概要
馬鹿試合とは、両チームとも大量得点を挙げる乱打戦、または片方のチームが大量得点を挙げて一方的に勝つワンサイドゲームのこと。
残念ながらプロ野球の試合ですら、たまに起こってしまう。
投手陣に比べて打線が強力なチーム同士の試合で発生しやすい。
なんJなどでの元々の大まかな定義は、両チーム5点以上を獲得した試合とされていた。
しかし近年では、ワンサイドゲーム(公開処刑)も含める場合もあるなど、馬鹿試合という言葉の意味合いが多少変化してきている。
いわゆる馬鹿試合と呼ばれる試合を全て記載すると非常に冗長な記述になってしまうため、この記事では、代表的な馬鹿試合とされる試合に絞って記載する。
なお、2018年度と2019年度は例年に比べ、馬鹿試合が非常に多く発生している。ほぼ全チームで投手陣が軒並み不調であることが原因であると思われる(2018年8月時点でチーム防御率が3点台後半~4点台であり、例年に比べて1点近く高い)。
記述が膨大になってしまっているため、応急措置として
子記事に分割されている。2018年、2019年の内容はそちらを参照のこと。
個別記事を作る際の注意
シーズン初めに新規個別記事を作成すると記事の中身が無いため、プロ野球に疎いユーザーに白紙化されやすい。
そのため、シーズン序盤はこちらの記事へ記載し「2018年のプロ野球の馬鹿試合」の様に異常な量になってしまった場合のみ個別記事を作成する事を推奨する。
1940年(昭和15年)
4月6日 阪急32-2南海(西宮球場)
29-1から遡ること63年。オリックスの前身である阪急が、ソフトバンクの前身である南海を相手に、プロ野球記録となる32得点を記録した試合。しかも、あの29-1と同一の対戦カードでもある。この記録は2リーグ制になった1950年以降になっても未だに破られていない。
1952年(昭和27年)
7月26日 巨人×松竹(大阪球場)
- 巨人17-0松竹
巨人の先発・大友工がノーヒットノーランを達成。ちなみに、この試合で巨人が挙げた17得点は、ノーヒットノーランを達成した試合としては最多得点であり、未だに破られていない(ただし、日本の野球全体としては46年後に夏の全国高校野球選手権の青森県大会にて東奥義塾が深浦に対して記録した122得点が最多)。
1973年(昭和48年)
10月11日 巨人×阪神(後楽園スタヂアム)
- 巨人10-10阪神
前日、主砲・田淵幸一の満塁ホームランで逆転勝利を収め、遂に首位に立った阪神と、開幕からやや不調気味で、8月末に入ってやっと首位に立ちながら、この敗戦で首位陥落となった巨人の天王山第2ラウンド。
巨人の先発・堀内恒夫が中4日での先発にもかかわらず、2回までに7失点を喫してしまい、更には4番・長嶋茂雄がその2回表に右手薬指を骨折するなど、V9に黄色信号が灯りそうな悪い立ち上がりとなった。しかし、そんな巨人の不安なムードを払拭したのが、長嶋に代わって三塁の守備に就いていた、富田勝だった。4回裏、阪神の先発・江夏豊から富田が第3号となる3ランホームランを放ち、その後にももう1点追加し、江夏をノックアウト。
6回裏、黒江透修のソロホームランで2点差とすると、なおも連打で1・2塁とチャンスを広げる。ここで阪神はピッチャーを上田次朗に交代。対する巨人も代打の萩原康弘を送り込む。その萩原の第2号3ランで、巨人がついに逆転した。
その後更にもう1点追加した巨人だったが、阪神も粘る。直後の7回表に2点を挙げて再び同点とし、8回表には巨人の高橋善正から8番の望月充が勝ち越しタイムリーを放つ。一方の巨人もその裏、柳田俊郎が阪神の谷村智博から9号ソロを放ち再び同点に追いついた。
試合は9回裏日没コールドで引き分け、巨人は逆転でのV9へ首の皮が一枚つながり、22日の甲子園での阪神戦でついにV9を成し遂げた。
1982年(昭和57年)
5月23日 大洋×中日(県営宮城球場:現・楽天生命パーク宮城)
- 大洋10x-9中日
1985年(昭和60年)
5月22日 阪神×広島(甲子園)
- 阪神13-8広島
1986年(昭和61年)
9月5日 近鉄×西武(藤井寺球場)
- 近鉄12x-11西武
1989年(平成元年)
10月5日 西武×ダイエー(西武球場)
- 西武12-13ダイエー
10月12日 西武×近鉄25回戦(西武球場)
- 西武4-14近鉄
いわゆる「10.12」と呼ばれる平成最初の名勝負。
西武・近鉄・オリックスによる三つ巴の大激戦は未だに決着がつかず、前年の「10.19」をも凌ぐ混戦と化していた。
それでも、西武はこの日の近鉄とのダブルヘッダーに連勝すればリーグV5が決まるなど、試合前の時点では西武優勢と言われていた。
しかし蓋を開けてみれば、第1試合で、近鉄の主砲ラルフ・ブライアントがチーム全得点を叩き出す3打席連続ホームランと大爆発。第1打席での外野フライの時点で西武側に漂っていた嫌な予感が的中し、この試合を落としてしまった。
