が成功するのは極めて容易である。
つまり、日本から近いところに位置していることは実に幸運なこと。経済的支援を連続的に受けているといっても良いくらいだ。もし、インドネシアが日本の近くにあったなら、今の様な貧弱なインドネシアにはなっていなかったであろう。要するに我々インドネシア人は、『日本は何もしてくれなくても良い』と考えている。日本は欧米と肩を並べて進歩しているだけで、十分アジアとアフリカに尽くしていると考えている。
だから、我々アジア人は外交面に弱い日本を応援したいと思っている。日本から援助を貰うだけで応援しないのでは、決して運命共同体とはいえないし、対等のパートナーともいえないのではないか」
と、完全に韓国代表を論破して黙らせたという(参考)。