軍人には四つのタイプがある
有能な怠け者は指揮官にせよ
有能な働き者は参謀に向いている
無能な怠け者は連絡将校か下級兵士が務まる
無能な働き者は銃殺するしかない
概要
無能な働き者とは、ドイツの軍人であるハンス・フォン・ゼークトが定義した(といわれている)『ゼークトの組織論』で四つに隔てられた人間のタイプのひとつ。定義からも分かるように、組織においてもっとも不必要な人材とされている。
ミリオタや経済・人材関連の話題ではたびたびその言葉を見せており、そののち、アニメ『ガールズ&パンツァー』のヒットによってアニオタにも定義が広く知れ渡った。
とりわけ、この「無能な働き者」という定義は使いやすいためか、ネットスラングとしても定着しており、シンプルに「やらなくてもいいことをやってやらかす人物」といった意味合いの悪口として使われることが多い。
この世から抹消しなければならないほど迷惑な存在でしかないから「銃殺」という過激な表現を使用しているわけだが、実際のところゼークトの発言には明確な証拠が残っておらず、「処刑」や「害悪」と言ったという説も出ている。
本格的に定義が知れ渡るようになったのも、エーリッヒ・フォン・マンシュタインがゼークトの発言を引用するようになってからのため、実際はどう言ったのか定かではない。
また、クルト・フォン・ハンマーシュタイン=エクヴォルトが述べたことが元であるという説もあり、そちらでは「無能な働き者」については「責任ある立場にはつかせるな」程度の内容であり、「消してしまえ」といったニュアンスは見られない。
正直なところ、根拠がはっきりしていないために、どう言っているのかということまでは分かっていない。
定義
「無能な働き者」の厳密な意味とは? というと微妙なところもあるのだが、本定義で言う「有能」と「無能」の差とは、おおむね組織の一員としての思考力(情報処理能力)や判断力、学習能力、空気を読む能力(他者への配慮)、そして自身が率いるチーム全体の総合力を発揮することができるかの有無を指す。
「働き者」と「怠け者」の定義については難しく、言ってしまえば課題(要求)の本質をとらえ、最低限の義務や成果以上を求めない合理主義者が怠け者であり、働き者は最良・最善・最大という理想の形を率先して追求する者といえる。そのため、「怠け者」とはいうものの課された(言われた)仕事は最低限やっており、「働き者」が必ずしもプラスの意味ではない。
端的に言えば、ノルマをこなしたらそれで自分の仕事は終わりとしてしまうか、自分で仕事を見つけて時間いっぱい働くか、ということである。
上記のとおり、ゼークトの『組織論』における四類型にはさまざまな解釈があるが、元と言われる文章をざっくりとまとめると、
- 「有能な怠け者」:有能なので物事の本質をとらえることができ、判断に優れる。また、自分から動くことを好まない“怠け者”なので人を動かすことに長けており、組織においてはトップ(指揮官)やチームのリーダーに向いている。
- 「有能な働き者」:有能なので物事の本質をとらえることができ、判断に優れる。課題解決のために自ら進んで策を打つため、組織においては参謀や秘書などのサポート役が向いている。
- 「無能な怠け者」:無能なので自分で適切な判断ができず、なおかつ自分からは動こうとしない人である。指示の不理解を除けば言われたことだけを愚直に行い、余計なことをしないため、組織においては下級兵士や作業員、肉体労働者といった命じられたとおりに動く職に向いている。おおむねどの分野の組織でも大多数を占める存在である(ゼークトいわく、9割以上の軍人がこれに該当する)。
- 「無能な働き者」:無能なので自分で適切な判断ができず、そのための知識もないにもかかわらず、(根拠のない思い込みや誤った独断で)なんとかしようとして自ら進んで動き回る人。さらには、間違いをしてもそれを認めないうえに反省もしないため、組織にとっては悩みと不安の種、いわゆる「獅子身中の虫」である。
なお、ゼークトの『組織論』における四類型は、もともとは軍隊に属する人間に使う言葉のため国家(組織)への忠誠心があることが前提であり、そのため民間企業においては適用できない場合もある(副業に力を入れていたり、転職を目指していたりなど)。
また、「働き者」「怠け者」の区別は、あくまで求められている以上の成果(理想の追求)を出そうとするか否かであり、どんなに重労働をこなしたとしても、指示どおりのノルマであれば「怠け者」に分類される。
しかしながら、もともとはっきりとした根拠がないこともあり、悪口としての使われ方が広まった現在ではお構いなしである。
例
ある樹木の成長をうながすために、その周辺の木を間伐(かんばつ)するように命じて斧を手渡したとする。
- 「有能な怠け者」:渡された斧ではなく、どこからかチェーンソーを持ち出して手早く伐採を終わらせる。余った時間は次の指示が来るまで、自分の好きに使う。(効率的に物事をこなし、指示された以上のことはしない)
- 「有能な働き者」:チェーンソーを持ち出して手早く終わらせるまでは有能な怠け者と同じだが、切り終わったら伐採した木を運搬するための段取りを行ったり、別の場所の木を切るべきかどうかを指示者に確認したりする。(効率的に物事をこなし、期待した以上の成果を出す)
- 「無能な怠け者」:とにかく渡された斧で、切るように指示された木だけを伐採する。終わって時間が余っていたら、次の指示が来るまで何もしない(と言うよりできない)。(指示どおりに物事をこなし、指示どおりの成果を出す)。
- 「無能な働き者」:示された木の伐採はするものの、さらに(指示者に確認することなく)自分勝手な考えに基づいて価値のある別の場所の木を切って損害を発生させるほか、我流の伐採方法を試みて怪我をしたり、斧を破損させたりする。(思い込みや独断で物事をこなし、取り返しのつかない事態を招く)