そしてダブルヘッダー第2試合となったこの試合ではブライアントが2試合に跨る4打数連続ホームランを放つなど、近鉄の誇るいてまえ打線が大爆発、世間の下馬評をひっくり返す結果となり、西武は最速でのリーグV5はおろか、自力優勝の可能性まで消えてしまう始末に。
結局、近鉄が前年の屈辱を乗り越え、見事リーグ優勝を果たした。
1990年(平成2年)
4月21日 ダイエー×オリックス4回戦 (平和台球場)
本気記事での伝説の始まりである第一弾。ダイエー(現在の福岡ソフトバンクホークス)がまださほど強くなかった頃の時代のこと。当時のオリックスは昨年のペナントで近鉄・西武との三つ巴の死闘を演じてきたが、ゲーム差0、2位と僅かに優勝を逃してしまった。それでも特に門田博光、ブーマー・ウェルズ、藤井康雄を中心とし、これに松永浩美と石嶺和彦らが加わったブルーサンダー打線の爆発力は他のチームを恐れさせた。
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- ダイエー8-15オリックス
この日のオリックスの先発は星野伸之であり、7回までダイエー打線を沈黙させる好投を見せた。一方オリックス打線は1回にブーマーのタイムリー、2回には藤井、石嶺のタイムリーで3点をリードした。5回には松永のヒットから始まり、1死の後にブーマーがヒットを放ちダイエー先発・藤本修二は門田に右中間に4号3ランを取られてしまい、更に2点を奪われてしまう。その後もオリックス打線は追加点をあげていった。
尚、藤本修二はこの年は1勝しかできず、このオフに5対4の大トレードで阪神に放出された。
さて、試合に戻るが、完封を狙う星野であったが、8回裏に四球、安打、四球で1死満塁になると、小川達明にボテボテの内野安打を打たれて点を取られてしまう。尚、小川はこのシーズンの打点はこの試合のみとなっており、シーズン限りで引退している。
これで星野は何かがキレてしまったのか、次の藤本博史にレフトへの2号満塁ホームランを打たれてしまう。更に続いて森脇浩司には右中間にソロアーチを浴び6点目の失点。この後も有田修三、湯上谷宏らにヒットを打たれ続けてしまった。
結局22安打15得点と勝てたのだが、13-0の一方的な試合からあらよあらよと15-8の馬鹿試合へと変えてしまった。
この試合は別名「アクションベースボール」と呼ばれている。
13年後にまさかオリックスがダイエーにお返し以上のものを食らうとは両チームともこの時は思っていなかっただろう…いいのかそれで?
9月9日 オリックス×西武(西宮球場)
- オリックス13x-11西武
1992年(平成4年)
7月31日 西武×オリックス(西武球場)
- 西武13x-12オリックス
1993年(平成5年)
5月19日 ヤクルト×広島6回戦(神宮球場)
- ヤクルト17x-16広島 (延長14回)
広島24安打15残塁、ヤクルト18安打13残塁の典型的なgdgd試合。試合時間5時間46分。このときの出場選手は、2013年、広島・前田智徳,ヤクルト・石井一久(西武)を最後に全て引退した。
ちなみに3回裏に池山隆寛が出した1イニング7打点は個人最高記録、1試合両軍合計33得点は2リーグ制以降の最高記録である。
9月5日 中日×阪神(ナゴヤ球場)
- 中日7-10阪神
1997年(平成9年)
8月24日 近鉄×ロッテ(大阪ドーム)
- 近鉄11x-10ロッテ
1998年(平成10年)
7月15日 横浜×巨人16回戦 (横浜スタジアム)
- 横浜13x-12巨人
巨人、横浜共に20安打、合わせて40安打、猛打賞8人と猛打賞を量産した。
この試合を境に横浜は調子を上げ、38年ぶりに日本一になった。一方の巨人は3位を確保するのがやっとで、オフには長嶋茂雄監督(当時)の進退問題にまで発展し違った意味合いで馬鹿試合となりまさに茶番劇となったが、この試合最大のハイライトは8回の表裏の攻防であろう。表の攻撃で髙橋由伸の3ランHRで突き放したかと思えば、その裏に佐伯貴弘の一旦はライトフライと判定されたのがピッチャー槙原がボークを宣告されてしまい打ち直しに、更に打ち直しがそのまま同点2ランとお返しの一発となり、最後は波留のサヨナラヒットで幕が降りたというものであった。
2003年(平成15年)
7月27日 ダイエー×オリックス 「7月27日 17回戦」
- ダイエー26-7オリックス
まさに平成の世にのこる馬鹿試合と個人・チーム・両軍合計の記録が合わせて13個も塗り替えられた試合となり今も伝説として語り継がれている試合ダイエーの1試合32安打、チーム打率.582、両軍合計45安打、城島健司の個人1試合6安打(タイ)、パリーグ記録:ダイエー1回裏の10打数連続安打、1試合26得点(当時)、両軍合計33得点、城島と柴原洋の個人1試合7打数(タイ)で、ダイエーやりたい放題もう止まらない!!
