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ジャンボ鶴田

えいえんのかいぶつ

ジャンボ鶴田とは日本の元プロレスラーにして完全無欠の存在である。

概要

1951年3月25日山梨県ブドウ農園を営む家に生まれる。
中央大学に入学し、1年次まではバスケットボール選手(県立日川高校時代は全国高校大会出場)だったが、バスケにおけるプロ入りやオリンピック出場への望みが薄いことから自衛隊道場レスリングを始める。
7そのわずか1年半後には全日本選手権のフリー、グレコローマン部門で2連覇を果たし、3年次にレスリング部入部を逆に勧められる立場となる。4年次に正式入部すると、1972年ミュンヘンオリンピック日本代表として出場した。

その実績を買われ、全日本プロレスにスカウトされる。「全日本プロレスに就職します」のセリフはあまりに有名。
その後、テキサス州アマリロにあるザ・ファンクスのジムに修行へ出向き、デビュー戦も当地で行う。
帰国後すぐにジャイアント馬場に次ぐ全日本プロレスNo.2の存在となった。
その後はその体格とスタミナ諸々から「若大将」「善戦マン」と揶揄され「強すぎて面白くない」とファンから言われていたが、1985年大阪長州力と60分フルタイムドローの試合を行い、試合後ロッカー室でぐったりした長州と引き換えにシャワー後に飲みに行ったと言う逸話から「怪物レスラー」と呼ばれる。
その後、天龍同盟との一騎打ちやAWA王者、三冠ヘビー級王座の初代王者奪取、三沢川田小橋ら超世代軍の壁となったりしたが、1992年にB型肝炎を発症し、一線を退く。

その後、筑波大学で教員となるが、2000年5月13日フィリピン肝臓移植出術中に出血多量で亡くなる。享年49歳という若さであった。

そしてその9年後、かつての付き人で「ミチャワくん」の愛称で呼んでいた後輩が彼の許に行くとは誰も予想だにしなかった。

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