一応、無能な働き者の例では、必要な情報や知識、技術を持つものが定期的に見廻っていれば被害を軽減させることができるが、それこそ人的リソースの無駄遣いであるうえに、同じ人的コストをかけるなら無能な怠け者を同じ数雇った方がいいどころか、何もしなければ被害は起きないぶん、誰も雇わないほうが得ですらある。
「無能な働き者」の傾向
組織において「無能な働き者」と評される人間には、時代や国家、組織の官民の区分、営利団体か非営利団体かといった組織の環境によって多少の差異はあるものの、おおむね以下のような特徴が多く見られる傾向にある。
自分が偉い(能力が高い)と思っている
無能な働き者と評される人間は、自身が積み上げてきた知識や技術といった能力の高さや豊富さ、もしくは現在自身が任されている役職から、「自分は偉い」「自分はほかの人間よりも能力がある」というような錯覚を覚えることがある。
このプライドの高さにより、無能な働き者は課題を任された際に、部下や仲間がいたとしても「自分でやったほうが早い」と仕事をひとりで抱え込んで非効率に進めてしまったり、任された課題が失敗に終わった際に「自分は悪くない」などと保身や責任転嫁に走り、結果としてそこからの学習による改善を行わないという姿を見せている。
過去にこだわりがある
無能な働き者と評される人間は、過去の何かしらの成功体験(学歴など)や、自身の知識・技術の過去からの積み上げにこだわりを持つ傾向がある。
そのため、「自分は正しいんだ」というような傲慢(ごうまん)さによって日々変化する情報や価値観の取り込みを行わず、自身の古い知識・技術・価値観のまま組織からの課題に応えようとし、結果として自己の認識と組織の要求との食い違いのもとに本来求められているものとはかけ離れた方向性の結果を出してしまうことがある。
他者を見下している
無能な働き者と評される人間は、先述のように自分は偉い(能力が高い)と思い込んでいることから、相対的に組織のほかの人間(部下、同僚、上司、その他の利害関係者)たちは能力の低い人間であると見ることがある。
他者の価値を認めないために、上司に対しては課題の本質をうかがうことを怠り、有能な部下や同僚に対しては嫉妬を募らせてその足を引っ張ることに努め、そして直属の部下が失敗するとその結果を人格ごと非難して罵(ののし)る。これにより、組織は無能な働き者を中心として全方位に及んで機能不全を起こすとともに、組織内のチームワークや部下たちのモチベーション(意欲)は早々に瓦解することになる。
「無能な働き者」の逆とは
もしも「無能な働き者」というレッテルから解き放たれたいのであれば、上記の要素の逆を目指すことで改善が図れるだろう。(もっとも、注意力散漫ゆえに人の話を聞かず、ケアレスミスを連発するタイプの無能であれば別の解決方法が必要になるが)
- 「自分は偉くない」「自分には能力が足りない」と謙虚になり(決して「卑屈になれ」という意味ではない)、他者からの助力やフィードバック(改善策)を進んで受け入れること
- 自身の過去の功績ではなく組織の未来に目を向け、組織の展望やそれによる要望に応えられるように日々学習を積むこと
- 上司・同僚・部下・その他の利害関係者の人柄や能力、価値観を認めて思いやり、組織のチームワークの発揮をうながすこと
これらは長い時間をかけて継続的に取り組む必要があるものの、もしも達成することができれば、組織における「有能」な人間として評価されることになる。
その他
一部では、アニメや漫画の主人公に多い熱血漢や脳筋タイプは無能な働き者かどうかが議論に挙がることもあるが、このポジションは当初は無能だったが反省をバネに実力をつけて有能になるパターンが多い。
ただし、人間やそれを取り巻く環境は日々変化するものであるため、無能な働き者だった者が成長して有能な働き者になったり、逆に有能な働き者が効率的な新しい手段を否定し、古い非効率的な伝統に固執するなどして、無能な働き者に成り下がることも多々あるのである(主に追放ものに登場する悪徳勇者は後者に該当するパターンが多い)。
また、職業軍人のキャラクターなどに多い「自分の役割に専念し愚直に邁進(まいしん)するタイプ」や「思考停止して命令通りに動くタイプ」は、この分類では「怠け者(指示どおりの成果を出す)」に当てはまるため、これも無能な働き者とはならない。命じられたことを正確に成し遂げておかしな事態に陥ったのであれば、それは命じた側に問題(責任)があるためである。
現実では、被災地などに千羽鶴を作って送る行為が批判されているが、この千羽鶴を送ることが一方的な善意という自己満足の押しつけ、いわば「無能な働き者」のそれに近いものといえる(作ったものを飾るだけならば復興祈願の意味合いもあって決して無駄な行為ではないのだが、生死にかかわる状況やそうした慣わしのない国に送り付けるのは得策ではない。折り紙は燃えにくくトイレットペーパーの代わりにもならず、また無駄にスペースを取ってしまうので、現地の人々にとっては折り鶴よりも食料や水のほうがはるかに重要なのである)。
簡単にまとめると、「行為の善悪」で物事を判断すると「結果の良悪」を想定していないため、往々にして目的(本質)を間違えて本末転倒になる、ということである。
最後に
「無能」という言葉もこの言葉もそうだが、現実でもネットでもむやみやたらに使うのはよろしくない。
無能無能と吐き散らかす輩ほど有能とは限らない(最悪の場合ブーメラン発言にもなる)ほか、喧嘩で荒れる原因にもなるので、そもそも言わないほうが吉である。
人を評価するには知識がなければできないが、罵倒するだけなら誰にでもできるのである。
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