ちなみに、1試合での両軍合計得点のプロ野球記録は1940年4月6日の南海(のちのダイエー、ソフトバンク)VS阪急(のちのオリックス)での34得点(南海2-32阪急)であり、奇しくも1試合両軍合計得点のプロ野球記録とパリーグ記録の両方で両軍がかかわることになった。
8月1日 オリックス×ダイエー 「8月1日 18回戦」
- オリックス1-29ダイエー
初回7点、2回8点、3回8点と入れていき、終わってみればかなり一方的な馬鹿試合に。
1試合29得点は、5日前に同チームが記録した26をあっさり更新した形になったのは言うまでもない。
2004年(平成16年)
9月20日 日本ハム×ダイエー25回戦(札幌ドーム)
- 日本ハム13x-12ダイエー
球界再編にともない新時代を漂わせる中起こったプロ野球界ストライキ。その次の日、札幌ドームで行われた試合はダイエーが3回に6点を取るなどダイエーリードだった。しかしそこから9回裏に日本ハム打線が反撃を開始し同点に追い付くと二死満塁の場面で新庄剛志(登録名は「SHINJO」、以下同じ)が起死回生となるサヨナラ満塁ホームランを放った。しかしこの時歴史に残る珍事が起きた田中幸雄と抱き合った際に回ってしまったことがランナー追い越しとされ、SHINJOのホームランはサヨナラタイムリーフェンス越え単打になってしまった。
しかし、この後のヒーローインタビューで、SHINJOは「今日のヒーローは僕じゃありません、みんなです!」という名言を残し、さらには「明日も勝つ!」と言ったところ、阪神が翌日から負けるという予想外のフラグ回収を見せるなど、まさに馬鹿試合の極みと言ってもいい試合になった。
9月23日 横浜×巨人 「9月23日 27回戦」
- 横浜11x-10巨人
9回表に巨人が3ホームランで4点を奪うも、9回二死無走者から記録に残らないエラーが発生(ライト堀田一郎×2、ファースト清原和博×1)を犯し、4点取られて巨人は逆転負け。
2005年(平成17年)
3月27日 ロッテ×楽天2回戦(千葉マリンスタジアム)
- ロッテ26-0楽天
楽天イーグルス初年度を代表する馬鹿試合。初年度を知る楽天ファンはあんまり思い出したくない思い出と語る。
前日、楽天イーグルスとしてのデビュー戦であった開幕戦。エースの岩隈が好投し、1-3で勝利。ファンや選手達にも今後に期待を抱かせるような勝利であった。だがしかし、この日は26-0と完敗。その後楽天は、シーズン100敗に迫る勢いで負け続けてしまった。(最終的には38勝97敗1分)
1試合26得点はチーム1試合最多得点のロッテ球団記録、および完封勝利試合における最多得点(日本記録タイ、2リーグ制最多)である。
4月1日 楽天×西武1回戦(フルキャストスタジアム宮城)
- 楽天16-5西武
わずか5日前に歴史的大敗を喫した楽天が、今度はホーム開幕戦で昨年の覇者・西武相手に大勝を喰らわせた。楽天球団史上初の2ケタ得点を挙げた試合でもある。
2006年(平成18年)
6月8日 中日×ロッテ6回戦(ナゴヤドーム)
- 中日16-0ロッテ
このカードはこの日までロッテの4勝1敗(1敗は川上憲伸のノーノー未遂)。ロッテはヤクルトと交流戦優勝をかけ、激しいデッドヒートを繰り広げていた。その一方、中日は前年よりも好調ながら千葉マリンスタジアムでは3タテを食らうなどロッテには翻弄されっぱなしだった。
そんな中迎えたナゴヤドームでのカード最終戦。ロッテの先発は前年のパ・リーグ新人王の久保、中日の先発は2連続完投で大ブレイク中だった3年目・佐藤充。
序盤こそ1安打無失点で中日打線を抑えた久保だったが、4回裏にアレックス・オチョアから浴びたタイムリーをきっかけに崩れだして5回途中6失点でマウンドをジャスティン・ミラーに譲る。だがそのミラーも1回0/3を投げて7失点、後続の小宮山、高木も失点するなど気がつけば18安打4四球16失点の大炎上。その一方で佐藤充は無四球7安打の好投で完封勝利し、3連続完投勝利を成し遂げる。
2007年(平成19年)
7月11日 ヤクルト×広島10回戦(神宮球場)
- ヤクルト12-10広島
2回目の神宮でのヤクルト×広島戦での馬鹿試合。ちなみに、各軍の監督である古田敦也とマーティ・レオ・ブラウンは1993年の試合の出場選手である。
両チーム合わせてホームランが12本、しかもホームランを2本打ったのが4人など、何をやったらそんなことになるんだよと言いたくなる試合で、アレックス・オチョアのホームランに始まり、アレックス・ラミレスのサヨナラホームランに終わるという、ホームラン乱舞の試合となった。
2008年(平成20年)
4月6日 広島×横浜3回戦(マツダスタジアム)
- 広島17-3横浜
先発は高崎健太郎、2回に3点を失ったのを皮切りに4回以降、毎回失点を重ね、代打・喜田剛にも一発を浴びる始末、首位打者・内川聖一、本塁打王・村田修一という二人のタイトルホルダーを抱えながら最下位を独走する、この年の横浜を象徴する試合になってしまった。
5月17日 中日×横浜7回戦(ナゴヤドーム)
- 中日7-10横浜
7回終了までは6-3で中日がリードしていたが、8回表1死後から横浜の反撃がはじまり1点差、8回裏に中日が1点を加え、抑えの岩瀬仁紀を投入して逃げ切りを図ったが失敗、5点を許し中日は大逆転負けを喫してしまった。
2009年(平成21年)
5月22日 横浜×西武1回戦(西武ドーム)
- 横浜15-5西武
西武の先発・涌井秀章が試合前、「注意するのは村田さんの一発しかない」と発言、その村田を3打席連続三振と抑えたものの、これがフラグとなったのか、村田以外の打者にはことごとく打ち込まれてしまい、涌井は6回途中10安打8失点でKOされてしまった。
6月11日 ロッテ×広島4回戦(千葉マリンスタジアム)
- ロッテ23-2広島
ロッテが6回裏に1イニング最多記録を7つやってのけた試合。
1イニング打者20人、1イニング15得点、15打点、3人目の井口資仁から15人目里崎智也まで3四死球を挟んで10打数連続安打、里崎の後に17人目今江敏晃までの15者連続出塁、井口からチェイス・ランビンまでの14連続得点と広島がかわいそうと思えるほどに打ち込み、得点を重ねていった。
なお3番の大松尚逸は、日本プロ野球史上初の1イニング3打席を経験した(この回先頭の福浦和也は2打席目で代走・堀幸一を送られて退いている)が、このイニングで凡退した唯一の打者でもある(2打席で凡退、残り1アウトは田中雅彦の犠飛)。
なお、ロッテは2013年交流戦の対広島戦向けに作製した“挑発ポスター”に
今年こそ、1イニング
打者三巡狙います。
という文章をデザインしているが、それはこの試合が元である。
2010年(平成22年)
4月3日 ヤクルト×横浜2回戦(神宮球場)
- ヤクルト13x-12横浜
両チーム合計38安打という大乱打戦。デーゲームであるが、最後のサヨナラホームランのシーンだけ観るとナイターと見紛うほど。
9回裏、横浜の守護神・山口俊がヤクルトの代打・川本良平に高めのストレートを打たれ逆転サヨナラ負け。この年FAで加入した橋本将の謎配球(ストレートに強く、変化球の不得意な川本になぜか4球連続ストレート)がクローズアップされ、橋本の正捕手の地位はほぼ無くなった。
ちなみに、横浜の1試合チーム22安打は敗戦チームの1試合最多安打記録である。
2011年(平成23年)
8月18日 ヤクルト×横浜13回戦(神宮球場)
- ヤクルト10-10横浜
快進撃を続ける首位ヤクルトと、投手陣のもろさが露呈した最下位横浜との一戦。横浜が最下位に低迷する要因が分かった試合と言う人もいる。
試合後は当然ながらやじが飛び交った
2012年(平成24年)
7月26日 ヤクルト×広島12回戦(神宮球場)
- ヤクルト12-16広島
3回目の神宮でのヤクルト×広島戦での馬鹿試合。
両軍合わせて35安打、28得点という「統一球ってなんだっけ?」と言ってしまいたくなるような試合。ちなみに、2チームの得点合計28得点という結果に。
4回表までに廣瀬純の満塁ホームランを含むホームラン2本を放つなど広島が0-13と大量リードしていたが、4回裏に広島内野陣が3エラーを犯してしてしまい、前田健太が3点を失うと一気にgdgdになってしまい、どうしてこうなったと言いたくなるような展開となった。
なお、広島対ヤクルトということで、上記の17x-16やホームラン12本の打ち合いの試合を思い出したファンもいるとかいないとか
2013年(平成25年)
5月10日 DeNA×巨人6回戦(横浜スタジアム)
- DeNA12x-10巨人
二度あることは三度ある。1998年、2004年に続いてまたも横浜スタジアムでのこのカード。
初回巨人の攻撃は、立ち上がりの高さ危険太郎もとい高崎健太郎を攻め、二死満塁から亀井善行の走者一掃3点タイムリーツーベース、続く村田修一の2ランホームランでいきなり5点を先制するが、その裏のDeNAの攻撃、二死一塁から4番トニ・ブランコの2ランホームラン、さらに続く中村紀洋の2者連続となるホームランで御退散5-3と反撃する。
その後、5回裏まで両者ゼロ行進が続いたが、6回表・7回表の巨人の攻撃で計5点を追加し試合は10-3という一方的な展開になるかと思われた。
しかし7回の裏、DeNAは代打・多村仁志の2ラン、ナイジャー・モーガンの2者連続ホームランで10-6とし、ブランコのタイムリーを加えて10-7とし、未だ無死二・三塁で中村のレフトオーバータイムリーツーベースで10-9、打者7人連続安打というかつてのマシンガン打線を彷彿とさせる攻撃で、まだまだ試合の展開はわからなくなった。
8回裏、巨人のセットアッパー・山口鉄也を攻め二死満塁となって、バッターボックスには今日まだアウトになっていない中村紀洋を迎えた。一打逆転の場面であったが、見逃し三振に倒れ、10-9のまま9回に突入する。
9回裏、マウンドには巨人の抑え・西村健太朗が上がった。先頭打者金城龍彦の打球はホームで跳ねて一塁線上へ飛び、これを塁審がファール宣告し金城が走塁を止めたのだが、その後打球はベースに当たり、捕球した一塁手がチームメイトに促されてベースを踏み、ベース手前の打球判定優先権がある球審の権限で判定がファールからアウトに覆ったことでプレーが途切れた。これで終わりかとも思われたが、監督・中畑清の猛抗議に発奮したのか一死無走者から高城俊人がレフト前ヒット、続く代打・後藤武敏もレフト前ヒットと続き、途中出場ながら2打数2安打1本塁打の多村を迎えることとなる。2ボール2ストライクと追い込まれるも、低めの球をライト方向へ流し、横浜に戻る喜びを味わうサヨナラスリーランホームランで決着を付けた。
両軍合わせて8本のホームランが飛び交う乱打戦だった。なおこの試合は、5日前に国民栄誉賞を授与された巨人終身名誉監督である長嶋茂雄が観戦しており、奇しくも氏は1998年の馬鹿試合(上述)の際に巨人監督を務めていた。また、この試合のTBSの中継で解説を務めていたのは、1998年の馬鹿試合(上述)の際に敗戦投手となっていた槙原寛己であった。
2014年(平成26年)
9月13日 阪神×広島21回戦(阪神甲子園球場)
- 阪神5-17広島
2位を争っていたチーム同士の直接対決。初回に広島が阪神先発の岩貞祐太を攻め5点を先制。阪神も広島先発の大瀬良大地を攻め2点を返し、さらに2回には上本博紀の犠牲フライで1点を追加した。阪神は4回にノーアウト2塁のチャンスをつかむも凡退、その後阪神3番手の金田和之と4番手の筒井和也が広島打線に襲われた。広島は5回、6回、7回に2点ずつ追加(6点のうち5回の1点と6回の2点は堂林翔太のホームラン)、8回にも鈴木誠也から田中広輔までの連打で一挙6点をとり、15安打17得点で大勝した。阪神が甲子園で17点以上を失ったのは、1950年4月16日の巨人戦(18失点)以来64年ぶり。
2015年(平成27年)
5月28日 広島×ロッテ3回戦(マツダスタジアム)
- 広島10-12ロッテ
もはや交流戦名物となりつつあるロッテと広島の乱打戦。またしてもロッテが制した。
7月22日 日本ハム×楽天18回戦(札幌ドーム)
- 日本ハム6-19楽天
楽天が球団記録となる1試合19得点を上げて大勝。特に序盤の3イニングだけで17点を奪うなど、終始日本ハムの追い上げを寄せ付けない試合展開となった。
8月13日 西武×日本ハム19回戦(西武プリンスドーム)
- 西武8-11日本ハム
8月19日 巨人×阪神19回戦(東京ドーム)
- 巨人12-3阪神
巨人が5回に1イニング12得点と激発。先発の内海哲也がソロホームラン2発を浴びて4回途中で降板するというアクシデントもあった中での馬鹿試合となった。
2016年(平成28年)
6月5日 ヤクルト×オリックス3回戦(神宮球場)
- ヤクルト9-14オリックス
2017年 (平成29年)
5月6日 阪神×広島8回戦(阪神甲子園球場)
- 阪神12-9広島
この年、熾烈な首位争いを繰り広げていた両チーム、先発投手難に悩む阪神・金本知憲監督はこの大事な試合にドラフト6位新人・福永春吾を抜擢、しかし、福永は重圧に呑まれて四球を連発し丸佳浩に2点本塁打を浴びて4回6失点KO、リリーフした松田遼馬も5回に3点を失い試合は決まったかと思いきや、5回まで1失点の広島先発・岡田明丈が6回に4四死球を乱発するなど突如くずれて7失点、リリーフした中田廉、薮田和樹、(仲尾次)オスカルも流れに飲み込まれて失点を重ね、9点を先取しながら9対12で敗れる赤っ恥の試合となってしまった。この日、9点差の呪いとしてその名と共に刻み込まれる事となるその名は「血涙の9点差」…しかし1年後の同時期に広島は…
7月26日 中日×ヤクルト 第15回戦(神宮球場)
- 中日10-11ヤクルト
ヤクルト先発の星が序盤から連打を浴び、5回10失点と大炎上。早くも敗色濃厚となるが、7回裏先頭荒木が四球で出塁するや代打中村が2ランを放ち一矢報いる。そして8回裏、先頭山崎が内野安打で出塁し、それをバレンティンがホームランで帰し10-4と迫る。ここでツバメ打線に火が付き打者一巡の猛攻で一挙に6点を追加して追いつき、試合は延長へ。そして10回裏、1アウトから代打大松がサヨナラのソロアーチを放ちサヨナラ勝利となった。
10月15日 クライマックスシリーズ第1ステージ 阪神×DeNA第2戦(阪神甲子園球場)
- 阪神6-13 DeNA
「第2ステージの広島戦をずらすわけにはいかない」という理由だけで大雨の降りしきる中試合が強行された。投手陣はぬかるんだマウンドにふんばることができないうえ、打球は水の浮いたグラウンドに止まる始末、この最悪のコンディションに両軍は失点を重ねていくが、打力に勝るDeNAが13-6でこの乱戦を制し第3戦も勝利、第2ステージでも広島を破り、日本シリーズに出場することとなった。
2018年(平成30年)
従来の記載方針に則ると対象試合が多すぎるため、応急措置として2018年のプロ野球の馬鹿試合に分割されました。こちらを参照ください。
※2018年の記載量・記載方法についてコメントにて議論されています。編集者の方は一読願います。
2019年 (平成31年・令和元年)
2019年のプロ野球の馬鹿試合に分割されました。こちらを参照。
2020年(令和2年)
6月27日 楽天-日本ハム 5回戦 (楽天生命パーク)
- 楽天18-4日本ハム
日本ハム先発・加藤貴之が突如くずれる。
1-4、日本ハムリードで迎えた5回裏、加藤は四球と連打からくずれて1点を献上、無死1,2塁のピンチを残したまま降板したが、急遽登板した玉井大翔は勢いづいた楽天打線を止められずに浅村栄斗に逆転3点本塁打を浴びると、その後はリリーフした堀瑞輝とともに四球を出しては打たれるパターンをくりかえしこの回10失点、その後も日本ハムは7回2点、8回5点を失う大敗を喫した。
7月11日 中日-広島 5回戦 (ナゴヤドーム)
- 中日4-19広島
中日先発・勝野昌慶がくずれる。
1-1の同点で迎えた3回表、先発・勝野、リリーフ・三ツ間卓也はランナーを出してはくずれるパターンをくりかえし、この回11安打を集められ9失点、中日投手陣は7回にも3点、8回にも6点を失う惨状となった。中日打線もやられるばかりでなく、3回2点、9回1点を返したが、失点があまりにも多かった。
7月26日 横浜DeNA-広島 8回戦 (横浜スタジアム)
- 横浜DeNA6-10広島
DeNAリリーフ陣が試合をこわした。
6-0、楽勝ペースで進んだDeNAは先発・平良拳太郎が7回を無失点に抑えていたが、8回表、突如くずれ2点を失うと、なおもランナーを残したまま石田健太、スペンサー・パットンを投入するが勢いづいた広島打線を止められずにこの回計5失点、9回表にはクローザー・山崎康晃を投入せざるを得ない状況へと追い込まれた。
しかし、今季不調な山崎も流れを止められずに同点にされると広島・會澤翼に逆転満塁本塁打を浴びジ・エンド、屈辱の敗戦になってしまった。
7月28日 ヤクルト―阪神 7回戦 (神宮球場)
- ヤクルト5-20阪神
前日に山田哲人が登録抹消された中、ヤクルト投手陣が初回からくずれる。
ヤクルト先発・ガブリエル・イノーアは初回からランナーを出しては打たれるパターンをくりかえし2回計7失点、以後リリーフした坂本光士郎、中澤健人も5回を除いて6回まで毎回点を失う惨状となった。ヤクルトもピリッとしない阪神先発・秋山拓己を攻め2回3点、7回1点、8回1点を取り返したが、それ以上に多い失点に完投を許してしまった。
矢野燿大が監督にして以来最多となる20得点を挙げた阪神はジャスティン・ボーアとジュリー・サンズに満塁ホームランを放ち、2010年の城島健司・マット・マートン以来、実に10年ぶりのアベック満塁ホームランを達成。外国人選手2人によるアベック満塁ホームランは球団初。それどころか78年に広島が中日戦に記録したギャレットとライエル以来42年ぶりで来日1年目2人による満塁ホームランは球界史上初の快挙である。
一方、球団ワーストタイの大敗となり阪神とのゲーム差がなくなってしまったヤクルトはこの試合に至る10試合で、全試合で2桁安打を許し、打たれに打たれたヒット数は123に上り、70失点を記録し守備が完全に崩壊してしまった。
7月28日 ロッテ―楽天 7回戦 (ZOZOマリンスタジアム)
- ロッテ13×―12楽天
ロッテ先発・美馬学、楽天先発・石橋良太の不出来により、試合は壮絶な打ち合いとなった。
6-1、ロッテリードで迎えた4回表、ロッテ先発・美馬が突如くずれ4失点、リリーフしたロッテ・楽天両チームの投手陣はいずれも猛攻を止められず失点をくりかえし8回表終了の時点で9-12、楽天が3点をリード、楽天は勝ちパターンの森原康平を投入し勝負あったかと思われた。
しかし、その森原がピリッとしない。中村奨吾、井上晴哉に一発を浴び同点にされると、9回裏には一死満塁からJ.T.シャギワが中村奨吾に死球を与え、乱戦にケリをつけてしまった。
9月3日 巨人-横浜DeNA 12回戦 (東京ドーム)
巨人13-4横浜DeNA
中継ぎのスペンサー・パットンを先発起用したDeNAの奇策が裏目に出たゲームとなった。
1点をもらったパットンは1回裏連打を浴び3失点、2回にもリリーフした武藤祐太とともに松原聖弥のプロ初本塁打、岡本和真の19号2点本塁打、坂本勇人の11点本塁打を浴びて10点を失う惨状、プレイボールが飼ってわずか1時間たらずで試合が終わる結果となった。
DeNAの失点はこの1,2回に集中していたが、敗戦処理にローテーション投手のマイケル・ピープルズ、勝ちパターンの山崎康晃、クローザーの三嶋一輝を起用する謎采配にファンの罵声が飛んだ。
9月4日 広島-横浜DeNA 15回戦(横浜スタジアム)
広島12-12横浜DeNA
広島先発・森下暢仁、DeNA先発・井納翔一の不出来が乱戦のもととなった。
5-5の同点から4点を勝ち越したDeNAは、7回裏、山崎康晃を投入、しかし、山崎はランナーを出しては打たれるパターンをくりかえしこの回3点を失う、対するDeNAも8回表に広島の6人目・島内颯太郎を攻め3点を奪いかえす。
これで勝負あったかと思いきや、DeNA中継ぎ陣が広島の猛攻に耐えきれない。8回には5人目・石田健太、9回には6人目・三嶋一輝がそれぞれ2点ずつを失い、ついに追いつかれる惨状となった。
10月30日 中日-広島 21回戦(ナゴヤドーム)
中日3-17広島
中日の中継ぎ陣が次々と炎上した。
初回にボークで先制され、2回には守備の乱れを足掛かりに1点を追加されるも、中盤、阿部寿樹の2ランとA・マルティネスのタイムリーで3-2と逆転した中日は、7回表に谷本圭介を投入。しかし代打・鈴木誠也のタイムリーなどで3失点し、アウトを1つしか取れずに降板。続いて登板した藤嶋健人は、7回こそ谷本の残したランナーを犠牲フライで1人還しただけだったが、8回には堂林翔太と、再び打順が回ってきた鈴木にそれぞれ2ランを打たれて4失点。さらに、9回に敗戦処理で登板した佐藤優も、田中広輔の3ランなどで7失点。中継ぎだけで合計15失点という事態となった。
ちなみに、この日のセ・リーグの試合(ほかは巨人-ヤクルト、横浜DeNA-阪神)は3試合とも巨人のマジックの対象となる試合だったが、他の2試合はどちらも3-3の引き分けとなっている。これにより、巨人が5連敗からの引き分けでセ・リーグ連覇を決めることとなったり、セ・リーグ6球団で広島だけこの日の得点が3でないことから「空気を読まなかった」と言われたり、とネタの多い1日だった。
2021年(令和3年)
5月25日 横浜DeNA-オリックス 1回戦 (横浜スタジアム)
横浜DeNA10-3オリックス
2回裏、横浜DeNAは宮崎敏郎の2ランホームランで先制すると、大和もソロホームランを放ち3点を先取。その後も、ソトが2本、佐野恵太が1本ホームランを放ち、5回終了時点で8-0とする。オリックスはダブルプレーの間の得点と吉田正尚のツーランで3点を返したが、8回裏に桑原にダメ押しの2点タイムリーツーベースを打たれ、勝負ありとなった。この試合では両軍とも二桁安打を記録しているが、横浜DeNAに5本のホームランが出たことが、試合の大勢を決定づけた。だが、この試合はほんの始まりに過ぎなかった。
5月26日 横浜DeNA-オリックス 2回戦 (横浜スタジアム)
横浜DeNA5-14オリックス
前日に続き、この日も馬鹿試合となった。
横浜DeNAの先発・大貫は初回から制球を乱し、2回途中5失点で降板。続く中川も3点タイムリーエラーもあり7失点と打ち込まれて試合を決定づけた。この試合ではT-岡田が5打数5安打1本塁打3打点という大活躍をするなど、オリックスは18安打、14得点を記録。横浜DeNAも9安打を記録し本塁打3本などで反撃をしたが、点差はあまりにも大きすぎた。ちなみに、この日のセ・パ交流戦の他の試合は、全て3点差以内で決着している。
5月27日 横浜DeNA-オリックス 3回戦 (横浜スタジアム)
横浜DeNA11-8オリックス
この試合も乱打戦となり、1カードが丸々馬鹿試合となってしまった。
オリックスは吉田正尚の2ランで先制するも、その裏に神里の先頭打者ホームランとソトの3ランで逆転を許す。3回にも連打を浴び、オリックス先発・張が2回1/3を自責点7で降板すると、横浜DeNA先発・ロメロも、4回にはアウトを一つも取れずに4失点して3回0/3を自責点6で降板。両先発とも4回を投げきれないという事態となる。その後も双方追加点を挙げるも、ソトのこの日2本目となるホームランなどで横浜DeNAがリードを守り、最後は横浜DeNAの守護神・三嶋がエラーによる失点をしながらも3三振を奪いゲームセット。
このカード全体を振り返ると、
- 両軍合計で76安打51得点(26-25)15本塁打(横浜DeNA11本、オリックス4本)
- オリックスが3試合全て2桁安打、横浜DeNAも2試合目の9安打を除けばいずれも二桁
- このカードに登板したオリックスの投手が全員失点
- 横浜DeNAソトが3試合で4本塁打
横浜DeNAとオリックスはその後も打線が活躍し、交流戦でそれぞれ91得点と96得点を記録。特にオリックスは、リーグ再開後も勢いそのままに11連勝を記録。そのままリーグ優勝まで果たしている。
9月11日 日本ハム-ソフトバンク 19回戦 (札幌ドーム)
日本ハム17-5ソフトバンク
ソフトバンクが守備の乱れから大量失点を喫した。
1回裏、日本ハムの先頭打者・淺間大基がエラーで出塁すると、そこからソフトバンク先発・石川柊太が大炎上。ソフトバンクの2つ目のエラーもあり、日本ハムは打者15人の猛攻で球団タイ記録となる一挙11得点。石川はアウトを2つしか取れずにKOとなった(うち1つは犠牲フライ)が、失点10に対し自責点は3だけだった。代わった高橋礼も、初回の1失点に加え、2回にも単打→四球→四球→単打→内野安打→単打→単打と打ち込まれ合計6失点。ソフトバンク打線はその後ホームラン2本などで5点を返したものの、最早手遅れであった。
2022年(令和4年)
6月24日 ヤクルト-巨人 10回戦 (神宮球場)
ヤクルト16-6巨人
巨人の投手陣が、ヤクルト打線に圧倒された。
巨人の先発・菅野智之は初回から中村悠平の3ランなどで4失点。さらに3回には中村に2打席連続弾を浴び3点を追加され、菅野は5回7失点で降板。この後救援陣が山田哲人のタイムリーや村上宗隆の2打席連続弾などで9失点。巨人打線も先発・高橋奎二に6回2失点で抑えられて主導権を奪えず、救援陣から岡本和真のツーランなどで4点を返したものの焼石に水であった。
首位独走中のヤクルトを10ゲーム差で追う2位巨人だったが、この大敗により、次の試合に負けると自力優勝消滅という危機に陥った。しかし……
6月25日 ヤクルト-巨人 11回戦 (神宮球場)
ヤクルト5-19巨人
昨日に続き、また馬鹿試合が発生した。
ヤクルト・サイスニードと巨人・シューメーカーの助っ人先発同士で始まった試合はサイスニードの乱調から始まった。初回から岡本のタイムリーなどで4失点すると、さらに増田陸・ポランコ・ウォーカーにもそれぞれソロホームランを許し、5回7失点。6回には丸のツーランとポランコのスリーランでさらに5点を追加されるなど、1試合でホームランが8本(巨人6本、ヤクルト2本)出ていたが、花火大会としてはかなり一方的なものとなった。ちなみに、同日の阪神対中日も、中日の先発・福谷の9失点と大量の残塁が響き、阪神が10-0と圧勝している。
6月26日 ヤクルト-巨人 12回戦 (神宮球場)
ヤクルト11-10巨人
この日もノーガードの乱打戦となり、昨年の横浜DeNA対オリックス同様1カード丸々馬鹿試合となってしまった。
ここまで全ての登板試合をKOで降板しているヤクルト・スアレスと巨人は中4日で登板となった戸郷翔征が先発。前日から続いた6月としては異様な酷暑の中での屋外デーゲームという過酷な条件の中で行われた試合は案の定乱打戦となった。
初回から巨人は5安打で一気に3得点。その裏ヤクルトに反撃こそ許したものの1-5で巨人リード、しかし3回裏戸郷が崩れ3失点。なおも二死1・3塁で今村信貴が緊急登板するも長岡秀樹が逆転3ランを放ち7-5と試合をひっくり返す。その後6回表に中田翔、丸佳浩のソロと7回の大城 卓三のタイムリーで同点。直後のヤクルトも負けじとタイムリーで同点とし、8回裏に村上が逆転3ランを放ち11-8と再び試合をひっくり返す。最終回はここまで防御率0.66のスコット・マクガフが抑える……かと思いきや代打・重信慎之介に2点適打を浴びる、最終回に1点差まで詰め寄られるも後続を抑えて試合を終わらせた。
スワローズは11球団に連続でカード勝ち越しという史上初の大記録も達成。(交流戦前から数えると12カード連続となる、こちらも65年南海以来のタイ記録)
そして巨人はリーグ2位にもかかわらず自力優勝消滅となった。
余談だが、この三連戦は東京卍リベンジャーズのコラボゲームだった。
ちなみにこの3連戦開始までに千葉ロッテの佐々木朗希の完全試合を始めとする4度のノーノー(この時点でシーズンタイ記録)が飛び出していた他、防御率トップがセパともに1点台前半という「超投高打低」(投手に圧倒的有利)シーズンの中で起きたということも記しておきたい。
7月20日 ソフトバンク-楽天 11回戦 (北九州市民球場)
ソフトバンク3-17楽天
この日のソフトバンクの先発は大関友久。初回、先頭の辰巳涼介にホームランを打たれると、エラーも絡んだものの、浅村栄斗と炭谷銀仁朗にも一発を浴び、初回から3被弾6失点。2回にも2者連続四球からランナーを返され、2回8失点でKOとなってしまった。代わった中村亮太も浅村に二発目のホームランを打たれるなどで6点を失い、4回表、なおも二死満塁で笠谷俊介に交代。しかし、その笠谷の1球目は打者・島内宏明の頭部へ。押し出しの死球となり、笠谷は1球で危険球退場となってしまった。その後も炭谷のソロなど2点を追加され、終わってみれば楽天打線は21安打17得点を記録した。
なお、同じ日のオリックス先発・椋木蓮は日本ハム相手にノーヒットノーラン未遂(9回2死でヒットが出た)をしていた。
2023年(令和5年)
5月6日 ヤクルト7-17横浜DeNA
5月16日 イースタン・リーグ 西武(2軍)10x-7ヤクルト(2軍)
この試合は2軍で起こってしまった馬鹿試合である。2軍とき言え10xというビッグインパクトは当時のツイッター(現:X)でトレンド入りを果たすほどであった。
9回表が終了した時点で、西武0-7ヤクルトとヤクルトが7点リードしており、当試合だけでヤクルト側は本塁打を4つ決めていることもあり、流れは完全にヤクルトの大勝は確実というゲーム状況であった。
抑えでヤクルト・大下佑馬が登板。しかし、初球から本塁打を浴び、その後も本塁打1本を含む5連打を許してしまう。最終的に本塁打、単打、単打、本塁打、単打、単打の6連打を与え、5失点、ノーアウト、1・2塁の大炎上となった。
投手交代となり、ヤクルト・久保拓眞が登板。しかし、久保も大炎上し同点タイムリーとサヨナラホームランを浴びゲーム終了。最終的に投犠打、単打、二塁打、本塁の4連打を受け5失点となってしまった。
大下は自責点6、久保は自責点4が付くこととなった。
8月25日 中日2-18横浜DeNA
10月10日 横浜DeNA-ENEOS 練習試合 (横浜スタジアム)
横浜DeNA7-5ENEOS
交流戦以降の大失速で苦しんだものの、なんとか3位でクライマックスシリーズ進出を決めた横浜DeNAは、クライマックスシリーズまでの空白期間を使いセガサミー、ENEOSの両社会人チームとの練習試合を開催。しかし、9日の対セガサミー戦は雨天中止となってしまい、このままでは投手陣の実践練習の場が足りなくなってしまう・・・そこで、
- 5回以降、DeNAの守備時は1イニング6アウトとする。(3アウト後、もう1度同じ回の攻撃を行う。ここでは仮に前半3アウトを①、後半3アウトを②とする。)
- 一度ベンチに戻った選手の再出場が可能。
- 9回表終了時で後攻ENEOSが勝っていた場合でも9回裏を行う。
という変則ルールを設けることで、両日登板予定だった投手のほとんどを登板させる編成を組んだ。
その結果、
- 前の回に柴田と守備交代していた牧が柴田の打順で代打で登場、その裏の守備時には柴田が再交代
- 5回裏①を投げきり、エスコバーに5回裏②を託した大貫が6回裏①のマウンドに上がる。
- 投手が交代するたびに山本と伊藤光がかわるがわるマスクを被り、山本に打順が回った時には伊藤光が代打で登場。
- 8回裏と9回裏のマウンドを、①を石川、②を宮城に投げさせることで同時に2人の投手がイニング跨ぎ。
という相当カオスな試合が繰り広げられる。
また、この変則ルールに呼応するかのように試合展開も混沌化。
先発今永は2回を無失点に抑える上々の立ち上がり、2番手大貫も2度の満塁のピンチを迎えながら4回をなんとか無失点で切り抜けたものの、中継ぎのウェンデルケン、上茶谷、伊勢が揃って打ち込まれて合計16被安打5失点。打線も7回に相手の悪送球と野選間に返した2点に留まり、8回終了時点で2―5と敗戦一色の状況となってしまう。
しかし、ここからENEOS投手陣がDeNA打線に捕まる。
9回表に西浦、伊藤光の連打で1点を返されたENEOSは、1死満塁のピンチから蛯名、アンバギー、柴田へ3連続押し出しを与えてしまい、一気に逆転を許す形となってしまった。
ENEOSにはドラフト候補の度会隆輝が所属しており、この日は7打数1安打と抑え込まれたがDeNAの中継ぎエース伊勢からタイムリーを打つなどスカウト陣にアピール。
同月25日のドラフト会議でDeNA、中日、ロッテから1位指名を受けDeNAが交渉権を獲得した。
また6回表に登板し牧から三振を奪った糸川亮太も埼玉西武から7位指名を受けている。
DeNAは上記の中継ぎ陣の乱調に加え主軸の牧、宮崎が無安打と、CSに向けて課題が山積みの結果となってしまった。
2024年(令和6年)
4月20日 阪神15-中日2
第1カードでは、1勝1敗1引という接戦を繰り広げた両チーム。第1カードの総得点では8-6で中日が少し上手という状況での第2カードを迎えた。
今回は第2カードの2戦目である。
前半戦は阪神・大竹が乱調気味であり、2回表には中日が1点リードしたものの2回裏で中日・大野がプチ炎上。1点ビハインド1アウト満塁の大ピンチに陥ったところでマウンドを降りた。
中日・梅野に交代するも延焼し続け、4点を追加されただけでなく四球とエラーで阪神に1点を献上。阪神8-2中日で2回裏が終了した。
この回以降は、エラーを記録するプレーは無かったものの、中日の投手陣と野手陣たちは集中力や気力を欠いたのか、草野球並みのプレーを連発し、さらに7つの追加点を許してしまう。
終わってみれば阪神15-2中日でゲームセットというワンサイドゲームとなってしまった。
なお、阪神はスタメン全員が安打を記録。大竹もこれ以上の失点をすることなく7回まで投げ切った。15得点の内訳は犠牲フライ2回で2点、タイムリーで13点である。
余談になるが、4月18日~20日に行われたヤクルト第3戦と阪神第4~5戦の計3試合における中日の総得点は7、総失点数は33となった。